第74話 家の中に
具体的な方法などは全く考えていないが、ただ、その女の子がいるであろう場所に全員で赴き、『今後一切関わってくれるな』と宣言して帰りたい、と。
香川さんは一も二もなく承諾してくれ、今日、こうやって来てくれた、というわけだ。
「とりあえず、二階に行って見ましょうか」
香川さんの号令の下、俺と田部は頷いて車から離れた。
三人で一緒に、ぎぃぎぃと軋み音のすごい門扉を通り、毛羽立つ玄関扉に近づいた。鍵はまだ田部が持っていて、俺達より半歩前に進み出て鍵穴に鍵を差し込む。
「大丈夫ですか?」
隣りに立つ香川さんに尋ねた。
香川さんは少し硬い顔で俺を見上げたものの、すぐにいつもの笑みを浮かべて頷いてくれる。一瞬手をつなごうかと思ったが、田部がいるので止める事にする。代わりに、香川さんの頭をぽすぽすと撫でると、香川さんは首まで真っ赤にして俯いてしまった。
「入りますよ」
ごほり、と田部が咳払いして俺を一瞥する。別にいちゃついたわけではないが、と説明しようとしたものの、田部はさっさと扉を開いた。
途端に。
濃密な化学香料の香りが粘膜を刺激した。
何回か空咳をし、目を細めたのは俺だけじゃない。香川さんは小さくくしゃみをし、田部は顔を背けた。
「扉を一度、大きく開けよう」
締め切っているせいで屋内に匂いが籠ってしまっているのだ。俺は可動域限界まで扉を開き、香川さんと共に玄関に入る。
続いたのは、田部だ。
ちらりとみやると、玄関扉を締める気はないらしい。
俺は視線を前に向ける。
屋内は。
想像していた通りとはいえ、闇だ。
午前中のまだ日が高い時間帯とはいえ、雨戸やカーテンを閉めていると屋内はこんなに闇が凝るのか、と怖気るほど暗い。
そして予想外だと感じたのは、顔といわず体中にまとわりつく熱気だ。
「暑いですね……」
香川さんが呟く。匂いも酷いが、七月という時期と、換気を長い間しなったという条件が重なっているからだろう。湿気と化学香料の匂いと、そして熱気に辟易して俺は顔をしかめた。
「廊下の電気をつけますね」
田部は靴を脱いで上がりかまちに足を乗せると、壁にはめ込まれた片切りスイッチに指を這わせる。
数回の明滅の後、廊下の照明がついた。
俺と香川さんは幾分安堵し、靴を脱いで廊下に上がる。
同時に。
『ゆーきのひには、おそとであそぼ。南天つかって、ゆきうさぎ』
唐突に、その音楽は始まった。
俺達は肩を震わせて互いに顔を見つめる。
そんな中を、曲は流れる。
『はーれたひには、おそとであそぼ。雲をかぞえて、けんけんぱ』
「二階、からですね」
香川さんが左手で俺の右手を掴む。俺が頷いた時だ。
からん、からん、からん、からん。
軽い物が転がり落ちる音に、反射的に顔を階段に向けた。
「グレイ……」
香川さんが呟き、俺の手を強く握る。
そんな俺達の前に、アニマルファミリーの猫の人形が階段を転がり落ちてきた。
玄関までころころと転がり、俺達のすぐ近くで回転を止めた猫の人形を、俺達はただ黙って眺めている。人形自身も、ペイントされた瞳で俺たちを見ていた。
「俺は二階に行って、はっきりさせてくる。田部、どうする。香川さんとここに残っているか?」
しばらく人形を眺め、三人でただただ童謡の曲を聴いていたが、意を決して田部に尋ねる。田部はすぐに首を横に振った。
「二階に行きます」
「私もです」
何故か香川さんまで意気込んでそう言う。俺は二人の気迫に満ちた瞳に苦笑し、「じゃあ、家族で二階に行きますか」と提案した。
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