第3章 作戦準備

第1話 あの男再び

 具体的に仮の王をどうやって、交渉の場に引きずり出すか、その策を考えていた。


 その一端として、今ひとり、フライハイトにてなにか手がかりがないか探しているところ。


 どうやるにしても、ひとまず仮の王の情報をできる限り手に入れるというのは最低限必要なことだった。なにしろ、圭は奴の名前はもちろん、やつが本当に三年生なのか、そして何組にいるのかどうかも分かっていない。


 ここフライハイトで奴の姿でも確認することができたら、後をつけてみるつもりだ。



 そんな感じでいつもどおり、読書にふけっている生徒のフリをしていた。


「こんにちは、小林くん。元気にしてました?」


 不意に声をかけられ一瞬戸惑ったが、その声の主を察したあと、ゆっくりと視線をそちらの方に向けた。


「これは……えっと、田村先輩……こんにちは」


 その男子生徒は田村零士。前に、卵サンドを分けてもらった人だ。むろん、それ以外にもいろいろあった奴ではあるが。


 圭は無視するのもどうかと思い、本を閉じると田村の方に体を向けた。

「あれから……一週間ほどでしたか……。その節はどうもありがとうございました」


「友人の方にもパン、渡せましたか?」

「ええ。おかげさまで」

「それは良かったです」


 そう言うと田村は圭がいるテーブルのちょうど向かい側に腰を下ろしてきた。その動作に懸念を覚えつつ、質問してみる。


「なにか僕に用でもあるんですか?」

「別に用はないですよ。ただの暇つぶしってところでしょうか?」

「……そうですか」


 暇つぶしなら他所でして欲しいものだ。こっちは別に一応、暇でここにいるわけではない。近くに人が、しかも知り合いなどいたら、やりにくいにも程がある。


「まあ、君も随分と暇みたいですねえ?」

「……そう思いますか?」


 すると、田村は前に見せていた不敵な笑みを浮かべてきた。


「えぇ……、だってずっと一人で、窓から校舎や中庭を眺めていましたからね。しかも本当にあちこちに視線を泳がせて。よっぽど暇だったんでしょう」


 圭は田村の言葉に手に持つ本へと視線を少し落とした。

「……本を読んでいたんですけど?」


 一応、さっき田村が言ったように中庭や校舎ばかり眺めていたら不自然になるため、基本視線は本で、休憩がてらに外を見るといった感じを装っていたつもりだったが……。


「本当にそうですか? 君の意識、本当に本に向いていたんですか?」


 だが、田村はぐっとこちらに視線を寄せてきた。まるで心の奥まで見透かされているような感覚に陥ってしまう。こいつの観察眼は本物だ。下手にシラを切り続けるのは却って怪しまれるかも。


「……まあ、そう言われたら……そうなのかもしれないですね。まあ、確かに暇ちゃあ、暇でしたね」


 だからこそ、総答えたのだが、そこで田村は少し驚いたような表情を見せた。


「あれ? 本当にそうだったんですね」


「……ん?」

 想定外の返しに言葉が詰まる。


「いや、最初話しかけた時、君は本を閉じてこっちに体を向けてくれましたよね? でも、会話をし始めたら、君の視線がわたしではなく、チラチラと窓にむけられていたのでどうしたのかな、と思っていたんです。


 最初はわたしのことが嫌いだからそんな仕草をだしているのかと思ったのですが、本を読んでいた時から外に意識が向けられていたのだとしたら、それが原因ではないと分かりました」


 ……。


「で、外になにかあるんですか? 本に集中できなかったぐらい、気になることが外にあったんですか?」


 一層片方の口角をつるし上げてくる田村零士。


 相変わらず、無駄に高い観察眼……いや、今回ばかりは、それにプラス圭が本に集中していなかったという事実を、会話から得てきやがった。まったく、一緒にいてコイツほど、寒気が走る人は他にいない。


「……先輩、失礼だと思いますが、先にこっちが一つ聞いていいですか?」

「うん? なんですか?」

「先輩、友達っています?」


 本当に失礼な質問をしたと思う。自分でも言ってからやっぱりまずかったかな、と思いはしたが、田村はゆっくりと右手を圭に向けてきた。


「少なくとも目の前にひとりいますね」

「……随分と友達は多そうで」

「ありがとうございます」


 失礼な質問にプラス皮肉まで並べたが、田村は嫌な顔をすることはなかった。代わりに不敵な笑みを浮かべ続けている。


「で、わたしの質問には?」


 ……どうやら、話をはぐらかすこともできないらしい。本当にこの人は友達がいるのかどうか、怪しいものだ。まあ、それに関しても圭も似たような境遇にいるのかもしれないな。


 圭はそんなことを思いつつ、再度中庭を見た。そして複数のグループがそこに屯しているのを確認する。


「暇で本を読んでいたんですけど、あまり気が乗らなくて。それでいて結構外からの声が聞こえてきたんでそっちに気が取られていたんですよ。先輩と会話していた時も、その惰性が残っていたみたいですね」


 そう言って最後、辺りに例の仮の王の姿が確認できないことを確かめ、意識を完全に田村へと向けた。

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