19.宇宙最強の援軍

 作戦決行は一三時のことであった。陸軍憲兵隊所属の超電装、五〇式〈震改〉が山手通り側から松濤地区へ到達。道路沿いに宇宙超鋼の刀を突き刺し、代わりに四八式〈兼密〉の右腕を抱えて侵入した。この右腕、元を正せば先日の〈殲光〉襲撃事件の折に撃破された機体の残骸である。

 住宅街の住民たちは皆避難してもぬけの殻。だが一〇分も歩けばたどり着ける渋谷の駅前市街地では変わらぬ日常が周り続けている。警官たちの中にも、包囲の気疲れから当初の犠牲を忘れ、どうせ大山鳴動して鼠一匹さ、と言い交わす声が出始めた頃だった。全電甲フルシェルド程度なら超電装スーパーロボットの敵ではない、という侮りがあったのだ。

 お付きの四八式を大通りに控えさせた五〇式は抜き足差し足で住宅街を歩行し、しかし舗装を砕き街路樹を薙ぎ倒しながら警官隊の待つ〈松濤トゥルーアース会館〉正面へ到達。財前剛太郎ら東京警視庁から派遣された刑事たち、突入に備える機動隊の面々、彼らを無能と笑うために派遣された憲兵隊の上級将校や警察より大火力の装備で固め、重装甲の車両を従えた憲兵たちが固唾を呑んで見守る中、大狒々の腕で門扉を突き破るべく、五〇式の見た目に細いが高性能の蒸奇部品が使われた腕が撞木を振るように反動をつけた。

 その時、爆音とともに門扉が内側から弾け飛び、瓦礫の弾丸となって機動隊の暴徒鎮圧盾を雨霰と叩いた。

 しかし五〇式の操縦師は、前回の失態を踏まえ、憲兵隊きっての手練れが呼ばれていた。爆風に姿勢を乱しながらも踏み留まり、抱えた四八式の腕を門扉の奥へと投げ入れた。

 土埃が辺りを満たす。しかし鬨の声が上がる。不穏を感じた財前の静止は届かず、憲兵の一隊と機動隊が敷地内へ突入。その時、後方の住宅の屋根に伏せた狙撃手が、煙の向こうに走る影に気づいた。

 銃声が鳴った。狙撃手もまた、影へ向け発砲した。彼は望遠装置の向こうに、弾丸の命中と、しかし倒れない人のような何かを見る。

 何かが扉の奥から投げつけられ、装甲車の運転席の硝子を破って突き刺さる。それはたった今突入したばかりの機動隊員だった。門倉が怒鳴り、彼をよく知り信頼する隊員たちがその場で盾を組んで壁を作る。

「なんじゃこりゃあ」と財前が言った。

 煙の奥から次々と出現する、灰色の人型機械。否、すべてかつて人だったものである。もはや意識はなく、脳は人型機械を動かすための集積回路と化し、生体部を機械へと置換された怪物たち。全員体格が似通っているのは、似通った体格の人間たちを素体としたからだ。

 廉価量産型の全電甲軍団――刀と小銃で武装した一〇体以上が警官隊へ襲いかかる。

 無人の住宅街に銃声が響いた。

 多勢に無勢、ではない。銃弾を浴びても倒れるどころか怯みすらしない全電甲が、暴徒鎮圧盾を軽々と押し退け、機動隊員を軽々と振り回す。射撃を浴びた憲兵の装甲車両が火花を上げ、警察車両が放り投げられて近隣の家屋へ墜落。爆発炎上する。

 五〇式が敷地内へ前進する。その足元が乱れる。二体の全電甲がそれぞれに憲兵の装甲車両を持ち上げ、板撥条のような足へ執拗に叩きつけていたのである。

 倒れはしない。だが、姿勢を乱して〈松濤トゥルーアース会館〉に片手をつく。そこは四八式の腕の投擲によって外壁が破壊され、二階の様子が露出していた。そして〈震改〉の操縦師は、ありえざるものを目にする。硝子の向こうに並べられていたマネキンが、次から次へと消滅しているのだ。マネキンだったものが装束ごと翠緑の煙になり、地下へと吸い込まれていく。

 一方では次第に煙が晴れ、門扉を破壊したものの正体が顕になる。門倉駿也は、機動隊員や同僚の刑事たちに後退しろと叫びながらも、それを目にした。

「飛行円盤……?」

 空から何かが飛来した気配はなく、まるでどこからともなく、飛行時の加速度を保ってその場に空間転移してきたかのよう。そしてさらに奇妙なことは、どら焼きか何かのような船体の下部に通常設けられている昇降口が開いていないのだ。つまり、出現してそのまま誰も降りていないということ。その割には、炎上もしていない。

 訝しむ門倉だったが、直後、背筋に強烈な悪寒を覚え、そして心臓を何者かに鷲掴みにされたような痛みと息苦しさに、思わずその場に蹲った。財前も、刑事たちも、機動隊員も、憲兵たちすら同様だった。そして、灰色の全電甲たちは、そんな人々を餌食にするでもなく、跪いて天を仰いだ。

 風切り音に電子音を混ぜ、鐘の中で反響させたような音が響いた。

 財前は、額に脂汗を浮かべながら頭上を見上げた。

 虹の光に囲まれた影が空を塞いでいた。そして絶え間なく灯っては消える閃光が辺りを満たした。超電装を呼び出す時に多用される量子倉クアンタ・クローク技術について、知らない者はなかったが、それの星虹門は彼らが見慣れた超電装一機を呼び出す際に用いられるものの三倍ほどの大きさがあった。

 事ここへ至り、山手通り側で待機していた三機の四八式が松濤地区へ進入。住宅を破壊しながら腕を使った四足の巡航形態の二機が先行し、五〇式の刀を拾った一機が後に続いた。

 だが、先頭を駆けていた一機が、空から放たれた蒸奇光線に胴体を貫かれて大破。残る二機の〈兼密〉と一機の〈震改〉が一斉に頭上を見上げた。

 閉じた星虹門の向こうに現れたのは、翼を折り畳んだ巨大な金色の鳥だった。

 〈松濤トゥルーアース会館〉内部とその地下から、暗緑色の煙が染み出し、金色の輝きへと吸い上げられていく。

「財前さん!」と己の名を呼ぶ声を、財前剛太郎は聞いた。

 声の主は、戦後生まれの機動隊員のひとりだった。実家が青森の林檎農家で、冬になると毎年両親が大量の林檎を送って寄越すので、同僚たちに配り歩いていた、財前もひとつ貰ったことがあった。割ると種の辺りに半透明の蜜が詰まった高級品だった。

 その男が宙に浮いていた。見えざる手に摘み上げられたように、筋骨隆々とした身体が浮き上がり、次第次第に高度を上げていた。手を伸ばしても届かなかった。車の上に飛び乗り、ようやく手を掴んだ。だがその直後、確かに掴んだはずの感触が消えた。男は煙になり、金色の光の中へと吸い込まれていった。

「人を、喰った」財前の足元まで駆け寄ってきた門倉が言った。「あんなものを八百八町へ入れたら地獄絵図だ」

 既に地獄の釜はその蓋を開いていた。

 警官や憲兵が次々と吸い上げられる。建物の中からは白装束の信者らしき男女も宙に舞い上がり、煙となって光に飲まれていく。屋根の上から狙撃手が浮き上がり、憲兵隊の上級将校がじたばたともがきながらやはり空へと吸われていく。煙は渦を巻き、断続的な発光現象がそこかしこで起こる。雷を蓄えた雲を眼前にしているかのようだった。

 四八式〈兼密〉の一機が直立状態へ移行し、巨大な突撃銃を構え、その鳥のような何かめがけて滅茶苦茶に乱射する。だが、直後に轟音。光の柱のように照射された翠緑の蒸奇光線が、胸部の操縦席の辺りを貫通していた。

 最後の〈兼密〉がようやく体勢を立て直した〈震改〉へ刀を投げ渡し、携行していた突撃銃の銃口を上げる。携行火器、といえど戦車砲と同規格の一〇五粍砲である。家屋や車両ならばただの一発で粉々にし、角度や距離次第では超電装の装甲をも貫く威力を持つため、通常は市街での発砲は許可されない武装である。その大口径砲が、耳を劈く轟音と共に、頭上の怪物へ連射される。操縦師も、発砲する以上は、憲兵隊の矜持を賭けた必殺の覚悟だった。目標を逸れる弾丸は一発もなく、すべて金色の外皮へ着弾した。

 鳥の翼を模したような装甲から、羽根のようなものが一本、脱落した。

 装甲が落とせる。つまり、無敵ではない――残された二機の超電装が無言で戦意を交わす。

 しかし、その羽根のような装甲は、地面へと落着する前に空中で静止。逆に浮き上がり、元の場所に吸い寄せられて固定された。金色が剥げたはずの弾着の傷も見る間に修復され、輝きを取り戻した。

 そして、畳んだ翼の別の羽根が、細い根本を外に向けるように回転。先端の砲口に光が灯り、蒸奇光線を放った。

 先程、別の〈兼密〉を屠ったものより高出力の光線は〈兼密〉の胸より上を頭ごと溶解させた。射線上の木造邸宅が消滅し、たちまち周辺に火の手が上がった。

 門倉が戦いを見守ることをやめた。「財前さん。ここは退きましょう。市民の避難範囲を松濤の外まで広げるべきです」

「馬鹿言うんじゃねえ!」財前は怒鳴った。「二ッ森の嬢ちゃんたちも今はおねんねしてんだ。俺らが退いたら誰がこいつらを止めんだよ!」

「それは、あの探偵が……」

「くそっ! ちきしょう!」財前は車の窓を叩いた。

 もちろん、財前とて門倉の言うことは理解しているのである。彼が決して臆病風に吹かれているわけではなく、警察官の限界をあくまで冷静に分析した上で具申しているのだということも。だが、財前の感情は首を縦に振ることを許さなかったのだ。伊瀬新九郎が出張るのは、警察や憲兵の無能ゆえ。本来ならばかの探偵が事務所で惰眠を貪っていれば済むように全力を尽くすのが、帝都の治安を預かる者の使命なのだから。

 門倉もまた、付き合いの長い上司の感じる口惜しさを、誰よりも理解していた。天樹の力があれば警察官など要らないと笑われた経験もある。それでも腐らず、諦めず、常に全力を尽くすことこそが、彼の警察官としての誇りだったのだ。

 そんな、刑事たちが己自身へ向ける怒りをよそに、金色が一際輝きを増した。〈震改〉が余波も構わず蒸奇斬撃を放って飛ばしたが、丸まったままの怪鳥に到達することなく霧消した。そして羽根の形をした砲門のいくつかが、最後に残った〈震改〉へと向いた。その足元にいる財前たちへも。

 その時だった。

 翠に輝く光の巨人が、怪鳥に組みつき砲の向きを逸らした。

 誰かが叫んだ。

「あれは、蒸奇亡霊オルゴン・ゴースト!」

 そして誰もが振り返り、頭上を見上げた。

 マントのような機動薄膜をはためかせて落下する碧鋼の超電装。背に流れる七つの翻りのうちふたつが光を放ち、蒸奇の分身を生成する。うち一体は果敢にも〈金色夜鷓〉に取りつき、もう一体は財前たちの前に降下してその巨大な背で全員を庇う。

 〈金色夜鷓〉の羽根に仕込まれた光線砲が火を吹く。組みついた蒸奇亡霊に着弾し、花火のように光線が飛び散る。その余波が地上へと降り注ぐも、警官隊への直撃は別の蒸奇亡霊がその身で庇う。

 そして無人の家屋を薙ぎ倒し、地響きを上げ、宇宙最強の一角を占める存在が着地する。電線が揺れ、木々が葉を落とし、屋根瓦が揺さぶられて滑り落ちる。

「新九郎め、とんでもねえ援軍を寄越しやがった!」財前は口の端で笑った。「全員退け! 巻き添えになる前に退いて、市民を避難させろ! 重い装備は置いてけ! 急げ!」

 急発進する車両が全電甲の一体を轢き殺す。〈震改〉が刀を構えたままじりじりと後退。警官と憲兵の殿に着く。

 そして、先の丸い、首を狩り取るための両刃の剣を地面に突き立て、柄に両手を添えて雄々しく聳える碧鋼の処刑人――星鋳物ホーリーレリクス第A号ナンバーエース斬光ヘッドテイカー〉。とんがり帽子か頬被りのような、頭部を隠す機動薄膜の下で、ぎらり輝く瞳が魔の怪鳥を睨んだ。

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