第21話 解放の……時

 スマホを操作し始める亜壽香。圭のスマホに通知が入り、契約の改正を望むものが出てきた。

 しかし、その改正する条文がエンゲームの契約ではなかった。


「……『借用契約書』!?」


 それは圭が初めてコントラクトで行った契約だった。そう、亜壽香と契約したあの……。


「どうした? これでお前がわたしを支配する契約を作ればいいんだ。そして、わたしに解放を指示すればいい。安心しろ、わたしの意思が通れば、キングダムは解散される」


 ……そうだ……これが……圭がここまでやってきたこのすべて……。これで果たされるんだ……。だけど……。


「なぁ……今からでも遅くない……。自分の意思でキングダムを解散させてくれないか?」


「……何を言っている? そんなのは無理だ。できるわけがない。大体、さっきは強引な手段をとったくせに……今更過ぎるだろ」


「さっきのが強引だったからだよ! なぁ……亜壽香……お前だって解放者になれる。ここで、自分の意思で解放すれば、お前だって解放者なんだ。

 わざわざ、俺が支配する必要なんて……ないだろ?」


 そうだ……もう、これですべて終わるんだ。なのに、なぜ最後に幼馴染を支配する工程が必要なんだ。こんなのは間違っている。

 ……それが最善のやり方だとはとても思えない。


「無理なんだよ……。言っただろう? もう、手遅れなんだよ。……今更、あたしに解放するなんて道は残されていない。たとえ、目の前に選択肢としてそれが出てきても、あたしはもうそれを選べない! そういうものなんだよ!


 だから……圭……、君の手で……解放して。真の解放者が、解放者の手でみんなを解放してあげて……。


 もし、圭があたしに命令の契約をしなければ、あたしは……これからもキングダムのリーダー、真の王である続けるだけ。止まらないよ。


 さぁ、止めろ! 解放者! 真の王にとどめを刺して、あたしをねじ伏せて! すべてを解放して見せろ! 終わらせて見せろ!」


「……お前だって……真の王である以前に……友達だろ? 友達相手に……命令なんてできるかよ! 自分の手で解放してくれよ!」


「友達? この状況になって、なおも……あたしたちが友達!? ……本当にあたしたちが友達だったんなら……きっと、あたしは真の王に……圭は解放者に……なってなかったと……あたしは思うけどね」


「……それは……どういう意味だよ……」


 亜壽香は圭の質問に答える気はないらしく、小さくうつむき圭から視線を逸らす。その姿を見て、圭の中にフラッシュバックが走る。


 圭は亜壽香に対して深い一歩を踏み出そうとしなかったんだ。次郎にだってそうだ……。自分は果たして……友として本当に深く、接しようとしていただろうか……。


 亜壽香に対して……決して一歩踏み出そうとしなかった。亜壽香に迷惑をかけかねないから、亜壽香を巻き込みたくないから、そう言って……圭は……亜壽香に本当の意味で歩み寄ろうとしなかった。


 キングダムを倒すことが、亜壽香を助けることになる。ひたすらそんな、言い訳を考えて……。


 本当に友達なら……迷惑かける覚悟で……悩みを相談してもよかったんじゃないのか? そうすれば、圭だって亜壽香の苦しみ、悩みを……知れたはずなのに。


それどころか、苦しんでいるのかも、と思いながらもいずれ助けると心にうそついて……結局踏み出していなかったんだ。

 ……本当なら、たとえどれだけ、亜壽香が拒もうと……強引にでも行くべきだった……。コントラクトというものを知りながら、その行為に出られなかった。


 そういう点では……田村零士は……誰よりも友に対して踏み込もうとしてきていた。


「あたし……圭が解放者なんだろうなって、割と前から感づいていたよ。でも、それを見て見ぬふりをした。むしろ、敵になるって警戒していた。結局、自分のことしか頭になかったんだよね。


 もし、あたしが友として圭と接っしてたなら……、まずコントラクトを圭に使わせることはなかったんだろうね」


 コントラクトは圭たちの気が付かない間に、見えない壁を作り出していたんだ。お互いに「大丈夫、何でもない」という一言で壁が形を成し、踏み込むを意思を閉ざしていた。


「俺も……そうだった……かも。解放者としての自分しか見てなかった……。多分、俺は……亜壽香のことを忘れていた」


 亜壽香は自虐でもするように軽い笑いを飛ばす。

「でしょ? お互い、自分のことで精いっぱいで、相手の奥にまで踏み込もうとできなかったもの。それができなかったんだから……あたしたちは本当の友だちになりきれていなかった」


「そ……それは……」


「でも、圭は……あたし以外にも友だちがいたみたいだね。それどころか、さらに友だちが増えた。仲間が増えた……。だから、解放者にはなれたんだろう」


「……いや……俺はそれをないがしろにしようとしてたよ……。ただ、次郎も……田村先輩も……、……アリスも……結局、最後は俺の側に立ってくれていた」


 田村は油断ならない人だし、裏切られ落とされたこともある。だけど、友という言葉だけはいつまでも、言い続けてきて……、今思えば……友として裏切ることは……なかったように思える。


 多分、圭自身、心の奥でそのことに気づいていたから、このゲームで田村に頼ることを選んでいたんだと思う。


「そうか……、でも……そもそも、あたしの周りには本当の友だちがいなかったから……、あたしに友だちとして踏み込む勇気がまるでなかったから……、真の王になっただけ。それが……今ここで起こったことの真実……」


 亜壽香は一歩前に出て圭に手を伸ばす。


「さあ、契約条文を作って。あたしと契約して、すべてを解放してあげてよ」


 これ以上圭に……亜壽香に解放を求めるだけの力はなかった。代わりに……こんな言い訳だけが口から出てくる。


「強引な手段をとったのは悪かった。

 だけど、俺はお前が止めてほしいんだって理解して、絶対に止めなきゃいけないと思って……。俺にはきれいにお前を止めるだけの、お前を救えるだけの力がなかったから……こういう手段になった。


 でも、意地でも止めたかった。……止めることができて……良かった……。遅かったけど……」


 例えどんな言葉を並べても変えることは出来ない。今までしてきた事実は、亜壽香に解放を求められる立場を生み出してくれず、対等な友だちと言う立場はとうの昔に消え去ったまま、戻ってこない。


 結局、コントラクトというアプリによって、契約し……無理矢理解放させることしか……できなかった。

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