第18話 真の王誕生の経緯

 そっと亜壽香は崩れて倒れている森から離れ、近くの机にもたれかかった。そのままキツネの仮面が自身のスマホに向けられる。


「あたしだって……前は支配される側だったよ。圭がスマホを手にするより、ずっと前にね。はっきりと言おう、わたしはコントラクトの闇を知っていながら、それを隠してお前にコントラストを使わせた」


 ショック、絶望、……出てくる感情を抑えて顔を向ける。

「……なぜ……って聞いてもいいのか?」


「……単純にお金が必要だったことと……、まぁあとは、圭もわたしと同じ境遇に引きずりこんでやろうっていう悪意だね。なんでわたしだけが、こういう目に合えばいい? スマホを持ったって? じゃあ、こっちの世界にようこそ、って感じ」


 ……この理由は……めちゃくちゃだとは思うが、理解できる分だけつらい……。多分、ほとんどの人間は思うことなんだろう。


 自分だけが最悪な目に合っているのはつらいし、おかしいと思う。そんなのは間違っていると怒り狂う。ならば、せめて周りの奴も自分と同じ目にあえばいい。

 コントラクトは一度支配される側になれば、覆しにくいからこそ、その傾向が強くなる。結果、こうやって負の連鎖が広がっていく……。


「だが、このままじゃダメだ、っていうのも同時に理解していた。支配する側の奴らはいつまでも小遣いを要求してくるし、何かと命令される。それを拒むことは絶対に許されない。


 このままではいつまでたっても変わらない。ならば、どうする?」


 亜壽香は自分の仮面に手を当て言い放つ。

「食われる側から食う側になるしかないだろう! このまま黙っていれば枯渇するだけ。ならば、枯渇する前に、逆に食らうしかないんだよ! 負け組になりたくなければ、勝つしかない! 支配されたくなければ……支配するしかない!」


 ……それも……圭は否定できない。ネイティブに支配されたとき、少なからず圭の思考の一つとしてあっただろう……でも……、

「みんなを解放する……ていう、道もあった。支配じゃなく、解放という道も、そこにはあったんじゃないのか?」


「それは圭が選んだ道であっただけ。わたしが選んだのは支配する側に立つという道だった。いや……選ぶも何も……、その時その現状では……、わたしの視界にはその道しか映っていなかった。

 わたしは勝つために、支配するために、手段を選ばずに突き進むことを選択したんだ」


 亜壽香は視線を少し次郎に向ける。

「圭、お前が貸してくれた三万は役に立った。わたしが支配していく中で、スマホを二台所持している贅沢者がいてね。それを利用すれば面白いことができると思った。


 納金の免除と三万円で、代わりにスマホを必要な時に無情で貸してもらえる契約を作った。それが影武者という仮面をかぶった次郎になったわけだ。


 そうやって力をつけていく中で、目に留まったのが『グループ:キングダム』だった。随分と勢力が拡大していた。これを落とせば、わたしを揺るがすようなものはいなくなる。結果はご存じの通り」


 田村に向けて亜壽香は丁寧にお辞儀をした。

「その節はどうも。わたしにキングダムを譲ってくださり、ありがとうございました。田村先輩」

 さっきまでの煽りに仕返しと言わんばかりにゆっくりはっきりという。


 田村はそれに対して、不敵な笑みだけで返す。


「こうして、晴れて巨大グループの頂点に立てたわたしがあとやることは一つだった。周りのグループを飲み込み、支配していくだけ。


 あともう少し……もう少しだったんだ! もう少しで学校中を支配できる。まさに天下統一! そうすれば、もうわたしを脅かすものはなくなる。もう、目前だったんだ!


 お前ら……圭や田村が訳わからない行動を起こし始めた結果、随分とそれは変わってしまったがな」


 真の王の話す言葉にだんだん悲しみが含まれ始めたような気がしてきた。怒りの中に混じる……別の感情。


「なんでだよ……。俺も確かに一度、支配される側になった。でも、こうして解放者になる道を選べた。お前だって……選べたはずだ!」


「でも、お前だって気づいたはずだ。お前は解放者としてネイティブを倒したんだろう? その時、得られた結果はなんだった? 安全で平穏な中立の立場だったか? 違うだろう、周りのグループから危険視される存在になっただけ。


 結局、自分が食われ続けられないためには、戦い勝利し続けるしかない。支配する側となり、ほかの支配者と競いあうしか道はないんだよ」


「……でも、俺は……。こうして解放者となり、お前の前に立ちはだかっている」


 その圭の言葉に対し、真の王はゆっくりと首を縦に振る。

「そう、そうなんだよ……、そこは本当に謎。なぜ、小林圭は解放者になれた? わたしの前に、そんな選択肢が現れることなどなかったのに……」


 亜壽香は静かにポケットへスマホを戻す。

「もういい。第三ゲームはわたしの負けでいいよ。さぁ、さっさと第四ゲームをしよう。お前らも、まだゲーム中だってことは忘れるなよ」


 そういい、亜壽香は自分の道具が並んでいる机に近づいて、そのまま無造作にトランプの入ったケースを手に取る。

「ど~でいい。ババ抜きでもしよっか」


「……は?」

 亜壽香はあまりに自然な感じにそんなことを口にする。それこそ、「暇だしトランプでもする?」以上のものが感じられない。


「単純にちゃちゃっと済ませちゃおう。クラブとハートのAとジョーカーだけでいいや。はい、圭はクラブのAを持って。あたしはハートのAとジョーカーを持つ。先にAペアをそろえたほうが勝ち。

 契約は面倒だし、いいや。さぁ、圭、引いて」



 その雰囲気はやはり亜壽香。仮面をつけているのに、亜壽香が出てしまっているのか、仮面をかぶりつつ亜壽香の演技をしているのか。

 しかも、この投げやりな感じ……。


「圭くん。待ってください」

 圭が雰囲気に流され手を伸ばしかけたとき、田村に声を掛けられた。ポンと圭の肩に手を置き、亜壽香を見る。


「……お前」

 なにか亜壽香が言いかけたが、すぐに田村が手を前に出して制す。

「おっと、まだゲーム中じゃないですよ。あくまで君がゲームを勝手に推し進めようと試打だけで、圭くんはまだ説明を聞いている段階でしょう」


 そういい、指を一本、亜壽香が手に持っている二枚のトランプに向けられる。

「このカードは二枚とのジョーカーだったりしませんか?」


 その指摘に亜壽香は黙って二枚を重ねて手で隠す。

「ほら、図星でしたね。ようは、まず絶対ジョーカーを引かせる。そして、そのあと、圭くんからエースを取って颯爽と第四ゲーム取るつもりだったでしょう? このトランプは後ろにカードの内容を示すマークが入っているもの。

 圭くんの持つカードは丸わかりですしねえ」


 圭は反射的にトランプの裏を見た。それらしいマークは見つからないが……、それか、これは前に女子生徒……ジュリエットとロミオ(田村)でやったタッグポーカーと同じトランプ……または同系列……。


「……そんなことするわけないだろう。わたしの必勝になる。そんなゲームは提案できないだろう?」


「いいや、あなたは第四ゲームをしようと言いましたが、第四ゲームの内容はババ抜きだ、なんて一言も言わなかったでしょう? あくまでもババ抜きしようと言っただけ。つまり、今の君の中ではこれは第四ゲームのつもりではなかった。


 だが、勘違いした圭が敗北すれば、圭は勝手に点を奪われたと思う。そうやってうやむやな形で第四ゲームをしようとしていたんですよね? 随分と乱暴な策ですが、契約自体があいまいだったため、可能なのでしょう。実際、契約には点数や勝敗に関する文言は一つもなかった。


 おそらく、あなたにとってこれは最終手段だったのでしょうが……、残念でしたね。それは見抜かせてもらいます」


 亜壽香はまったく反論する様子がなかった。すなわち、本当にその作戦だったと……。

「あの投げやりな感じで言ってきたのも、自身は第四ゲームだと認識しないようにするため、俺には違和感なく流れに任せてゲームを受けさせるため……。契約をスキップしようとしたのも……、考える時間を与えないため」


 田村は亜壽香の手からトランプ二枚を奪い取り、机に広げた。実際に見られたのはジョーカー二枚の一組。


「あなたは圭くんを困惑、油断させ冷静さを奪い、その隙をつこうとしたのでしょう。ですが、圭くんが冷静さを失ってもわたしがいる。わたしがそれをさせません。

 これが……あなたと圭くんの大きな違いじゃ、ないんですか?」

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