第2話 偽解放者の演説

『我々は解放者! 全てを救う者、解放する者である!』


 この言葉に対し一瞬ざわめきを取り戻したが、すぐ静かになった。通話の向こうでは、誰もが次の言葉を聞き求めているのだろう。


 マイクの演説はざわめきが落ち着いた頃に続く。

『コントラクト ルール 第一章 大原則』

 ここでひと呼吸おいてくる。この次に来る言葉は分かっている。広場にいる人の大半も知っているだろう。


『このアプリで結んだ契約は”絶対に”破ることができない』

 圭は知らずと心の中で演説に合わせて同じ言葉を唱えていた。


『おそらく今、この演説を聴いているものは、このルールに踊らされ、悲しみや絶望を味わってきたのだろう。そして、誰もが諦め泣く泣く屈服しているのではなかろうか。

 そう、”絶対に”破れないのだから』


 と、さらにひと呼吸。だが次の言葉は一段と強いものだった。

『しかし、否だ! 絶対に破れない契約は、破ることが出来る! 覆すことができるのだ! その力を、我々は持っている!』


――お前らではなく俺だ――

 圭は心で呟きつつ聴き続ける。


『先日のこと。コントラクトによって作られた支配グループの一つ、ネイティブが壊滅に至ったことは、一定数知っていることだろう。その壊滅が、支配からの解放が、噂となり、解放者なる存在を生み出した。


 所詮、噂は噂だと鼻で笑うものもいるかもしれない。自分には縁がないことだと、遠目で見ているものもいるかもしれない。


 だが、実際にネイティブを倒し、グループの解放に導いたものは実在する! それこそが我々だ! 解放されたという事実こそが、我々の力の証明となるのは明白。

 我々はコントラクトの支配からすべてを解放することができる力を持っているのだ!


 そして、その力を持つ我々は、解放者という噂をもとに、解放者と名乗ることにした!』


 ……なんというか……それっぽくやっている感じがするが、演説としては下手な感じがする。


 結局のところ、何が言いたいのか、何が目的なのか、よく分からない。ただ単に、存在をアピールしているだけだ……。いや、本当にこの演説はアピールすることだけが目的か……。


 存在を知らしめて、認めさせる空気を作る。……解放者に指示を向ける。


『我々、解放者の目的はただ一つ。コントラクトによる支配を完全になくすこと。この学校に作り上げられた支配形態のグループを全て壊滅させることにある。


 今現在、支配されている人たちよ。希望を持て! 支配形態は終わる。我々が終わらせる。

 立ち上がれ、とは言わない。だが、希望を持て! 君たちは助かる。我々が必ず助ける。

 もう、絶望する必要はない。我々解放者がいるということを、君たちの味方が存在するという事実を胸に、希望を持て!』


 ……希望を持て……か。


『そして、おそらくこの場には支配する側となる人物も紛れ込んでいることだろう。そして、その人物は我々を嘲笑い、周りにいる支配される側のみんなを蔑んでいることだろう。


 そのような人物に我々は問う。そのような事をして何になる? そのようなことをして胸は痛まないのか?

 そのような人物に我々は宣戦布告をする。支配する側の人たちは皆、我々が倒す!


 人を虐げるような存在は壊滅されるのが必然の道。否、壊滅するのが必然の道ということだ。


 もし、我々に意見があるというのならば、遠慮なくかかってこい。支配者たちよ、我々の存在が気に食わないならかかってくるがいい!!

 我々は必ず、返り討ちすると宣言する!』


 敵対勢力のあぶり出し……か。


『最後に……もう一度、ここにいる皆に告げる。希望を持て! 我々解放者が、皆の希望となる!』


 どうやらここで演説が終わったらしい。しばらく静けさが訪れたあと、誰かしらが拍手を始め、まばらに拍手が出てくる。

 だが、最終的にはかなり大きい拍手が出来上がっていた……。


 この演説を聴く限り、仲間を集うという目的はなさそうに思えた。自分が活動しやすい環境を作り上げたといった感じだろうか……。

 だが、この拍手を通話越しに聴く限り、なにかしら支配される側の人たちの心を動かしてはいるみたいだ。


『あれ? 田村先輩? どこに行くんです?』

 うん? 次郎の声だ。


 しばらく足音が聞こえる。田村を次郎が追いかけているらしい。

『ちなみに次郎くん……君はあの演説を聴いて、何かを感じましたか?』

『え?』


 田村が唐突に次郎へ声をかけてきだした。


『どうって……。正直な話を言うなら……くさい? 目立ちたがり屋って感じがしました。いや……もちろん。支配される側として響いた部分もありますけど……、結局彼らは何をするのか……ってのがよく分かりませんよね』


『わたしもそう感じました。具体案にかけるとでも言うのでしょうかね。でもまぁ……彼らをどう思うのかは、文字通り自由です。次郎くん、君もまたいずれ解放されることを祈っていますよ』


 その言葉きり、田村の声は消えていった。

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