第30話 光を、もう一度

久しぶりに見るレノは、きちんと髪色は銀に戻ってたけどすごい痩せてて、服の隙間から覗く肌には黒い魔紋がびっしりと刻まれていた。体型もだけど、見ていられない。


まさかすぐにレノを連れて帰ってくるとは思わなかった。だって、レノは魔王城のはずだ。


だからリルアの背で静かな寝息をたてながら寝ていた人物がレノだと、すぐにはわからなかった。


リルアが戻ってきているのはわかっていたけど、レノの魔力をちっとも感じなかったし、乾燥した髪と骨のような体の人物を、元のレノと結びつけるのが難しかったから。


魔力は感じなかったけども、何か他の魔法はいくつか感じられた。


「ちゃんと寝ていなかったらしいですわ。朝からウトウトしていたのですけど、少し歩いたらすぐに寝てしまって」


「いや……だいぶ酷いですね、それ」


俺がすぐに行かなかったから、レノがこんなことになったのか。俺の、せい……?


「これは……ふざけられない、なのですね。3階の1番端の部屋、空いてたなのですね。ですね?そこに早く運ぶなのです」


「ええ。空いてるわ。掃除もしてあるからすぐに使えるわよ」


「3階まで運ばせるんですの!?」


「……俺がやるよ」


リルアの代わりにレノを背負い、階段を登る。


とても、軽い。


「レノ……ごめん」


ポツリと、口から飛び出た言葉。


何か、とても悲しいような、辛いような気持ちが込み上げてきて、涙が溢れた。


「……何泣いてるのよ」


隣にいたセラにはすぐにそれが見つかってしまう。


「わから、ない」


なんで俺は泣いているんだろう。


レノがこんなになったから?それが自分のせいだから?責任を感じて?どれも違う気がする。


端の部屋は、この建物から少しだけ飛び出た形の、大きめの部屋だ。


大きなガラス窓があり、外の光が多く入る。


ベッドにレノを寝かせると、俺はすることが無くなった。治癒魔法はできるにはできるけど、細かいものになるとフィアとセラの方が得意だ。


「ヴァル。話がありますの。よろしくて?」


「ああ」


レノの様子を見ていたかったが、リルアからふざけた様子は感じられなかった。


1階まで戻り、食事の時に使っているテーブルにつく。


「あんまり時間を置くと言いづらくなりますから、言いますわね。レノは、もう戦えません。魔法を使えないので。それだけでなく、体内もだいぶボロボロですの。わたくしがレノを背負ってきたのは、歩くこともままならないからですわ。魔法を使えなくしたのは、わたくしの知り合いの方。あの街にいる、と言った方です。そして、ヴァルも見たでしょう?あの体を蝕む魔紋は、わたくしの姉がやったものですわ。ご質問どうぞ」


「……は?」


一気に言われたことを、ゆっくりと頭の中で1つひとつ理解していく。


「レノは、戦えない……?」


「ええ。体を動かすことがまず厳しいですから」


あの細さなら、それも頷ける。


「魔法を使えないっていうのは……」


「何らかの方法で、魔力を魔法へと変える体内の大事なものを壊されたようですわ。わたくし達、だいたいの傷はすぐに治ってしまうでしょう?でも、レノは自然治癒を待つだけですの。今はわたくしの妹がレノの中に治癒を助ける石を入れたので、少しはマシになっているでしょうけど」


魔力を魔法へと変える体内の大事なものを壊された。それに加えて自分での治癒さえ行えない。もし、今の状態でレノが大きな怪我をすればそれが致命傷になる可能性もある、ということ……。


「体の中のは、アズラクの魔法じゃないのか……?リルアの、姉……?」


「ああ、彼のも少々ありますけれど、ごく僅かですわ。体内と、精神に少し。ほとんどあの魔紋のせいですわ。見てわかるでしょう?見ているだけでこちらも精神を壊されそうになる。だいぶ抑えられていますけど、直に魔紋を刻まれているレノの本来の負担はものすごいと思いますわ。よく耐えた、と褒めてあげてくださいまし」


魔王城で、俺の元に来た時にはすでにアズラクの攻撃を受けた後だった。


無傷なわけがない。


勇者の仲間で、魔王が捕らえた勇者を助けに来た。そして、自分を置いて逃した。酷い扱いを受けるのは当然だ。


殺されなかっただけ良かった、のか……?


「…………。リルアの、姉と妹って」


「酷い姉と可愛い妹ですわ。兄もいますのよ」


それは始めて知った。まず、リルアが家族について何か言うことはなかったから。


「まあ、それはいいのですわ。……よくは、ないのですけど。わたくし、裏切り者、と魔族に言われていたでしょう?魔族からしたら、魔王様は絶対の存在であり、逆らうなどあり得ないものなのですわ。それに逆らうわたくしは異端。姉も、苦労したと思います。悪いとは思いませんが。それに対する嫌がらせかもしれませんの。だから、あなたがそんなに気に病むことはありませんのよ」


気がついていたらしい。


俺が、自分のせいだと思っていることを。


「でも。俺が早く助けに行ってれば、レノはあんなにならなかった。そもそも、あの時置いて行かなきゃ良かったんだ。2人なら、どうにかなってたかもしれないのに」


だけどリルアがなんと言おうと、気持ちは変わらない。だって、現にレノは傷ついて帰ってきた。もしも俺が、この世界を見てもすぐに立ち直っていれば?もっと早く回復していれば?


レノは、あんな風にならなかったかもしれない。


「もしもの話をしても仕方ないでしょう?過去の話ですわ。もしかしたら助けられたかも。ですがもう、助けられなかった。それが実際に起こったこと。いいですか?過去はどう足掻いても変えられませんのよ。もしも。こうしていたら。こうだったら。その行動をした未来は、今のわたくし達の時間ではないのですから。無かったことを嘆くより、先にやることがあるでしょう?」


「……そう、だけど」


過去は過去だと、簡単に割り切ることができたらどんなにいいことか。


……いや。


俺は一度、そうやって乗り越えたはずだ。レノの言葉を借りて。


「自分の思うように行動する、か……」


それが自分の過去と矛盾することだとしても。


「ヴァル?レノが目を覚ましたなのですよ。ですね。ヴァルのこと呼んでるです」


レノの治療は終わったのか。


フィアが上から降りてきた。


「わかった、行くよ」


怖い。レノと、顔をきちんと合わせられるだろうか。助けに行かなかったのに。どんな顔をして、会えばいい?


「ヴァル。行きますわよ」


リルアの言葉で席を立ち、また階段を登る。


会うことは怖いけども、会わないということも怖い。レノがいなくなるのは嫌だ。


3階の、端の部屋。


セラとクラムは、出て行ったようでいなかった。


「レノ。ヴァル連れてきたなのです。あ、そのまま横になってるべきなのですよ。ですね」


大きなベッドの中で、痩せたレノの姿が痛々しい。


起き上がろうとしたらしく、上半身が中途半端に持ち上がっている。


「……レノ」


「ルト。良かった、無事だった。もしセラと合流できてなかったら、って心配で」


笑顔だ。


疲れているのか、少しだけ暗いような色があるけれど、笑顔。偽物ではなく、本当に俺を心配していた顔。


「わたくし、体の汚れを落としてきますわね。では失礼」


「あっ、あっ、私は、私は、えっとですね……と、隣の部屋にいるので、話が終わったら呼んで、なのです。その魔紋をどうにかしたいなのです」


気を利かせてなのか、2人共出て行ってしまった。


「座らない?」


レノと2人になった部屋の入り口付近で俺は立ち止まったままだった。


そのままはよくない上に、立ちっぱなしも気まずく言われた通りにベッドの横にあった椅子に座る。


「…………」


「…………」


無言の時間。レノの顔を見ることができない。


「……ルト?」


優しい声が、今は辛い。


「…………レノは、怒って、ないのか?」


レノを見ずに言葉だけを投げかける。


なんて返ってくるだろうか。なんて返ってくることを、自分は望んでいるんだろう。


責められるのは怖い。だけど、何も言われずにいるのも怖い。


「……なんで怒る必要がある?いや、なぜ、君が僕に怒られると思ったのかが聞きたいな」


声の調子は、変わらない。


怒っては、いない……?


「助けに、行かなかった」


「ああ。確かに。……でも仕方ないんだろう?行かなかった、じゃなくて行けなかった、だ。ルトも、大変だったってセラから聞いたよ。背負うものだって僕とは大違いだ。なのに僕が、ルトに助けに来いなんて言えないよ。僕は、ただ君の隣で戦えることのできた者だっただけなんだから」


なんで、なんでそんな自分は俺よりどうでもいいみたいな言い方をするんだろう。


やめてほしい。


レノは、レノで。俺にとって大切な人で、特別な人。代わりのきく人じゃないのに。俺こそ、代わりになる者なんていくらでもいる。


どうせ俺が死んでも親族はおそらく生きているんだから、誰かしら勇者として力を発揮することになるだろう。


……そもそも、なぜ、勇者は俺の一族、イル・レーナの姓を持つ者からしか出ないんだ?


文字通りの意味で、勇気ある者なら世界にもっとふさわしい人がいるだろう。俺みたいに失敗しない者が。


やめたい、なりたくなかったとかそういうわけじゃないけど、不思議だ。


『俺は、善なんかじゃない』


あの時の黒い“俺”の言葉がなぜだか急に頭に浮かんだ。


『いずれ分かる。俺が、何なのか。“俺”

は、俺なんだ』


あの“俺”は、何なのだろう。


俺よりも、何か知っているような事を言っていた。


「ルト?」


「えっ、あ、ああ、いや俺も色々あったけど……」


無言の俺を心配したのか、レノが体を動かし、俺の顔を下から覗こうとしていた。


青い瞳と目が合う。


「やっと見てくれた」


痩せた顔。体がボロボロでも、その瞳には強い光があった。


その顔を見ただけで、泣きそうになってきた。


「……レノ、ごめん、助けに行けなくて」


「いいよ、もう過去のことになったんだから。こんな体でも、生きてるだけマシ、だろう?」


ああ、なぜ。こんなにもキラキラとしていられるんだろう。


何も無くなったと思っていた。


光は全て消えたと思っていた。


希望だって全部。


レノには、まだ光がある。希望も。まだ無くなっていないものがある。


レノは、生きている。俺にとっての、光が。希望が。まだ、生きている。ボロボロになっても消えることなく、キラキラと輝いている。


「許されないことをした。許してもらおうなんて思わない。だけど、レノのためならなんでもするから。できることは、全部」


「うん、ありがとう。でもね、別に許す、許さないっていうそんな大きなことでもないと思うんだ。僕を見捨てたわけじゃない。ルトにも事情はあった。ルトのこと、責められないよ」


だったらこの光をもう2度と失わないようにしよう。


「今度は、失敗しないから」


「ああ。もう隣で戦えはしないけど……1番に、応援する」


きっと。


この光ある限り、俺はまた立ち上がれる。

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