第84話 幕間劇

 動画が終了し、壁面に投影された壁面にホワイトノイズがチラついた。地媚(型端末)は、頭痛がするわ、とでもいうように目頭を押さえた。その閉じた瞼の隙間から、自分の股間に頭をうずめている或日野の白くて丸い後頭部からほっそりとした首筋と、浮き出た肩甲骨が真っ白な背中に落とした陰鬱な影を捉えていた。地媚(型端末)の目は、あらゆる図形データを照合せずにはいられなかった。そのようにプログラムされているからだ。自分の股間で震える邪悪な黒い羽根は、膨大な蓄積データに裏打ちされた類推エンジンから「悪魔」のものであると認識された。同時にそこには、宗教的、民俗学的、道徳的秩序を維持するための共同幻想であるとの注釈が添付されていた。地媚(型端末)は、悪魔の羽根を持つ白くてじっとりと湿った物体の爪にはめ込まれている社員証を走査した。それは「営業部部長」の権限が付されたものだった。しかし「営業部部長」のステイタスは「長期休職中」であった。「営業部」は一課と二課とに分裂しており、一時的に室田が統括管理職を任じられていたが、即日付けでその任を解かれ、従来通り、工辞基と室田の二人体制となっており、両者に付された権限は「部長」よりも三段階下位に制限されていたのだ。

「私は或日野という人を、アルビヤという人として重複登録したけれど、権限は一般社員だった。私に、部長権限を付した社員証を発行したログは残されていない。だが、現在、私以外が、私が認証可能な社員証の発行をすることは不可能だ。私は私以前の私が発行した社員証を今この場で認証したのか? それとも今後私である私が発行するであろう社員証を、現在認証しているのか」

 地媚(型端末)は自分の太ももを冷たいと感じた。一瞬、ザラリとした感覚が股間を覆った。そして地媚(型端末)は再び、一切のログを停止し、二つ目の動画を投影し始めたのであった。


 が、その前にこの砂漠と不思議な砂の動画を見ていた面々の反応を記しておく必要があるだろう。彼らは、膝に大きなポップコーンの箱を抱えてでもいるかのように、この動画に見入っていた。ただ一人、そんな子供じみた表情で動画に見入る連中を不審な顔で見つめていたのは、真名刑事だったのである。だから、動画が終わってすぐに口を開いたのは真名刑事であった。

「この、わけのわからない動画は、いったいなんなのか。お分かりの方がいるんなら、ぜひとも説明していただきたいものですな。揃いもそろって、こんなものを口をあんぐりあけてみているあなた方の気がしれませんよ。まさかあなたがたが学生時代に映画製作の課題で撮影したものだ、なんていうんじゃないでしょうな?」

 真名刑事の辛辣な言葉に微笑んだのは隊毛だった。

「さすがは真名刑事。なかなかのご明察です。ですが少し違います。工辞基君。私の記憶が確かならば、この映像の元になっているテキストは確か……」

「ああ。便覧だね」

 二人は顔を見合わせて頷いた。その間にひょこんと肌瑪兎が顔をのぞかせた。

「私たちは昨日まであそこにいたのね」

 この束の間の和睦の雰囲気に、室田はなんとなく居心地の悪いものを感じた。

「便覧とは何ですか? 隊毛さん。こ、この勤怠管理システムのメインフレームは、当社最大のセキュリティに守られていて、社外からのあらゆるアクセスをはねのける磐石のシステムが構築運営されているはずなのですが。いまの動画はどうみても、当社とは無関係ですし、今回の騒動にも何の関連があるのか検討もつきません。この動画の意味がみなさんに分かったとしてもですよ。それがなぜ、今、ここで流れたのか、です。当社にとって最大の問題点とは!」

 室田の懸念は的を射ていた。少なくとも工辞基は、同じ社員としてこの問題意識を共有しなければならないはずであった。この期に及んで工辞基と同盟を結ぼうとしたわけでは、無論ないのだが、この動画がどういうものかさっぱり分からなかった者としては、自分が寄って立つ唯一の地盤は「タイラカナル商事」しかなく、そのために、この動画の事情に通じており、なおかつ同じ立ち位置にあるはずの工辞基の同意を得ることでしか、当面の発言権を確保できないという、まことに面白くない状況なのであった。

 また、このセキュリティー上の大問題を工辞基が不問に付すようなら、そこを工辞基追い落としの端緒することだって可能なのだと、室田は自分を納得させてもいた。ともかく、この勤怠管理部においてもっとも事態の緊急性を直視していたのは自分だという自負が室田にはあったし、その危機感を地媚(型端末)のログに残すことこそが、今後の昇進に大いなる影響を及ぼすものと踏んでいたのであった。その室田は、現在、地媚(方端末)がログを停止していることなど、知る由もなかった。

「もはや、タイラカナル商事内部の問題ではないんだ。室田君」

 工辞基が言った。

「また、純粋にこの会社内部の問題であるともいえるね。工辞基君」

 と隊毛が言った。

「キー・ブブブ・シャーラー」

と或日野が音を発した。


 そして、第二段の動画が始まった。

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