第9話名前を知る方法と目撃証言
山野さんの下の名前は何だろうか?
気が付けば、名前すらも知らなかった俺は気になって、気になって仕方がない。
一見郵便受けに名前が書いてあるとお思いだろう。
しかしながら、女性の一人暮らしの場合、ストーカー等を恐れ、下の名前を書かないことが多々あるどころか、名字すら書かないケースが多い。
山野さんは名字こそ書いてあるが、名前は書いていないケースである。
「ただいま」
激辛鍋を食したことで服がしっとりとしてしまったので、着替えに戻った山野さんがシャツを変えて戻ってきた。
下の名前を聞いてみよう。
って、待て。今更過ぎるだろ、今更『下の名前って何ですか?』とか聞くとか失礼過ぎないだろうか?
「どうしたの? 考えこんじゃって」
「ちょっと考え事をしてました」
「悩みがあったら言って良いよ?」
そうは言われても、今更、山野さんに下の名前を聞いてみろ。
『え、今まで知らなかったの?』とどん引かれてしまうかも知れない。
という訳で、なんとしてでも山野さんに知られずに下の名前を知らなくては駄目だ。
「いえ、自分で解決するので平気です」
「了解。にしても、暇だよね。部活も無ければ、バイトも出来ない。友達と遊びに行く以外にはこれと言ってしないとって言うことが無いと」
「本当にそうですよ。山野さんは部屋ではいつも何をしてるんですか?」
「パソコンで動画見たり、本を読んだりかな。パソコンで動画を見るのに慣れちゃったせいか、スマホだと物足りないんだよね。だから、壊れちゃったけどパソコンが欲しいなと」
「女子高生はなんでもスマホで済まそうとするんじゃないんですか?」
「友達とかにパソコンで動画見るとか言うと、え? それ面倒くさいでしょって言われる。でもね、動画と並行して調べ物も出来るし悪くないと思うんだけどなあ……」
自分が少数派である事を理解しており、寂しげだ。
パソコンは一度使うのに慣れれば、画面の大きさだったり、出来る事の多さだったりで便利。
しかしそれでも、スマホの手軽さには勝てないのだ。
特に女子高生の間ではそれが顕著だと聞く。
「一度、パソコンの便利さを知るとそれから抜け出せなくなりますよね……。俺も、パソコンで動画を流しながら、スマホを弄るとか、他の事しますし」
「パソコンの便利さにみんな気が付かないんだろうか不思議だよ」
それから、俺と山野さんは各々のしたいことをして時間を潰していく。
俺はスマホでゲーム。山野さんは部屋からファッション誌を持ってきて読んでいる。
たまに、あ、そう言えば、と口を開いては適度に会話し、満足したらまた黙る。
それの繰り返しだ。
常に話続けているのではなく、話したいと思ったら話すというのが心地が良い。
ゆったりとした時間はあっという間に過ぎて行き。
気が付けば、外の暑さも和らぎ始め、街並みは日が沈み暗さを帯びてきている。
「ふー。過ごしてみて分かったけど、本当に間宮君と気が合う」
「俺もですよ。今日、一緒に長い時間過ごしましたけど、山野さんと一緒に過ごしていて苦しいなんて思いませんでした」
「これから冷房代を節約するために長い時間を一緒に過ごせそうで何よりだよ」
なんだかんだで、試してみれば『あ、この人と一緒に過ごすの無理』と言うのを恐れていたが、その心配は無用だと分かった。
「じゃあ、これからよろしくお願いします」
「うん、よろしくだよ。間宮君。暑さも和らいで来たしそろそろ帰るね」
山野さんはよいしょっと腰を上げて俺の部屋から去って行くのであった。
去られた後の部屋。
俺は山野さんが座っていたクッションの位置を動かそうと手に取る。
「暖かい……」
クッションにぬくもりが残って居る。
女の子のお尻の下に敷かれていたと思うと、気持ちが高ぶった。
「気持ち悪い顔してるな」
山野さんと一緒に過ごしたというのを実感した俺の顔は相当に気持ち悪い。
こんな顔を見せては駄目だと思い、気を引き締めるのだ。
とか言いながら、クッションをちょっと抱きしめるとか、見られたら引かれてしまいそうな行動をとってしまうのであった。
「っく。俺はなんてことをしてる。こんなんじゃ、変態だろ」
していたことをに嫌悪感を覚えながら、夕食は久々に適当に済ませるのであった。
一人だと、やはり自炊は長続きさせるほどのモチベーションは保てないのだ。
そして、次の日。
俺が通う高校は自称進学校。
積極的に土曜日の授業を復活させた学校の一つだ。
要するに昨日は日曜日で今日は月曜日。普通に学校に通わなくてはいけない。
「山野さんの名前を知る方法……」
学校までの歩き道。
ちょっとした空き時間なので、悩み事に時間を費やす。
「あ、そういえば」
名前を合法的に知ることのできる機会がある事に気が付く。
そう、うちの高校は自称進学校だ。意識が高く、成績上位者を学校の掲示板で張り出している。
期末試験が近く、結果が出れば成績上位者の名前が掲示板で張り出される。
つまり、山野さんは成績上位者に入ってるだろうし、そこで下の名前を知ることができるという訳だ。
「よし、これで良い」
無事に悩みの解決の糸口を見出した俺は軽やかな足取りで今日も学校での生活を送ろうと歩く。
そして、学校に着くと相も変わらずクラスメイトで友達な幸喜(こうき)に挨拶をした。
「おはよう」
「おう。今日は上機嫌そうだが、なんかあったのか?」
「そうか? 普通だと思うが……」
口ではそう言ってはいるが、山野さんの下の名前を知れるというのにちょっとわくわく感を覚えているからこそ、上機嫌に見えたのだろう。
「ま、普通なら良いんだがよ。そう言えば、期末試験が終わった後、どこに遊びに行くんだか決めようぜ」
そう、期末試験が終わった後は羽を休めとして皆が皆、遊びに繰り出すことが多い。特にこの時期では、試験が終わった後、皆でどこに遊びに行こうかと相談する季節でもあるのだ。
幸喜と俺が話し始めると、他の奴らも集まってきて、試験前だというのに気楽なことでどこに行こうかと相談する。
「どこでも良いんじゃないか? ま、カラオケとかボウリングとかそこら辺だろ」
とある奴が言う。
「だな。てか、女の子と遊びてえー」
とある奴が続いて言った。
「おい、誰か。女の子を誘えるような奴はいねえのかよ」
女の子と遊びたいお年頃な高校生男子。
しかし、遊びに誘えるような女の子は居ない。
「はあ……。モテてえな……」
「だな……」
季節は夏前。
彼女が欲しくなる季節だ。
なにせ、夏と言えばイベントが盛りだくさん。夏祭りに花火大会、海、山、川、となんでもある。
彼女が居れば、そう言ったイベントを楽しく過ごせるのは言わなくても分かるはずだ。
モテない男諸君である俺達は、どこへ遊びに行く相談から、どうにか彼女が出来ないかと話題が変わってしまう。
そんな時だった。
「そう言えば、みっちゃんが、哲(てつ)が女の人と歩いてるのを目撃したって言ってたのを思い出したんだが?」
友達である幸喜が間宮 哲郎、あだ名は哲(てつ)な俺へある意味、熱い視線を送ってきた。
ちなみに、みっちゃんとはこのクラスに居るとある女生徒のあだ名だ。
クラスを引っ張ってくれ、クラスメイトの大半からみっちゃんと呼び親しまれている学級委員だ。
「な、何のことだ?」
一気に妬ましそうな目を向けられた俺は言い淀む。
ヤバイなあ……。こいつらに山野さんとの関係を知られたくない。
俺の家に山野さんとあわよくばとか思って、訪れてきそうだし。
「洗いざらい吐け」
「取り押さえろ」
「お前ら、裏切り者を逃がすな」
呆気なく、俺は幸喜含めた友達たちに囲まれた。
……これは、話さざるを得ない流れとしか言いようがないかもしれない。
この学校に通う山野さんと言う女子生徒とお隣さんでなんだかんだで仲良くしているという事を。
そして、みっちゃん。貴様だけは許さん。
「話さないからな?」
それからも、俺は山野さんとの関係を何とか野郎どもから隠し通す。
ほら、変に勘違いされたら、山野さんが可哀そうだし。
気が付けば野郎どもから解放され、一限が体育という事もあり、皆が皆、移動を始めている時だ。
クラスを引っ張ってくれている学級委員のみっちゃんが話しかけてきた。
「おはようさん。哲君。朝は災難だったでしょ?」
「みっちゃんが幸喜に告げ口したのが原因だろうが」
「えー、だって、哲君が女の子と買い物袋を手に提げて歩いているのがいけないんですよーだ。そんなの見たら、誰かに話したくなるに決まってるじゃん。で、あの横に居た女の人は誰なのか吐いて貰おうではないか。気になって夜しか寝れなくなっちゃった責任をとるべきじゃないですかねえ」
「夜、寝れれば十分だろうが。変に誤解されたらたまったもんじゃない。横に居た女の人に関してはノーコメントで」
「まあ、家はご近所。どうせまた、哲君が女の子といっしょに歩いてるのを目撃するだろうし、その時は話しかけてどういう関係か聞くから良いですよ~だ。じゃ、一限に遅れないようにね~」
クラスの中で俺が女の人と歩いていたと言う噂は広まってしまう。
本当に変に勘違いされないことを祈るばかりだ。
もし、勘違いが進むようなら、しっかりと話しておかないとダメかもなとか思いながら、俺も一限の体育に向けて準備を進めるのであった。
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