第4話

 少年の着ていた服は、どれだけ長らく洗わずに着られていたのか分からないが、洗濯した水は真っ黒で、布自体は最早原型を留めていないくらいに細切れになってしまった。

 いつまでも病衣でいるわけにもいかず、白衣の男の服を借りることになったのだが、如何せん丈が違いすぎてまともに着れたものではなかった。それよりも少女がぶかぶかで着れない服の方がまだサイズが合った。勿論あの着物とかいう服は動きにくくてしょうがないので、作務衣という作業用の服を借りることになった。

 晩飯はパンというパサパサしているが不思議な甘みがある食べ物と、内臓にある腸という部位に肉を詰め込んだ物、話だけ聞いたときはまた吐き気を催したが、それを上回る美味さに我を忘れた。それとトウモロコシという野菜を使った飲み物に、前の飯でも食べたサラダとかいう物が出た。

 またも腹がはち切れんばかりに食べ終わると、着物の少女はバンっと机を叩き、少年の眼前に詰め寄る。

「さぁ、話してもらうぞ!お主があの寺で見てきたものが何なのかを!」

 寺、と言うのはあの仮面達が住む中でも違和感のある建物のことだろう。しかし少年には何も言える事は無かった。

「俺は……結局何も見つける事が出来なかった。兄貴が作ってくれた地図の通りに隠れ進んだだけで、結局あの建物の前であの変な奴らに見つかっちまった。」

 少年はうつむき加減にそう言うと、押し黙ってしまった。

「地図というのは、もしかしてこれの事かな?」

 医者が指先で摘み、ひらひらとはためかせている。まさにそれが先ほど言った地図だった。少年はそれを見るや否や、白衣の男から引っ手繰るようにして地図を奪う。少年にとってその地図は自分と兄貴を繋ぐ、最後の1枚だった。

「何、別に奪ったり破いたりはせん。良ければそいつを見しては貰えんかのう。」

 着物の少女は微笑を浮かべ、優しい口調で少年に語りかける。少年は渋々と言った表情で、おずおずと着物の少女に地図を差し出す。

 その地図を開くと、着物の少女は感嘆の声を上げる。

「これは……良く出来とるのう、これを作った人間は余程の技術と時間をかけたに違いない。そしてこのルートで忍び込んだお主もトンデモ人間じゃな!」

 そう言ってケタケタと笑い出す着物の少女。褒められてるのか貶されているのかイマイチ判断が付かない言い方に釈然としない少年だったが、兄貴が褒められている事には素直に嬉しかった。

「して、これを作った奴とはまだ接触は可能かのう?もし良ければ一緒に作戦を立てたいくらいじゃ。」

 少年はビクッして、肩を強張らせる。

「兄貴は……もういない……俺が出発する寸前に仮面の奴らに捕まって、射殺された。俺はそれを見ている事しか出来なかった……それも俺を逃がすためにわざと捕まって。

 俺は寸での所で排気ダクトに身を隠したが、兄貴は仮面の奴らにわざと殴りかかって、それで……馬鹿だよな。兄貴は頭は頗る良かったが、腕っ節はからっきりでさ、あっと言う間に捕まって頭を一発だ。」

 少年は肩を震わせ、堰を切ったように話し出した。それを聞いた着物の少女と白衣の男は、同じように俯いてしまった。着物の少女は、今までの軽快な語りとは打って変わって、重たい口調で少年を慰める。

「それはすまんかった。お主に嫌な思い出を掘り起こさせてしまいったの。」

 少年にも着物の少女の思いは多少なりとも伝わっており、十分な慰めになった。兄貴のやった事を他の人が評価してくれて、尚且つそれを悲しんでくれる人が他にも居る事が、何よりも嬉しかった。

「いや、いい、兄貴の意思は死んでも残ってる。俺は死んでも兄貴の残した言葉を確かめるだけだ。」

 少年の目は伏せ気味ながらも、奥に闘志を燃やしていた。

「その兄貴の残した言葉とは何じゃ?」

 着物の少女は明らかに興味津々と言った面持ちで、少年の言葉を促す。

「兄貴は言ったんだ、今回のヤマはこの街どころか、世界がひっくり返るようなヤマだって。兄貴はそれが何なのかはお前が奪ってきてからのお楽しみだ、と言ったまま、結局死んじまったんだけどな。

 俺は兄貴の残した地図を頼りに、兄貴の残した想いを遂げるためにそいつを盗みに行ったってわけだ。」

 頭の中で順繰りに整理し、少年は思い出しながら話を続ける

「その盗み出すってのは、仁王とか言うでかい像の目の中にあるらしい。仮面達の街にあるようなよく分からねぇ像とは違って、人間の形をした、やたら強面な像だって話だ。

 その目ん玉には兄貴曰く、貴重な情報が保存されてて、そいつを解析すればとんでもない情報が入ってるとか言ってた。」

 ここまで頷きながらも黙って聞いていた着物の少女は、少年に対して疑問をぶつける。

「その兄貴とやらは、そんな情報どこから仕入れたんじゃ?」

 少年は頭を振りかぶって答える。

「さぁ……兄貴は元の情報が不確かなものだからって、寝る間も惜しんで遅くまで調べ物をしてたよ。なんかヤバい橋を渡ってるってのは薄々感じてたけど、その情報に行き着くまでに仮面達に気付かれちまったんだろうな。」

 また憂鬱な気持ちがぶり返してしまった少年は、片手で目を覆う仕草をする。当時の少年は、まさか兄貴が死ぬなんて想像もしていなかったのだから。

「そしてお主は、その情報を元に作られた地図で、あやつらの街へ侵入した、と。おおよそ人間が通るようなルートではないが、そこはお主の身体能力の成せる技だったと言う訳じゃな。お互い良い相棒を持っておって、羨ましい限りじゃ。それに比べてこいつのボンクラ具合と言ったら。」

 そう言って着物の少女は白衣の男に視線を送ると、白衣の男は聞こえなかったふりをして、コップに口をつけている。

「まあ良い、そこでわしからの提案なんじゃが、実はわしも同じ情報を仕入れておっての、そこのボンクラじゃ到底あやつらの街に忍び込むことなど叶わん。お主、わしと手を組まんか?」

 少年は驚く。この小さい女が兄貴と同じ情報を追っていること、そして自分にまた盗みを働くチャンスが巡ってきたかも知れない事に。少年にとってこれは、兄貴の意思を汲み取る絶好の機会なのでは、と。

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