かがり町ぴーぽー②

 高校教師ってのは、悩みが尽きない。

 その時、山形厳蔵はずしりずしりと重い足取りで商店街を目指してた。



 本日は……教え子たちの乱闘騒ぎ、巻き添え生徒の眼鏡の弁償、教頭からのキツイお叱り。そして鷹史の……た、鷹史の……!


厳蔵「弁当箱、ぶっ壊しちまった…」


 一連の出来事の引き金となったのが、ちょっと“問題ある生徒”――篠塚忍のバックレだ。お昼頃、荷物もそのままに突然ふらりと消えてしまった。しっかり確認取れた訳ではないけれど……午後の授業が始まった時すでに校内に姿はなかったという。


 もちろん保護者は、鷹史。


 ひとまず篠塚の自宅(兼店舗)へ連絡したが、どういう訳か何度かけても繋がらない。鷹史個人の番号もだ。忍も消えたし、鷹史も捉まらない。となると……今日、“あの篠塚家”で、何か大事があったのかもしれない――ざわつき始める胸中。埒があかないし心配だしで、特急で仕事を終わらせ篠塚家へ出向く事にしたのだ。



厳蔵「はぁ… 助けて下さいカガリの山神様」



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 藤田父の声「ふぎゃ…!」

 近兄弟の声「な、な、なーっ!」


☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ――おや? いま何か、複数ぶち当たった。

 ふと気づいた厳蔵は、そこでぴたりと歩みを止めた。


厳蔵「?」


 厳蔵、足元確認――藤田父へ乗り上げ、踏み潰してた。

 厳蔵、左右確認――ふたご巡査・近兄弟を、盛大にふっ飛ばしてた。


藤田父「……ふにや」


近左「い、生きてるか右近…」

近右「い、生きてます左近…」

近兄弟「電柱だ。 きょ、巨大電柱にかれた…ァ」


厳蔵「あ。 あ~… 皆さんどうも、すみません~」


 なにぶん考え事をしてたもので……とかつって、頭を掻く。

 完全に厳蔵の前方不注意である。ただ歩いてただけなのだが……。


厳蔵「え、 と。立てます…?」


 藤田父はともかく、こりゃまずい!

 近兄弟……! かがり町のご当地イケメン・アイドルじゃないか!


厳蔵「うわ、やっべ…」


 先生、思わずが出てしまった。

 藤田父はともかく、近兄弟の悲劇にギャラリーである商店街の皆さんが、もう信じられないモノを見てしまったとザワついてる。


 左へ吹っ飛ばされ、【宮の湯】の外壁へとメリ込んだ兄の方・左近さこん。つり目つり眉。髪はショート……刈り上げアシメが、左へキュイっとハネている。制服の胸ポケットに差し込んでるのは、ティアドロップ型のサングラス。――人呼んで、剛の近。


 そして右へ弾き飛ばされ、ナッパまみれの“ふじたの荷台”へひっくり返った弟・右近うこん。つり目たれ眉。髪はミディアム……右にふんわりハネている。腰に下げたポーチの中身は、仕事道具と……おやつ。――人呼んで・柔の近。



 かがり町・お洒落すぎるお巡りさんとして、たいへん有名なふたりだ


 ったが……残念だ。



 警察帽を被る角度の調節からはじまり、全身緻密に計算された左右反転・双子コーデ『近 's スタイル』は、かがり町駅前交番・公認(容認)。町のいたる所に貼られている犯罪防止ポスターでは、猫署長と共にキリリキラキラ起用されている……のだが……いまの厳蔵衝撃ゴンゾーショックで、もう全てが台無しに。



厳蔵「申し訳ない」


 藤田父を踏み潰したまま、厳蔵はこのくそ忙しい時にドタバタ重なる不運を呪った。


厳蔵「しかし公務員のくせに、チャラチャラしてんじゃないよ一般人の俺を避けられんとか、どんだけ鍛えが足りないんだお前らは」


近兄弟「……うぅ」



かがり商店街一同「立って、お巡りさん~!」


 撃沈した近兄弟へ、商店街の野次馬……もといサポーターたちの声。哀れな双子に、みんなでエールを送ってる。


中華屋・包「立つアール、立ちアがルでアール」

超肉屋・ラバーズ「コォォォオオオォォォン!」

パン屋・粉間兄「イケメンは、しんじゃだめ~」

魚屋・めだま「がんばれ~……ぜんぜん見えないけど」



かがり商店街一同「はやく藤田を逮捕して~!」



揚芋屋・ダークさん「……」


 声援というか、ただの要望だった。

 かがり町において、絵面えづらの濃ゆい住民は大抵“ワガママ”と決まってる……。



近兄弟「ご……ご声援、感謝します!」


 左からヨロヨロ、右からは這いつくばって、近兄弟は必死こいて戻ってきた。


近左「お、お巡りさんの頑丈さを舐めるな、ハーハー…なんのこれしきー」

近右「ぼ、暴力には屈しない…ハーハー…ガリコーに聳え立つ巨大電柱め」


近兄弟「取り締まりだ、山形厳蔵! 前方不注意による安全“歩行”義務違反及び、



――厳蔵「は。何だそれ」



近兄弟「公務執行妨害で現行犯逮捕だ……っ!」


厳蔵「え~… それは困るな」


 相変わらず藤田父を踏み潰したまま、厳蔵は腕組んで仁王立ちした。


近兄弟「!」


 公式身長189cm(※自称)。こうして真正面から見下ろされると、あまりの超級威圧感ゆえ、人は必ず萎縮する。ふだんは温厚な厳蔵先生だが……約二十年前、かがり高校バスケ部――“最強世代”――不動の5番選手(センター・ポジション)として、その名を轟かせた伝説のOBでもある。笑ってないと、恐いのだ。


近左「で、でかー」

近右「で、でか~」


近兄弟「さすが2メートル、ガリコー守護神!」


近左「(ひそひそ)……なぁ、右近」

近右「(ひそひそ)……えぇ、左近」


近兄弟「山形厳蔵! 逮捕はやめて、サインを押収してやる!」



厳蔵「あ、いいですよ… ってオイ、誰が2メートルだ!」


 大学でも選手として活躍し、卒業後は指導者(顧問)として長年バスケットボールへ携わってきた厳蔵先生。都心の学校をいくつか経験し、母校である“かがり高校”へやっと戻ってきた。その頃、同好会スレスレまで落ちぶれてたガリコー・バスケ部だったが、厳蔵熱血指導ゴンゾーパッションで見事再建。今また全国を狙えるほどに、その実力を底上げした立役者なのだ。


 あまり知られていないが、近兄弟もガリコー・バスケ部出身。ただし“最弱の暗黒世代”のため、町の記憶にはほぼほぼ残ってないのだった……。



厳蔵「まったくお前ら、公私混同しすぎだからな…」


近兄弟「ゴホン。我々の寛大な処分に、感謝して下さいプププ」




 ところで、この延々と続く“職質バトル”の最中……誰も気づかぬうちにヒョイっと現れ、現場である・かがり商店街の古銭湯【宮の湯】へ吸い込まれるよう入ってゆき…… ~カポンとひとっ風呂浴び~ ……またヒョイっと出てきて、あっという間に去っていった、ひとりの黒い青年と、一匹の黒猫がいる。


 あまりにも気配を感じさせない隠密行動により、住民だけでなく近兄弟すら気づかなかったこの……ダブルマックロ・セットの彼らこそ、「職質だ取り締まりだ」とピーピー騒ぐ近兄弟が、【宮の湯】前に張り込み、全力待機してた真のターゲットなのだった。


 青年の方は、宗方むなかたひじり

 漆黒の髪に浅黒の肌。目的地の銭湯をキリリと見据えた、これまた真っ黒の瞳。ぐっと引き締まった体躯に、行きはセンスの良いぴたりとしたランニングウェアを纏ってきて、帰りは無地の黒Tと黒のハーパン姿で颯爽と駆けてったストイックなイケメン。


 彼こそ、かつて多くの猫を守り戦った猫界のヒーローこと――猫四天王最後の一人こと――かがり町駅前交番・巡査長の宗方さんだ。(本日非番)


 そんな宗方さんと平行し、せっせと地面を駆けてきた黒猫。

筋肉質な猫体躯に、艶ある真っ黒の猫短毛。そして、キリリと輝くゴールドの猫瞳……まるで宗方聖という人を、そのまま猫にしたような雰囲気をもつ、かがり町駅前交番の『にゃん署長』こと――宗方家のイケメン猫、宗方三号むなかたさんごうという。(帰りは飼い主さんの肩へ乗っけてもらってご満悦)


 本当に、誰も気づかぬうちに、マイペースに去って行ってしまった……。




厳蔵「――よし、上出来!」



『近君へ


  “灼熱”  ――ガリコー バスケ部OB 山形厳蔵』



近兄弟「ご協力、感謝します…!」


近兄弟の最上級・敬礼!


 ちなみに “灼熱” とはガリコー・バスケ部、伝統スローガン。かがり町・出身者なら、とろけシビレベルの殺し文句である。


厳蔵「一生懸命して良かったよ」


 これで見逃して貰えそうだ……。やっぱり藤田父を踏み潰しながら、「うんうん」と安堵する厳蔵であった。そういえばこんな私利私欲まみれの近兄弟だが、れっきとしたお巡りさんだ……厳蔵はふと、尋ねてみた。


厳蔵「そうだ、近くんたち。ちょっと聞きたいんだけど……、昼頃にかがり高校うちの生徒を見なかったかな」


近左「灼熱――字うめぇな、風前のともし火世代の我々」

近右「灼熱――残り火すら引き継げなかった世代の我々」

近兄弟「……え、何ですか! 我々は、全く聞いてませんでした!」


厳蔵「お前らほんと、顔しか取り得がないな!」


近兄弟「わ……我々を褒めても、この押収物は返却できませんっ!」


厳蔵「あのなぁ、呆れてんだ。お前らいっぺん、かがり小学校からやり直して来い」


近兄弟「? おっしゃる意味がわかりません!」



 近兄弟とは、何でもカンでもふたり揃って敬礼すれば絵になり、それで良いと信じてる。


 だめだこりゃ。

 厳蔵先生は、藤田父を踏み潰したまま、深い深いため息をついた……。




中華屋・包「何だアル、もう事件解決かアル?」

超肉屋・ラバーズ「フジタ、ハ、メイキュウイリダァァァ!」

パン屋・粉間兄「そんな事より厳蔵先生が見れるなんてラッキーよ」



 魚屋・めだま「ふんぬ! ぬぬんぐっ! 見え、ないっ!」



揚芋屋・ダークさん「……」


中華屋・包「めだまオマエ、喧しい! ちょこまか跳ねるなアル!」

超肉屋・ラバーズ「メダマ、アシ、ミジカァァァイ!」

パン屋・粉間兄「ちょっとヤダ、カワイソウ!」


魚屋・めだま「なんちゃじゃないよ、粉間くん!」


パン屋・粉間兄「同情するなら全体よ! めだまは足が短いっていうか、全体的に短いの~!」


商店街・一同「それだ!」

揚芋屋・ダークさん「……」


魚屋・めだま「 ひどい!!ひどい もっと跳ねてやる!」



 ――ドッ!



 なんて、

 ショックを受けても、めげずにぴょこぴょこ、めだまぴょこぴょこ跳ねてたら、思わぬ通行人と激突してしまった。



?「テメェ! 痛ェなチビ、どこ見て跳ねてやがんだ… アアアアア゛?」



 ――また出た! さらりとしたこの銀髪。


 鬼頭きとう精一郎せいいちろう

 かがり町のお医者さん、そして……



鬼頭「あ、ゴリラだ!」

森屋「せ、先生……!」



厳蔵ゴリラ「うっわ、めんどせぇの出た~… 鬼頭医院かよ」


 藤田父を踏み潰し続ける・山形厳蔵と非常に因縁深い、【天敵】でもある。


魚屋・めだま「 ひえ…… ええええん 」


 ちなみに。

 めだまさんは、ぽっくり気絶した。






藤田父「……タシュケテ」






おまけ かがり町百景 【公衆浴場 宮の湯】


昔々ある夜のこと。ふじた山・麓の社の宮司が夢でお告げをきき、明けに流れる星の在りかを知る。翌日見に行くと、なんと温泉だった。そこから住民総出で湯を引いて、入山前の参拝者の体を清めるよう銭湯を開いたのが、宮の湯の始まりである。(※当時は男湯のみ)

現在の建物は昭和初期建造。ノスタルジックな洋風木造の外観で、通りに面さぬ奥所に設けられた入り口に、“宮の湯”すぐ下に“殿方・御婦人”そして“猫様”と暖簾が垂れている。

番台で受付を済ませ脱衣所へ。圧倒されるのは、昔ながらの高い天井と浴室全てを見渡せる一面の透明ガラス。このため、浴室正面に描かれた“大きな大きなふじた山”を望む事が叶い、大変贅沢な極楽開放感を味わえる。

この見事な銭湯ペンキ絵は、≪かがり町・七不思議≫のひとつ。常連も知らぬうちに書き足され、完成後も作者不明とされている。……が、無銭入浴の代わりに藤田奇太郎氏が毎晩チマチマ描いてったという説が有力。



尚、建物はかがり町役場指定・重要文化財。



営業 16:00~23:00

定休 月曜日

料金 殿方・御婦人380円、中人180円、小人80円、猫様20円

PR 猫専用の洗い場・猫のなまあたたか湯、ありマス


≪湯ぶね≫

・温泉たっぷり大浴槽

・温泉たっぷり猫風呂

・ただの水風呂


≪洗い場≫

・人間用、島カラン二列。全て鏡とシャワー付き。

・猫専用、島の端にひとつずつ。“かがり町の高級猫シャンプー(原文ママ)”は、各猫ボトルキープ制。


≪自動販売機≫

・かがりぃ&しのびぃサイダー (※ゆっくりとお飲み下さい)

・ふじた農場のミルクジュース (※開封後一分で気化します)






――ふじた山、ふじた温泉――

参考文献:「だん恋」番外編! もっとふじたのたまご祭り~ふじたの図鑑より~

 

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