14.真打登場 其の四

「大袈裟かと思ったが、ちゃんと超電装が動いてくれてよかったぜ」憲兵の車両に便乗した財前剛太郎は、掌を庇にして満足気に言った。

 車の前方には、両腕を使った巡航状態の四八式〈兼密〉と、板撥条のような足で路面を削り取りながら走る五〇式〈震改〉が一機ずつ。銀座の街に警笛が鳴り響き、進行方向の人や車両が一斉に道を開ける。中にはその場で踵を揃えて敬礼する男性もいる。

「市民の安全を守るのが我々の職務であります」運転席の若い憲兵が応じる。

「真面目だねえ、今時の憲兵さんは」

 財前は肩を竦める。

 そして二機と一両が買い物客や百貨店の店員らが逃げ惑う歩行者天国に到達したとき、前方に轟音が鳴り響いた。

 路地から中央通りへと宙返りしながら飛び出してくる自動車。根本から引き千切られた並木の柳。掘り返された石畳。そして大地を踏みしめる黒鋼の足。だがその足は前進していない。

「なんだありゃあ」続いて現れたものを目にし、財前は呟いた。

 つい先ごろまで暴れ回っていたナッソーは、大きくとも人と同じくらいの全高しかない。だが今は、超電装と並ぶほど大きい。その巨大ナッソーが、〈闢光〉の左腕に食らいついたまま一歩ずつ前進している。対する〈闢光〉は、両足を踏ん張ったままずるずると後退。角の煉瓦色のビアホールに肩を覆う黒鋼の鎧が衝突し、砕けた瓦礫が地面に落下する。

「あれじゃあナッソーじゃねえ。ダイナッソーだな」

「ダイ……大きいと言う意味でありますか」

「ご名答」

「全く大袈裟ではなかった」車が急停車する。「ところで刑事さん。それは駄洒落ですか」

「駄洒落?」

「遥か昔に絶滅した巨大爬虫類のことを、英語でダイナソーといいます」

「ああー……そう。そうよ。駄洒落。上手いだろ。ははは……」笑って誤魔化す財前。

 そして〈兼密〉が二脚で直立する戦闘状態に移行し、〈震改〉が余剰蒸奇を排出する襟巻を展開。各々の武器を構え、逃げ出す市民と入れ替わるように突進した。


 街と大地を食い破って巨大化した蝕物怪獣の恐るべき力に、伊瀬新九郎と星鋳物第七号〈闢光〉は圧倒されていた。

「化け物め……」

 左腕に噛みつかれたまま後退する〈闢光〉。ダイナッソーの肉食のような牙が翠玉宇宙超鋼に接触して火花を散らす。前腕のビームレンズ展開機構が警告を発する。喉の奥に蒸奇光線を叩き込もうにも、顎の力があまりにも強すぎて機構が力負けしているのだ。

 ずるずると後退して中央通りに出る。逃げ惑う市民の中には、門倉駿也と北條撫子、そして早坂あかりの姿もある。

 ラプラス・セーフティの警告が次々と立ち上がる。小型のナッソーとの戦いは、商業ビルの中にいる人々には届かなかった。まだ避難の途中なのだ。

 警告が薄くなる方向を探す。ぎこちない巨体の動きが滑らかになるたった一点。どんな時でも、最良の結果が得られる方法は必ずある。それを常に探し続けることのできる者だけに、星鋳物は応える。

 噛みつかれたまま右へ左へ。果たしてその一手は見出される。

 〈闢光〉が右腕を振り被り、大鐘を突く橦木のようにダイナッソーの側頭部を打ち据えた。

 生物だというのに、まるで装甲を叩いたような衝撃。〈闢光〉の籠手が共鳴振動しながら衝撃を吸収する。

 堪らず顎を離すダイナッソー。ふらりとよろめき、通りの角のビルに背中から倒れ込んだ。

 硝子が割れ、鉄筋が切れ、混凝土が砕けて路面へ降り注ぐ。その先に、逃げ遅れたらしき子供がいる。男の子だ。犬のぬいぐるみを抱いている。百貨店で買ってもらったのか。

 新九郎は歯を食い縛る。

 たったひとつの命も見捨てない。それが星鋳物を操る者の責務なのだ。

 〈闢光〉が平衡を失い、蒸奇噴射で加速しながらうつ伏せに倒れていく。右の拳を地面に向け、少年の上に覆い被さる。澄んだ瞳が恐怖に染まる。

 地響きと共に拳が舗装にめり込む。降り注ぐ瓦礫を、宵闇よりも暗い黒の翠玉宇宙超鋼が弾く。悪鬼の両眼が少年を見た。腰を抜かした彼の瞳に宿る恐怖が驚きに、そして喜びに変わった時、爆音を上げて飛び込んできた単車の乗り手が腕を伸ばし、その少年の襟首を掴んだ。

 肩越しに振り返る二ッ森焔。駆けてくる超電装が二体、彼女とすれ違う。

 四八式〈兼密〉が足を止めて刺股を構える。五〇式〈震改〉が身を伏せた〈闢光〉をひらりと飛び越え、宙返り。着地して宇宙超鋼の刀を構えた。

 硝子を引っ掻いたような鋭い叫びが騒然となる街に木霊する。ダイナッソーがのたうち、尾を振り、反動をつけて一気に立ち上がる。

 そこへ進み出た〈兼密〉が刺股を突き入れる。

 そして起き上がった〈闢光〉とその身中の新九郎は、驚くべき光景を目にした。

 刺股が貫通していた。

 ナッソーの表皮も紅白草の茎も、拳銃の弾を弾くほどの硬さだった。ダイナッソーに巨大化してもそれは同じであることを、たった今星鋳物に殴らせた新九郎は知っている。

 訝る〈震改〉が刀を引き、余剰蒸奇を襟巻へと充填し始める。

 直後、貫かれたところからダイナッソーの鱗が外へ開き、内部から無数の蔦が伸びた。〈兼密〉が慌てて武器を引こうとするが、遅い。つい先刻の建物や地面のように、刺股が溶ける。狒々神サマとも仇名され、長距離移動の際には足代わりに用いられる〈兼密〉の太く逞しい腕が、ダイナッソーの腹へと飲み込まれていく。

 新九郎は瞼で合図し、その動作を操縦席の電想系統が拾って憲兵の通信に割り込む。

「そこの五〇式! 右を頼む!」

 裃のような肩に埋まった〈震改〉の小さな首が頷き、刀を返した。

 分解されながら飲まれていく〈兼密〉の左に〈闢光〉が回り込み、肩の接続部に手をかける。その間に〈震改〉が跳躍。襟巻から発せられる翠緑色の光が逆手に持った刀へと流し込まれる。そして落下しながらの蒸奇斬撃が、〈兼密〉の右肩を切断した。

「見事だ」

 やや遅れて〈闢光〉が左肩を引き千切り、武器と両腕を失った〈兼密〉は平衡を崩しながらも両脚で立って後退する。

 一方のダイナッソーは〈兼密〉の腕を取り込む。憲兵仕様の灰色が緑の蔦に飲まれて消滅。開いた鱗が外側から閉じていく。

 満足気に首を傾げるダイナッソー。一回り大きくなっていた。

 八相に刀を構えて斬りかかる〈震改〉を前に、ダイナッソーが身をくねらせた。鱗の継ぎ目が仄かな桃色に発光する。そして。

 全身のあちこちの鱗が外側へ立ち上がり、一斉に発射された。

 まともに浴びた〈震改〉が火花を散らし後退。一枚が板撥条のような足に命中し破断する。全身から煙を上げて仰向けに転倒。煽りを受けて電柱が倒れて火花を散らす。ひっくり返った車が炎上し、ブティックのマネキンへと燃え移る。

 一方の〈闢光〉は、肩の鎧をダイナッソーへ向けて防ぐ。流れ弾が舗装に突き刺さり、背後のビルを砕いた。こちらは鉄筋ではなく瞬時建築。砕けた瓦礫はすぐさま砂になる。

 倒れた〈震改〉を後方へ放り投げ、〈闢光〉が歩みを進めた。

 すると、ダイナッソーの全身が大きく痙攣した。

 鱗があった場所から蔦が伸長して飛び出してくる。そして寄せ集まり、蜥蜴の化け物だった形が次第に変化していく。これはまずい。新九郎は直感し、〈闢光〉が動く。右腕、左脛、左肩が展開しビームレンズが露出。四方を確認。大方避難は終わっている。

 新九郎は手元のスイッチを押し込み、ビームレンズに光が灯った。

「くたばれ、トカゲ野郎」

 〈闢光〉が一斉に蒸奇光線砲を連射する。

 そして街の一角に降り注ぐ翠緑の光の雨。鳥の囀りを何十倍にも大きくしたような音が碁盤の目の路地へ響き渡り、ダイナッソーへと殺到。一発残らず着弾し、獣が叫び声を上げる。薄暗い緑の煙が立ち込め、交差点を覆い隠した。

 ビームレンズの収納機構が一斉に閉じ、〈闢光〉が構えを解く。

 建物に直撃すれば一瞬で消滅させてしまえるほどの連射である。しかし、ダイナッソーの表皮は出鱈目に硬い。倒せていれば幸運。そして伊瀬新九郎は、いつでも自分の仕事が幸運に見舞われあっという間に終わることだけを願っている。

 だが、現実はいつも期待を下回る。

 煙が渦巻き、再び棘のようなものが発射される。上体を逸らして躱す〈闢光〉。無人になりつつある歩行者天国の方へと後退する。

 続けて、薄れる煙の中から火炎が放たれ、〈闢光〉の黒鋼を焼いた。

 両腕で頭部付近を守らせ、新九郎は〈闢光〉を後退させる。その間に思うのは、紅白草への憲兵の対応だった。

 火炎放射だ。

 表面が硬すぎて刃が立たず、根が深すぎて引き抜けない紅白草を、憲兵は火炎放射器で焼くことで処理した。そして今、ダイナッソーは火を吹く大怪獣となって、憲兵の超電装を下した。

 後退しながらも右脛内蔵の光線砲を展開し、断続的に射撃する。眼鏡の上に警告とともに地図が表示される。逃げ遅れた人々が多数いる百貨店のある、銀座四丁目交差点に近づいていることを知らせていた。

 しかし、強烈な火炎放射は途切れない。両腕の温度は、鋼の融点をとうに超えている。攻勢に転じるには、一旦距離を取るしかない。

 南無三。舌打ちしながら新九郎が吐き捨て、〈闢光〉が全身の装甲の隙間から余剰蒸奇を噴射し、翠緑の煙とともに後方へ跳躍。信号機の倍ほどの高さまで浮き上がり、轟音を上げて着地した。

 地響きが街を揺らす。そして砕けて舞い上がった無数の異星砂礫の欠片越しに、新九郎は更に変貌を遂げたダイナッソーの異形を見た。

「そうきたか」

 頭部はナッソーのまま。表面を覆う鱗も、手先足先の鉤爪も同じだ。

 だが片手に刀――やけに細い板撥条のような足。

 狒々のような巨大な腕――大地を衝いて走る大きな拳。

 四八式と五〇式の特徴を写し取った新たな怪物が、大きく顎を開いて威嚇の火を吹いた。

 鏡、と言われていたことを思い出した。

 暴力には暴力を返す鏡。手を出せば祟りがある。焼き払うなど以ての外。ならば今のこの姿は、紅白草に対して加えられたすべての暴力の報いだというのか。

 ならばこの街に晴れ空をもたらすために、すべきことはひとつ。

 最強の超電装である星鋳物〈闢光〉を写し取られる前に、必殺の武器で勝負を決するのだ。

 新九郎はブーツの爪先で安全装置を蹴り上げて解除する。〈闢光〉の額の偃月飾りの固定が外れ、滑るように右手に収まる。

 交差点に立つ〈闢光〉が、その右手を天に掲げた。

 規格外の大出力を誇るヴィルヘルム式オルゴン・スチーム・エンジンが唸りを上げ、帝都の空から晴天を奪う蒸奇の死骸を己が身中へと取り込む。翠の光が装甲の内部を伝い、右手に構えた偃月飾りへと流し込まれる。煽りを受けた異星砂礫の建物が形を忘れかけて揺らめく。

 姿を変えたダイナッソーが咆哮し、左腕で胸を叩く。そして刀を振り翳して突進。

 一方の〈闢光〉――空の暗雲を巻き取るように右腕を回せば、蒸奇の光が翠に揺らめく炎の刃となる。その名も〈蒸奇殺刀オルゴン・スラッガー・ソード〉。

「蒸奇殺法……」

 炎が透き通る結晶へと転じる。

 両者激突。角の百貨店の晴天に映える時計台が正時を告げる鐘を鳴らした。

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