第19話 選択肢
田村零士は机の上にある二枚のジョーカーを指先でつつきつつ、亜壽香を下から煽るように見上げる。
「で、第四ゲーム、どうしましょうか? どういうゲームにします?」
亜壽香は何も言わず突っ立っている。田村の煽りに対し微動だすることなくじっと空を見ている。
次の一手を考え直しているのか……。
……これは……ルール以内になるかな……。
「亜壽香……お前の提案したゲーム。受けるよ」
亜壽香の仮面が少し揺れ反応してくれたことを確認する。圭は机の上にあったジョーカーの一枚を手に取った。
「ただし、ゲームの内容に少し修正を求める。俺はこのジョーカーとエースの二枚を所持して、お前に一枚を引いてもらう。もし、引いたカードがジョーカーなら俺の勝ち、エースならお前の勝ち」
「……いや、それは逆にお前が有利すぎるだろう? なぜジョーカーを引いたら私の負けになる? ババ抜きはジョーカーを引いた場合、まだゲームは続く。一発で負けというのは本来のルールより不利だ」
再び亜壽香は真の王モードとなってきた。
仮面をつけている状態ではそのほうがやりやすい。
「だが、その代わり、このカードは後ろにマークが付いていて、亜壽香はカードの判別が可能なのだろう?」
「裏を隠さずに……そのままこのトランプを使用すると? それではわたしの必勝になるがいいのか? それとも、何かトリックを仕掛けるつもりか?」
亜壽香は再びキツネの仮面に手を当てる。トリックを仕掛けるなら、どういうものになるのか、思案でもしているのだろうか……。だが、
「いいや、トリックは使わないよ。正真正銘、真っ向勝負だ」
そう言い、圭はカードを二枚、亜壽香の前に突き出した。
「亜壽香から見て、右がエース、左がジョーカーだ。嘘を言っていないのは、お前がマークを判断すればいい。右を引けばお前の勝利。左を引けばお前の勝利だ」
本当に嘘はついていない。すべて圭の言った通りだ。
「……だったら、わたしは右を引くだけだ……」
そういい直ぐに右のカード、エースへと手を伸ばしてくる。
「……小林圭……お前は何を企んでいる?」
が、その手をピタリと止めた。
「俺は……何となくお前の思いが分かっていた……、やっと分かってきた……遅すぎたんだろうけどな……。
お前……キッカケが欲しかったんだろう?」
「キッカケ?」
亜壽香の右手がピクリと反応し、少しエースのカードから遠ざかる。
「そうだ……支配する側から……解放者に代わることができるキッカケだ」
「何を言っている? わたしは支配者、王。ほかの何者にも変わる気はない」
「違うな……、お前は望んでいたんだよ。ここで自分が敗北することを」
二枚のカードを亜壽香に突き付けたまま続ける。
「お前は暴力を手段の一つとするのは、自身の頭脳を補うため、それと確実性、確率を上げるためだといった。お前は、効率、確率、確実性を重んじるということを口にしていたな。
だが、この『自由なゲーム』は一体何なんだ? あまりに公平性がありすぎる。ゲームとしては良くても、エンゲームで行うゲームとして考えれば……それはあまりに非効率だと、俺は思うんだが?」
「言ったはずだ、これは決戦だと。確実な勝者を作るために選んだゲームだっただけ。完全にわたしが有利なゲームをして勝って得られる納得より、公平なゲームではっきりと負かした方が、大きな納得が得られる。
納得しきれず、再び反乱を起こそうものなら、それこそ非効率だ」
「違う、もし効率勝率、確実性を考えるならば、その答えには至らないはずだ。どう考えてもこのゲームじゃ、自分が勝てる保証が持てない。確率は操作出来ても、絶対には程遠い。
本当に強引な手段による効率化を望むのなら、圧倒的に追い込んだ状況をこの俺に突き付けて、敗北を認めさせることだった。俺は既にあの時点で追い込まれていた。俺は、例えゲームで俺に不利なゲームを持ち込まれたところで、それを断る権利すらない状況に陥った時点で実質敗北であったことは認めた。
それに、それでも反乱を起こすようなら、完全な公平ゲームで負けても俺は反乱を起こしていた。そもそも俺は解放者。反乱など、造作もない。
と言っても、次郎がお前の人質であるという点は絶対に変わらないんだ。それがある以上、俺は下手に反乱など起こせない。次郎を人質に取れば下手に俺は動けないことを、お前だって知ったうえで、行動していたはずだ」
教室の端で何も言わずじっとただ立っている次郎。文字通り、行動が亜壽香の手によって制限されている。
「強引な手段をいとわない。効率や確実性を取る。そういう考えを本当に持っていたのだとすれば、そもそもこのゲームはあまりにその思想とは違いすぎる。矛盾だらけなんだよ。
それはなぜか……、俺に勝つチャンスを与えたかったんだ」
亜壽香は含み笑いをしながら首を小さく横に振る。
「……まさか。くだらない妄想だな」
「なら、もっと言ってやろうか? お前は誰かに止めてもらうことを望んでいたんだよ。ここで俺に止めてもらうことを期待していたんだ。公平なゲームをもって、自分を負かしてもらい、終わらせられることを望み、このゲームを提示した。
すべてを終わらすことができる……キッカケだ」
「そんなのは言いがかりだ!!」
キツネの仮面は大声を教室中に響き渡らせる。
「わたしはお前を倒さなければならない。お前を倒して、すべてを支配下におさめなければならない。そうしなければすべては終わらない。変わらないんだ」
「いや、違う……お前は今の自分をやめたいんだ。このゲームは、そのための儀式なんだ」
今一度、亜壽香の前に二枚のトランプを突き付ける。
「さぁ、ここまでの話を踏まえたうえで敢えて言おう。左のカード、ジョーカーを取れ。そうすれば、お前は負ける。でも、お前は自分に勝てる。
ここでお前がジョーカーを引くことで、お前はキッカケを得られるんだ。お前は止まることができるんだ」
「わたしがそれを選ぶメリットなどない」
「選べ! 自分自身で選んで見せろ! 俺は、それを全力で手助けする」
そういって、右のカードを手元に、そして左のジョーカーだけを前に出した。
「お前は解放者の道が選択肢になかったといった。だから、いまここで俺がお前にその選択肢を与えてやる。選べ! 自分の意思で解放者となる道を選んで見せろ!
できるんだ。お前は……解放者になれる」
「……わたしは……」
亜壽香の手が再びカードに向けて伸び始める。その手は震えながらも自身を敗北へと落とすジョーカーに向かって伸びていく。自らの手で……その選択肢を取ろうともがく。
「わたしは……」
そして、亜壽香の手はトランプのカードに振れた。それは……“エース”。
「遅いんだよ……」
自身で選んだ勝利のカードを手にして一気に自分の側に引き込む。
「選択肢が出てくるのが……遅すぎなんだよ! 手遅れなんだよ! ここでジョーカー(敗北)を引けるわけないじゃん! ここまで来て……ここまで来てしまって、今更、解放します、なんて言えるわけないじゃん!」
亜壽香は思いっきりキツネの仮面を握り締める。変形するほどに曲げられたそれは勢いよく顔からはがされ床にたたきつけられた。
「この仮面は真の王を表すものだった。だが、仮面を長くかぶりすぎた。わたしはもう、仮面を外しても、その奥も……あたしは……真の王になっているんだ!」
亜壽香はその素顔を圭にさらす。だけど、その表情は圭が知っている幼馴染の物ではなく、鋭い目つきがそこにはある。
「とっくの昔に、後戻りはできなくなっている。わたしにはもう、ための前に選択肢がいくら出てこようと、それを選ぶことは出来ないし、許されない……」
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