第8話 田村の提案と圭のメリット
その日の夕方だった。家に帰り着替えも終え一段落したころ、圭のケータイに一通の電話が入った。
相手は田村零士。
圭は名前の表示を見てひと呼吸おいたあと、通話にできた。
「はい。小林です」
『どうも、田村です。さきほどはありがとうございました』
「……あぁ、いえ」
最初は明るいトーンだった。でも、本当についさっき会って話をしたばっかりだ。そして、後日改めて話をするという話になったはず……。
『で、さっそくですがその先ほどの話の続きです。わたしの提案を聞いていただけますか?』
「え? ……もうですか? それって、俺が先輩の手伝いを受けるメリットの話ですよね?」
『はい。もちろんです』
まさか、こんな早くに提案を出してくるとは思っていなかった……数日は……少なくとも明日以降だとばかり。
『実はあの続きは後日と言ったとき、既にわたしの提案はあったんです。ですが、ちょっと次郎くんがいる場所では出しづらいものでして』
だからこうしてそのあと直ぐに電話をしてきたと……。でも……次郎の前では離せない提案?
「……どういうことですか?」
『えぇ。それはですね……』
田村は電話の向こうでひと呼吸をおいたあと、次の提案を述べた。
『君は次郎くんを見捨てるおつもりですか?』
いや、提案じゃない……、事実上の脅しだった。それも、こちらにその意図をはっきり覚めるためか、一段と声のトーンを低くして告げた。
対して圭は返す言葉が直ぐに出てこなかった。
『君の友人である次郎くんはコントラクトによって支配される立場の側にあります。彼は今でも苦しんでいるはずですよ。でなければ演説の場には来ない。
そもそも、君は次郎くんが演説を聴きに行ったことを知っていたのですか?』
「そ……それは……」
まずい……これはまずいぞ……。
次郎は今、別に支配される側に立っている訳ではない。だが、この状況においてはそんな事実は関係ない。今のこの状況では、友人が苦しんでいるのを見捨てている薄情な奴という図式が成り立つだけ……。
『コントラクトが引き起こす実情を知らない君からすれば今ひとつ状況を掴みきれないのかもしれません。でも、だからといってそれで、見て見ぬふりをしていいのでしょうか?』
「で……でも……あいつからは……何も……」
『次郎くんは何もないから君に話さないのではありませんよ。君を巻き込みたくないから、話さないのですよ。今自分の起こっている惨劇を圭くんに広げないため、助けを求めにこないんです。
わたしが君に今回の話をしたとき、事実次郎くんは必死に止めようとしました。巻き込みたくないとはっきり言っていました。それが裏を返せばどういうことなのか、今次郎くんはどういう状況にあるのか……。
圭くん、君はそれが分からないようなほど鈍感な人ではないことを、わたしは知っています』
さっきの次郎の反応は半分演技のはずだ。
解放者である圭が田村と接触することでバレることを避けるため。なにより、田村に圭と次郎を仲良いただの友人であることを見せるため。
だが、今逆にそれを利用されようとしている……。
「……すみません……先輩のその話かただと……俺を脅しているように聞こえてるんですが? 先輩は……そういう人なんですか?」
ケータイを持っていない左拳を握り締めながら、問う。苦し紛れだ……。
『すみません。確かにそういう捉えられ方をされても仕方がありません。ですが、わたしは君に手を貸してもらうと同時に、わたしもまた、君に力を貸したいんです。改めて言います。わたしの提案は……』
圭は一度つばを飲み込んだ。
『友人である次郎くんを助けることができるチャンスです』
「……チャンス?」
『はい。今のままではおそらく圭くん、次郎くんを助けることはできないのではないですか? おそらく、圭くんは次郎くんに起きている実情を少しは理解できたと思います。
ですが、だからといって圭くんが次郎くんに助けてあげるといって、次郎くんが素直に受け止めてくれるでしょうか? おそらく、次郎くんの優しさがそれを拒否するでしょうね。君を巻き込みたくはないと。
なにより、今の君には次郎くんを助ける術はないでしょうしね』
『わたしは解放者の真実を知りたい。彼らが本当に次郎くんやわたしを解放に導いてくれる存在なのかを見極めたいのです。そして、本当に力あるものであれば、わたしは全力でサポートして彼らを助けたい。
もし、逆に彼らがわたしと次郎の解放にあたって邪魔な存在となるなら、倒してみせましょう。
君も、わたしに協力していただけませんか? 君が解放者に近づき、その目的を探り入れることは、次郎くんの解放にもつながることなんです。わたしだって、次郎くんを放ってはおけません。
一緒に……助けませんか?』
うまいな……。本当に脅しではなく、提案になっている……。なにより、道徳的に考えたら拒否できない提案だ……。
断るという選択肢は実質ないに等しい。
皮肉なのは……、田村が出してきた提案が、真実の面から見ればあまりに的外れで無意味であること。
次郎が支配されて困っていることはないし、お互い事情ははっきり理解しあっている。それに演説した奴らは既に偽者だと分かっている。
だが、それは真実であって、今の圭と田村の間ではそれはブラックボックスであり、提案してきた虚構の姿が事実となる。
もし、拒否すれば、圭はその虚構を田村に認めることとなる。
故に、圭が答えられる言葉はただ一つ……。
「分かりました……。先輩の提案に乗りましょう」
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