第133話 全てが砂になる

 全てが砂になる。

 この世界は砂上の楼閣である。

 砂の上に顔があったっていいじゃないか。

 そんなこといったってしかたがないじゃないか。

 砂漠の民はさまよえる民であり、追われることによって形成される散逸構造体である。

 砂にはS極とM極とがあります。

 砂漠は生きている。

 命あるものはかならず滅びる。

 形而上学的砂漠は薔薇で埋もれているのよ。

 砂漠ではなく沙漠なのだとコヨーテは鼻を鳴らして答えた。

 ファントムこそがふさわしいのだ砂の海を漂う船の乗組員の総称は。

 書かれたものと存在するものとが同じだという根拠はどこにありますか?

 すると戸籍が全ての虚構を支えているフィクションだと?

 CAN YOU KEEP A CECRET?

 カルテもたいがいはそうね。病気って文化の輪郭線だから。

 外傷が存在の輪郭線であるように?

 砂像が崩れる一番の原因は自重なんだぜ。

 砂一粒の重さなんてたかがしれたものだ。1bitではなにも動かない。

 1bitの情報量は2だが、それは事前にその1bitを知っていなければ2ではないし、1bitが出入り可能な場が用意されていなければ成立しない。

 「場」では不可能なのだ。bitは移動しない。それは見かけ上の移動であるにすぎない。見かけ上の移動であるからこそあらゆる障壁は無効であり光速に縛られることもないのだ。

 だがその情報伝達はやはり、物理的な移動によるほかないのではないか?

 胡蝶の夢は、ある種の量子テレポートではないかと、私は考えています。それは、蟻地獄の実存が実はC言語におけるポインタのようなものであるとの観点から仏教論てきに証明されています。

 兎の角のように、かね? それとも象の歩みのように、かね?

 ある種の蝶は、寝ている人間の鼻腔へ口吻をたくみに差し入れて脳にアクセスしていますから、おそらくそれが。

 脳漿、甘いか酸っぱいか。

 ほぼ、液体が思惟しているようなものですが、沙漠の砂の水分含有量はご存知ですか?

 沙漠そのものの含水率なら計算可能ですけれども、砂の一粒には水分など含まれますか?

 多少なりとも含まれていなければ、これほど水っぽい星にはならないでしょう?

 流砂というものは、ほとんど水の挙動をいたしますから、「水」というものはそもそも「砂」と何者かとの創発による性質ではないかと思われます。

 すると、枯山水というものも本来は流れているのかもしれません。

 無論、流れておる。人間の目ではそうは見えないかもしれんが、而今の眼をもってすれば片時も休まぬ流動体として微動だにしておらぬものを。

 つまり、物体とはそのようなものであると?

 全てが砂になるのは、全てが砂によるからだ。

 この世界は砂上の楼閣の蜃気楼のようなものだが、このばあい光や大気や温度などは介在しない空間における蜃気楼を創造しなければならない。いわば死んだイカのまなざしの記憶として、世界は厳然と現前する。

 ワケワカメ。

 ワケワカメは、一般名称、ジャイアントケープとよばれる海の密林を形成する海草の一種とされており、それ一本でシロナガスクジラの消化器官を完全に閉塞させうるほどふえるワカメであるとされているらしい。

 つまらないねぇ。山田クゥーン。座布団みんなとって石抱きの刑に処せ。

 ワケワカメはあまりに巨大なため、一本を村落の全員で分けることができたため、分けるワカメから、ワケワカメと呼ばれるようになったと考えられている。

 懲りないメンタルだけは褒めてやろう。では次の問題に参ります……


 という具合に、風紋は文字を連ねていく。

 わたしはそこに意味を読み取ろうとしてしまう。

 それは風の伝えたかった意味なのか、砂が伝えたかった意味なのか。それとも、マザーシロアリの意識だったのか。それが重要なことであるようにわたしには思われてならなかった。

 ぶくぶくと膨れた白い腹を震わせ、周囲の白い砂を食らいつつ、自らはますます白磁のように艶めいていくシロアリの女王。あたかも、白い砂のさらに純白成分のみを体内に摂取し、排出される黒い砂はその不純物であるかのようにも思われてくる。

 すると、この世界を形成する黒い砂は、白い砂の精製過程で生じる老廃物の塊だということになる。

 空想とは、老廃物を生み出すことに他ならない。のか?

 いや、むしろ見た目にほとんど純白の白い砂をさらに精製するそのことこそが、空想の本質。つまり純粋空想なのではないか?

 わたしは慄然とした。

 ならばこの世界とは、純粋空想によって構造化されなかった残余なのだ。この不純物のおおいモナドそのものが光を発し、黒を白に見せている。イフガメの砂とはそのbitがむき出しとなった特異点だったのではないか?

 わたしはあらためて、清掃部全体を見渡した。

 雲ひとつない空にむかって砂山が眠たげな起伏を織り成していて、その風紋にそって黒蟻と化した純粋空想の不純物が自らの廃棄場所を求めて消失点を越えて続いていた。

 わたしはその光景の、すべてが「映画」のようなものなのだと知った。わたしはいまだにタンクの中に横たわっているのとなんら変わりない状態であるのだとわかった。

 わたしたちは地上の1気圧を感知しない。それは体内も1気圧で押し返しているからだ。骨格をもたない深海魚がおそろしい水圧に耐えうるのは、体の内外に水圧差が生じないためなのだ。

 わたしたちは常に砂に埋もれている。その砂の圧を感じないのはわたしたちが砂でできているからだ。

 砂に埋もれていては、息もできないし、周囲を見渡すことなどできない、と反論されるかもしれないが、空気が透明であるという事実は、光が妨げられないという事実によって証明されているのではなかったか?

 わたしたちを距離0で取巻いているものが、空気ではなく砂であるとしても、同じ理屈によって砂の透明性は証明できるのである。

 だが、その証明は間違いだ。砂は透明ではない。それは「光」そのものでもあるからだ。

 砂は不透明だが、RGBの光を発することによってあたかも透過的に景色を映し出すことができる。映し出すスクリーンはわれわれの脳である。

 脳とは砂を解釈する砂に他ならない。

 だからこそ、わたしたちは脳を働かせてはならなかったのだ。

 純白を食らうシロアリの女王。彼女は世界を消化して純化する。つまり、彼女は腸によって砂を咀嚼し、砂を弁別し、砂を吸収する。

 清掃部は、この女王によって社内の汚物を分別していたのである。

 純粋空想とは「濾過」であり「浄化」なのだ。

 わたしは管理室へ侵入した。とたんに股間まで白い砂に沈んだ。すかさず肛門めがけて黒蟻が突入を開始した。わたしは帽子で尻をシールドしながら、事務机三台分はあろうかというシロアリにブヨブヨした腹にナイフをつきたてた。

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