第94話 スズネの願い
「オロチが松姫をずっと好きなのは分かってるんだ。
松姫がナナコっていう神獣使いに生まれ変わったのも、荒天丸に聞いたよ。
だけどあたしはオロチのそばに居たいから転生したんだ」
オロチはじっと聞いていた。
「スズネがそんなことを考えていたなんて。俺にはもったいないぐらいだ」
真剣な白虎の気持ちにいい加減なことは言えない。
そう答えるしかなかった。
「あたしのお願いはそれだけ」
白猫の鈴音が転生した白虎の声は臆するように震えていた。怯えた顔をオロチに向ける。
「オロチのお嫁さんに今すぐしてなんて言わないから、そばに……居てもいい? オロチの横にいたい」
オロチに拒まれるかもしれないと思い白虎は悲しかった。怖かったけれど勇気を出して言葉にした。
白虎は潤んだ瞳でオロチを見上げた。
「白虎が俺のそばにいたいなら、いればいい」
オロチはかつて可愛がっていた白ネコのスズネの面影を、白虎に確かに感じていた。
百数年もの過ぎた日々を心で見ていた。
「スズネ。一緒に銀翔とナナコの所に来てくれるか?」
「もちろんっ。オロチの横にいられるなら。オロチが望むならあたしの力を貸すわ」
「ありがとう。ある程度は荒天丸から聞いているかと思うが、ぬらりひょんが人間界を支配しようとしているに違いない」
白虎はオロチに必要とされていることに、心を震わせていた。
白虎は白ネコのスズネであった時から、いつかオロチと話をしたり、オロチの役に立ちたかった。
「白虎は代々心を許す相手の言うことしか聞かないと、俺は知っていていたから。オロチ、お前を里に連れてきて正解だったな」
荒天丸はいくつ目かの和菓子を口に放り込んで、和菓子の美味さと甘さに目尻を下げて顔をほころばせた。
「俺は命令する気はないね。白虎が嫌だと言えば無理強いはしない」
「ううん、あたしは行くよ。ぬらりひょんを倒しに行こう」
ハハハッと荒天丸は陽気に笑っていた。
「天狗の里の山奥に白虎が生まれたのも何かの縁だ。平和になったら白虎はオロチとうちの里に来い。家を一軒プレゼントしてやる」
天狗の荒天丸のこの発言に白虎は大喜びしたが、オロチは困ったような苦笑いをしている。
「オロチ。俺はナナコから無理矢理に白虎に気持ちを動かせとは、思わないし言わねえが。
ただここまで純粋に強くお前のことを思ってくれる白虎を
荒天丸はオロチの背中を軽く叩いて、部屋を退室した。
オロチは白虎の自分に甘える素振りにたじたじだったが、あの白ネコのスズネの生まれ変わりだと思うと、不思議と親しみが湧いてきたのだった。
四神獣の白虎は妖怪オロチの肩に頭を預けていつの間にか眠りに落ちていた。
前世から大好きだったオロチに会えて、心から嬉しかったに違いない。
白虎は、はしゃぎ過ぎて疲れたのだろう。
ホッとした顔でなんの疑いもなく心を許す白虎の可愛らしさに、さすがの大蛇妖怪オロチも
夜の鮮やかな月明かりなかで、オロチは白虎を連れて、空中を天狗たちの運ぶ籠の中にいた。
「ナナコもお前があの白ネコのスズネだと知ったら、びっくりするだろうなあ」
オロチのその言葉にうんと頷きながらも、白虎の顔は浮かない。
白虎のそんな顔をオロチは気づいたが、なぜそんな顔をするのかまでは、分かっていなかった。
「松姫はナナコになっても、おきつね銀翔が好きでしょう?」
「そうだな」
「オロチはそれでもナナコが好きなの?」
オロチは苦々しい顔をした。
「俺は今は銀翔と二人でいる幸せそうなナナコが好きだ。その幸せを守ってやりたい」
オロチは自分のこんな気持ちを、ナナコへの想いを誰にも語ったことなんてなかった。
好きだなんて。
恥ずかしいことを、話してしまえる気軽さを白虎には持っていた。
「オロチはね、とっても優しいね」
白虎は白ネコのままであるように、オロチに甘えていた。
天狗の荒天丸は行きと同じように飛行船に見える幻術を施して、飛行船に寄り添いながら己の翼で力強く翔んでいる。
ビュンッと
妖気で作られた弓矢が、オロチの頭上で籠を運ぶ天狗の肩を撃ち抜いた。
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