第21話 事は、進み出して
『ただ、普通に魔王として仕事をしていればいい。世界のことは任せて。必要なら、勇者たちを追わせればいいよ。彼らは今、安全な所にいるから。でも、捕まえたら駄目。特に勇者は。僕の計画に必要だから』
『もし、邪魔するようならキミでも容赦はしない。いいね?』
────俺は、どうするべきなんだ……?
◼️◼️
「ちょっと!まだ動いたら駄目って言ったでしょう!言うこと聞けないなら、」
「なん、だよ。治ってきてるん、だから、もう、ほとんど、効かないぜ?」
「わかりませんわね。わたくしたち3人で、やったらどうです?わたくしが全力で魅了して、フィアとセラで弱体化させる。あら。効きそうですわね。フィア呼んできますわ。やりましょ」
「数の暴力!……ゲホッゲホ」
「ああもう!」
ほら、いきなり大きな声を出すから……。少し調子が良くなってきたからって、完全に治ったわけじゃないって何回言えばわかるのかしら。
「けほ……大丈夫、大丈夫だから……。悪かった、って。もう、戻るから」
私は、きちんと寝てなさい、って言ったのに。気がつけば外に出てるの。まだちゃんと歩けもしないのに、何をするのかと思えば剣を出して……。
ヴァルの使う剣は、大剣。自分の身長程もある、大きな、大きな剣。大きな装飾がついているけれど、悪くない剣。私でもわかる。そんな剣を振り回して戦うの。すごいのよ、その剣、自在に出したり消したりできるの。
だから無くなることもないのね。魔王に捕まっていても取られることなく、ついさっきまで出していたんだもの。
前はブンブンって片手で振り回していたあの大剣を、ズルズルと地面に引きずって。両手でも持ち上げることさえできないで、悲しそうな顔をして。
やめてよ、そんな顔、しないで。せっかく、せっかく勇者であるあなたが戻ったのに。光が翳ってどうするの。期待しすぎなのはわかってるわ。でも、仕方ないじゃない。所詮私は勇者に希望を見る弱き者でしかない。
「ならさっさと戻りますわよ。今日はセラが料理を作ったんですの。いつもよりマシなはずですわ」
「お前と、フィアが作ると、いつも同じ、だもんな」
あの大剣は私が声をかけた直後に消えている。残るのは、大剣が抉って茶色の土が剥き出しになった地面だけ。
ふらふらとしたヴァルを支えながらリルアが家の中に入ったのを確かめてから私は、抉られた地面を元に戻す。何も無かったように。
ヴァルも、リルアも。
2人共気がついている。
私がいつもヴァルが外に出たことを気がつくのは結界があるからで、気がつかれることもヴァルは知っている。そして、あの大剣を振れずに悲しそうな顔をするのも、私が知っていることをわかっていて、やるの。
リルアは大抵私がヴァルの所へ行けば、気がついたらいるもの。剣は消えていても地面の跡でわかる。そして、見なかったことにする。
そうして、各々が気がついていることに、気がついている。
何も言わないで、ただ、そのままこの、ギリギリの均衡を保っている。
正しい選択だと思うわ。今すべきことはわかっている。均衡を崩している場合じゃないもの。
「セラ?早くしないとフィアがまた全部食べてしまいますわよ」
「ええ、今行くわ」
◼️◼️
前までは片手で振り回すことのできた、俺の相棒ともいえる大きな剣。今では両手でさえ持ち上げることができない。
「……くっそ…………これじゃあ、助けに行けねぇ……」
地面を耕しているのかのようにずりずりと剣を引きずり、だがそれも数歩ほども続かない。
焦っている。
だんだん調子は良くなってきているとはいえ、全快とは言えない。ゆっくりしている場合じゃないのに、ゆっくりとしか治らないから焦る。
「なー……急ぎすぎるな、ってことか?」
焦ったって治らないものは治らないぞ、と。なんとなく、そう言われているような気がして、手の中の相棒に話しかける。もちろん答える声はない。
代わりにセラがようやく声をかける気になったらしく、俺の前に出てきた。
剣を消す。
「ちょっと!まだ動いたら駄目って言ったでしょう!言うこと聞けないなら、」
聞けないならなんだろう。でも少し前ならともかく、今この中で俺をどうにかできるのはいない。……はずだ。たぶん。
まあわかっている。少し治ったからって普段通り行動していいわけない。それにセラ達3人には借りがあるようなもの。迷惑かけたら駄目、だもんな。心配してくれてるんだし。
リルアもやってきて、というよりいつもいるけど、ご飯ができたと伝えてきた。
フィアとリルアが料理を作るといつも何かの丸焼きだ。鳥の丸焼き、リスの丸焼き、何かわからない魔物の丸焼き。味付けが上手なのか、美味いには美味い。だがいつも同じ。
セラが作れば見た目も味も美味しいいたって普通の料理が出てくる。普通よりだいぶ上か。
どっちがいいかと聞かれればもちろんセラの作ったものがいいと、答える。それぐらい差がある。
ふらふらする体をリルアに支えられ、家の中に入る。
「……セラは」
「また、ですわよ」
セラがついてきていない。
「あれですわ、わかりますでしょう?」
「……」
いつもそうだ。少しだけ、遅れてくる。
理由はわかってる。あの地面を直してるんだろう。……別に、いいのに。
「感謝、とまでは行かなくとも。気苦労かけているのですから、はっきりした方がいいですわよ。早めに」
「何の話なのです?」
「気持ちを言葉にしろ、とヴァルに話していたところですわ。わたくし、セラを呼んできますわね」
食卓につくとリルアは俺を椅子の近くまで支え、また外へと戻っていった。
「セラに告白でもするです?なのです?アホです?ですよね」
フィアがそんなことを言いながら水の入った桶を抱え俺の元へとやってきた。
「アホは、お前な」
とんだ勘違いだ。なんでそうなる。
ていうかセラに告白って玉砕覚悟で行ってるようなものじゃん。わかりきってるのになんでわざわざするんだ。俺だったら別の人探す。
「うーん。難しいですね。あの2人はラブラブですからね。私はどっちを応援するべきです?」
俺が桶で軽く手を洗っている間もずっとそんなことを言っている。
呆れながら、一言申してやろうとフィアの顔を見ればフィアは穏やかな笑みを浮かべていた。
ああ、そうか。フィアはただ、前のように周りを笑顔にしようとしてる。ただ、楽しませようとしただけなんだ。
「お前わかりづらいよ……」
「前もこんな感じだったです。変わらないですね」
暗い感じなのにいきなり来てもわからない。察するなんて俺1番苦手なのわかってますよね?
◼️◼️
考えすぎは逆に毒。
吉と出るか凶と出るか。
ただただ結果を待つのみ。
◼️◼️
苦しそうな息の音が絶えずする部屋。
微かな時もあれば、切羽詰まったような荒い呼吸の時もある。
古い部屋。
普通にありそうな、古い部屋。ひび割れたガラスの窓。ザラザラとする床。ささくれた木の椅子。
ただそんな部屋から浮いているのは、端に置かれているベッド。枠組みは古いままだが、マットレスや枕は全て新しい。
そこに横たわる、1人の青年。苦しそうな呼吸音は、彼が発しているようだった。
肩まで伸びた銀の髪が、白いシーツの上に広がり、不規則な模様を描いている。顔色は悪く、血の気がない。呼吸に動く胸が無ければ死んでいると言われてもおかしくはないだろう。
肌を這う、不気味な紋様が青年を蝕んでいた。
黒いそれは指の先から首までを覆い、顔にまで少し侵入している。
見続ければこちらも中から蝕まれそうな、禍々しい魔紋。そんなものを直接体に刻み込まれた青年の精神はもう既に壊れていそうだが、ギリギリの所で保っていた。
「何が君をそこまで強くするんだろうね?外は強くなれても、中までは変わらないはず。僕なら無理だよ。耐えられない」
いきなり現れた金髪の青年。
ベッドに横たわる銀髪の青年は、薄っすらと目を開け、金髪の青年を見とめる。
「……ぁ…………ぁ”……ぅ……」
「何?ちゃんとした言葉、話してくれる?僕にはわからないよ、君語。いくら主人でも意思疎通には限度があるからさ」
近くの椅子に座り、何の感情も浮かばない青銀の冷たい瞳で銀髪の青年を見る。
「今日はね、君の大事なものを壊そうと思って。完璧に。もう治せないほどにぐちゃぐちゃにさ。大丈夫。生きるのに支障はないよ。まあ、今まで通りの生活はできないし、もちろん戦うなんて論外だけど」
薄っすらとした笑みを口に浮かべ、言葉を続ける。言っていることは大変なことなのに、口調や声の調子はとても軽く、まるで世間話をしているようだった。
「何かわかる?あのね、君の、魔術回路。これを壊そうと思って。魔術回路ってわかる?わかるわけないか。勝手に僕が名付けただけ。魔法を使う者の体内には、魔力を魔法として発生させるための回路がある。それのこと。これがなきゃ魔法は使えない。ほとんどの人は知らないだろうけどね。なんとなくそういうのがあるってのはわかるけど。僕も最初は詳しく知らなかった。長く生きてると気がつくことってたくさんあるよね」
座ったまま手を伸ばし、横たわる銀髪の青年の体へと触れる。痩せ、細くなったその体の上に指を滑らしながら、言葉を続ける。
「魔法は使えない。治癒も今まで勝手にされてただろうけど、それもなくなる。魔法によって受けていた恩恵も無くなる。君と勇者の繋がりも。普通の人より、生きることが困難になる。大丈夫。すぐに終わらせるよ。さっさと始めようか」
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