第17話 怒り狂う真の王

 すべては契約通り、おかしな点は何一つとしてない。そう言い切った田村を前に、真の王の肩は大きく揺れ動いていた。


「田村零士……貴様……」

 次の行動は唐突だった。怒りに任せた感じで田村零士をつかみ壁に押し当てる。その一撃は加減が仕切れていなかったのだろう。受けた田村の表情から不敵な笑みが崩れゆがむ。


「貴様はゲームの部外者だ! 好き勝手に口をはさみやがって、このゲームはあくまで奴ら解放者とわたしの戦いなんだよ! お前たちはプレイヤーを二人だと決めたんだ、だったら、お前は黙って見てろよ!」


 相当な迫力で迫る真の王の手を慌てることなく掴む田村。

「プレイヤー以外はゲームに関わるな? それは、あなたが勝手に決めただけのことでしょう? わたしは契約の範疇で行動を起こしているにすぎませんよ。


 それに、第二ゲームであなたはおそらくわざと負けていたんでしょう? だったら、いいじゃないですか。わざと負けようが、実力で負けようが……負けであることに違いはありません」


「わざと負けたつもりはなかったんだがなあ! わたしが怒りを見せている理由は……、ルールを犯して助言しまくっていることなんだよ!」


「何度も言っているではないですか。別に助言はしていません。契約で禁止されている。わたしはその範囲内で行動しているだけ。問題なのは、ルールの穴を作り出してしまったあなた自身。


 自分には思いつかなかった行動をとられたから、それをルール違反だと叫ぶのは、エンゲームにおいてはおろかな行為にすぎません。コントラクトが認めたことならば、行動できたことならば、すべてはルール以内です」


 真の王はかなり冷静さを失ってきているらしい。田村はその煽りに大きな手ごたえを感じているらしく、さらに一段と笑みを強くする。


「にしても、仮面をつけただけで随分と態度が変わるものなんですね。仮面を外した泉さんは、わたしのことを田村先輩、と呼んでくれて、敬語も使ってくださっていたのに」


 その瞬間、真の王は無言で再度田村を壁に打ち付けた。田村の口から空気が漏れる音が聞こえてくる。


 なおも無言で仮面を突き付ける真の王に、田村は再度笑みを作り直す。

「……これはすみません。癇に障ること、言いすぎましたか? 分かりました、これ以上煽るのはやめておくとしましょう」


 真の王はまだしばらく田村を壁に押さえつけていたが、やがて黙ったままその手を離した。これは、真の王の暴力が田村を抑えたというべきか、田村の煽りが勝ったというべきか……。


 だが、真の王は標的を田村から別の人物に変えただけだった。一気に詰め寄る対象は森。その迫力に押され動けなかった森の胸ぐらを思いっきり掴みにかかる。


「大体、なんなんだよ。アリス! お前は田村零士に裏切られていたんだぞ? その状況でなぜ奴の提案するゲームを受け入れられる? なぜ、ともに協力して戦えるんだ!? おかしいだろ!?

 お前らは裏切り騙しあった敵同士だろうが!」


 真の王……なぜ、そこまでの怒りを見せる? ゲームが思い通りいかなくてイラついたから? 田村に煽られて冷静さを失ったから?


「圭! お前もそうだ! なぜこの状況で田村を信用する? なぜ、田村に行動を起こさせる? なぜ起用する?

 黙って騙しあって、お互いに足を引っ張りあうぐらい、しろよ!」


 なんなんだ、この変貌ぶりは……。訳が分からない……。


 真の王はこぶしを振り上げ始める。

「アリス……お前はなんで……解放者に!?」


「やめろ、亜壽香!!」

 真の王がこぶしを森に向けて振るい始めようとする姿に見ていられず、気が付けば構わず全身で言葉を叫んでいた。


 その声は届いたらしく、亜壽香のこぶしはそのまま止まる。

「やめろって? なにを? わたしに何をやめさせたい!?」


「亜壽香……」

 声を掛けつつ、真の王に近づく。


 その圭の前に立ちふさがるのは田村零士。不敵な笑みはなく、真剣な表情で首を横に振る。


「圭くん。ダメですよ。真の王につられて、君まで冷静さを失ってはいけません。目の前にいるのは、泉亜壽香さんではないんです。真の王です。君たち解放者が倒すべき、キングダムのリーダー」


 田村の言いたいことは分かる。真の王の冷静さを失わせることが田村の目的で、そこを圭に叩かせようとしている。でも……。

「田村先輩……すみません。黙っててもらえますか?」

 圭がここでにらみを利かせたのは田村に向けてだった。


 田村は圭の返しに対し、目を丸くする。それは田村が今まで見せたことない表情だった。だが、その後小さな笑みに移り変わる。

「いいでしょう。友を信じます」

 そういって、田村は真の王、亜壽香へと続く道をどけた。


「どうした小林圭? やっと仲間割れしてくれたのか?」

 亜壽香はアリスから手を放し立ち上がる。圭はそんな亜壽香へと一歩前に近づく。


「なぁ……亜壽香? 俺の知るお前は、そんな暴力をふるうやつじゃなかった。……確かに多少強引な性格だったとは思う。コントラクトの契約を結ばせたのもそうだし……」


 圭は自分のスマホを見る。そのスマホは黒とグレーのチェック模様が付いたカバーによって包まれている。


「このスマホカバーだって……半ば無理やりお前に買わされた……。明るくも、そういう強引な性格は合った。でも……、暴力を……ふるうやつでは絶対になかった。他人を支配するようなタイプの人じゃなかった」


「それは、小林圭、お前が泉亜壽香のすべてを見ようとしていなかっただけだろう?」

 これは亜壽香のセリフではなく真の王が言わしているセリフだ。そう自分に言い聞かせ首を思いっきり振りまくる。

「違う。お前はそんな奴じゃなかった。何がだ? ……何がお前をそうさせた!」


 すると亜壽香は少し息を吐きつつ、自分のスマホを手に取った。

「……コントラクトに決まっているだろう。コントラクトはすべてを壊す。人間の関係も、人間の考え方や思考も……簡単に変えていく。

 お前だって、既に幾度となく実感しているはずだ」


 それは……その通りだ……。コントラクトがなかったら、次郎とこうまで複雑な関係には陥らなかっただろう。こんな厄介な話になどなるはずがなかった……。

 コントラクトは……すべてを壊す。

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