一人きりで寂しい人生だが、生きてはいける

ライオンが、自分の子を食べたというニュースがあった。生まれて間もなく三匹の子を、母ライオンが食したのだという。理由は定かではないが、子に障害があり、通常では得られる反応がなかったために母ライオンが勘違いをし、食べてしまったのではないかと言われている。

昔の産婆は、生まれた子に障害があるときづくとその時点で絞め殺し、死産として報告していたという。

私の友人の知的障害がある綿雪は自分が嫌いだといつも話す。

未熟だと思う、あまりにも未熟。

障害があるからという事を理由に生きていくことを許さないあるいは自死するのは、自然界のことわりなのか、それは動物的であり、人間的ではない。

人間は動物にはない遥かに優った知性を持つ。それから情緒と感情、愛情を持っている。障害によってそれは抹殺されてしまうことはない。

マザーテレサは、死にかけた人々の世話をした。インドの貧民街に自分でおもむき、生涯人々の世話をして死んでいった。彼女のしたことは意味が無いことだったのだろうか?

マザーテレサは、クリスチャンだが、彼女の晩年の手記をみるかぎり、彼女は神を信じていなかったという噂がある。あまりにも厳しい現実によってマザーテレサは神が信じられないようになったのだろうか?

神は、実際何も助けてくれることはない。

ただ太陽は毎日のぼり、星は毎日輝く。草木は育ち雨は降り私たちは食事して生きている。神のやってくれることといえば太陽を登らせることくらいだろ。傷ついた人々に優しい奇跡を起こしてくれることはない。決してない。イエスキリストは奇跡を起こしたらしいけど今はもういない、死んだのだ。本当にいたかの真偽もわからない。

ただ、人間の中でマザーテレサみたいな人はたしかにいる。弱い人々に救いの手を差し伸べる人々はいる。愛情豊かな人がいる。

人々の中に神は宿るのだろうか。

日本には福祉の制度がある。福祉に携わる人がいる。給料をもらいながら、障害のある人を世話する人がいる。病院がある。精神的にラクになるクスリを処方してもらえる。

人は誰しも歳をとってなんらかの障害を抱えるようになって死んでいく。

障害があっても豊かな人生を歩んでいくことは可能でしょうか?私は可能だと思う。

お笑いの、ケンドーコバヤシが笑い話で言っていた。友達がいない人生は本当につまらなく寂しいものだとオヤジがいっていた、カメをひっくり返して、このカメもひとりやとこのまましんでしまうんだと。するとカメは野生すぎて自分で首をのばしてブリッジして元にもどった。野生すぎて。自分一人でいきていけるんだ、カメは。私たちも一人でいきていける。色々な制度をつかいながら、助けを借りながら、一人でいきていけるんだ、と思う。友達がいなくても大丈夫。野生のカメと同じ。親がいなくても大丈夫。恋人がいなくても大丈夫。一人でいきていけるんだ。それはたしかに寂しい人生だが、生きてはいける。毎日食べて寝てしていれば命はつなげる。

たしか、うさぎは寂しすぎるとしんでしまうんだと。

うさぎになっちゃいけない。カメになろう。

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