第276話 先入観

【 2日目 PM 8:42 儀式の間 】



ーー異形の騎士シュッツガイストとの戦いが過熱する。4対1の情勢ながら互角の戦いを繰り広げている異形の騎士の実力は計り知れない。驚異的なまでの強さを慎太郎たちに知らしめていた。

ノートゥング、ブルドガングを相手に互角以上の戦いを見せているシュッツガイストなのだから彼女らより遥か下の実力である楓と美波を葬る事は本来ならば造作も無い。だがそれを巧くノートゥングとブルドガングがフォローをして楓と美波に攻撃の手が及ばないようにしている。この絶妙なバランスが両者の均衡を保っていた。


「牡丹さん…情勢はどっちが良いんでしょうか…?」


後方で待機をしている牡丹とアリス。アリスが不安げな顔でどちらが有利なのか牡丹に尋ねる。


「現状では五分ですね。」


「五分…。あの、私的にはノートゥングとブルドガングの2人で戦った方が良いような気がするんですがダメなんでしょうか?楓さんと美波さんがちょくちょく隙が出てノートゥングとブルドガングがフォローしているように見えるんです。」


「アリスちゃんの言う通りですね。楓さんと美波さんではあの異形の騎士とかなりの実力差があります。ですが、この均衡は崩せません。」


「どうしてですか?」


「理由は2つあります。1つはノートゥングさんとブルドガングさんが真の力を使えない点です。彼女たちは力の源である特殊なエフェクトがあります。ノートゥングさんは紅炎、ブルドガングさんは雷のように。この力を使って超絶的な能力を使っておりましたが今は無いですよね?」


「ホントだ…どうして使わないんですか?」

「異形の騎士に吸収されたくないからです。ブルドガングさんの力をこれ以上吸収出来るかはわかりませんが、ノートゥングさんの紅炎は吸収出来る可能性が高い。だから2人は力を封印しているんです。それによって”憑依”より少し上ぐらいの力しか出せていませんが差し引きでプラス勘定です。」


「なるほど…。2つ目はなんですか?」


「単純に数の差ですね。異形の騎士は目が4つ、腕が4本あります。意識をそれぞれに分散させる方がフォローに回ったとしても利がある。そう判断しての4人連携なのです。」


「何か狙いがあるって事ですか?少なくとも楓さんは無策でやる人じゃないと思います。」


「今は、主に攻撃のパターンと、急所を探っているのだと思います。ブルドガングさんの一撃は異形の騎士の急所を突いたはずです。ですが奴は死ななかった。同じ不死でもゲシュペンストとは違うという事です。あの身体のカラクリを掴まないと勝機は見出せませんからね。」


「…勝てるんでしょうか?」


「ブルドガングさんの力を吸収したのが厄介ですね。それによって異形の騎士はヘンカー以上の力を持ってしまいました。倒すのは容易ではありません。」


「あの、これも私の予想なんですけど、牡丹さんなら勝てるんじゃないですか?フリーデンを使えば私には勝てるように思えるんです。」


「自惚れているわけではありませんが正直勝てると思います。恐らくはスキルを使って身体能力の底上げをしなくてもフリーデンのみでいけるかと。」


「そ、それなら牡丹さんが加わって終わらせた方が良いんじゃないでしょうか?そうすれば万一の事態にも陥らないと思いますし。」


「残念ですがそれは出来ません。」


「ど、どうしてですか!?」


「タロウさんからの御命令が無いからです。タロウさんは間違い無くそれに気づいております。もちろん楓さんも美波さんも。それでもタロウさんは私に御命令なされないという事はここでフリーデンを使うのは駄目だと言う事です。当然ながらクラウソラスを呼ぶ事も。」


「それなら制限された状態でも勝てる何かがあるんですね…私には全然わかりません…とても4人で勝てる相手には…」


「そうですね。4人では難しいかもしれません。」


「えっ…?」


「勝負の鍵はあの方が握っておられますね。」



ーー



ーー



ーー



ーー依然として終わらない演舞を5人は舞い続ける。決め手が無い。隙も無い。何より急所がわからない。そんな状態で楓たちは終わりのない演舞を舞い続けていた。


『ククク、いつまで続ける気だ?俺は些か飽きて来たぞ。』


『フン、知れたことよ、貴様が死ぬその時までだ。』


『お前たち雌どもでは俺を殺せんさ。大人しく貴様の力をよこせ剣王よ。』


『生憎だが妾は醜男は好まん。妾が欲しければ顔の良い男へ転生する事だな。』


『ククク、その様な軽口を叩くとはな。堕ちたものだ。』


ーーだが両者ともに剣が重くなるわけでも鋭くなるわけでもない。あくまで様子見。手の内を見せはしない。


『アタシの力をパクっといて偉そうにしてんじゃないわよ。』


『自分の力にやられる気分はどうだ剣帝よ。素晴らしい速力だ。褒めてやろう。』


『何様のつもりよ。絶対その力を返してもらうわ。』


『出来るものならやってみるがいい。』


『かっちー「落ち着きなさい。」』


ーーブルドガングが感情的になりかけた時、楓がそれを窘める。


「あんな安い挑発に乗らないの。あなたの悪い癖よ。」


『…はいはい。落ち着きますよーだ。』


ーー楓の言葉に冷静さを取り戻したブルドガングは距離を取った攻撃へと戻る。逆に狙いを削がれたシュッツガイストは不快感を露わにする。


『ほう、生意気な雌だな。分際を弁えろ。』


「ウフフ、上手くいかなくてイライラしてるのかしら?意外と子供なのね。」


ーー楓の言葉にシュッツガイストの目が赤く充血していく。


『もういい。終わりだ。』


ーー異形の騎士がそう宣言すると、気の衝撃波のようなものを身体から放出し楓たちへそれをアテる。それによりほんの僅かな間ができ、一歩で美波の元へと詰め寄る。


『一番雑魚から始末するのが戦術の基本だ。覚えておけ。』


ーー同時に振り上げた4本の腕がそれぞれ別角度から美波へと襲いかかる。だが美波はそれをギリギリのところで躱す。


『何ッ!?』


ーープロフェート。美波の特殊装備だ。それにより美波は少し先の未来を視る事が出来る。


「あなたの剣は私には当たらないわ。」


『たかだか一度躱した程度で何を得意になっている!!』


ーー異形の騎士が再度美波へと斬撃を加える。だが美波はそれを躱し、そして、


「いいえ、あなたは私たちの策にかかったのよ。」


ーー美波がシュッツガイストの剣を躱したと同時にゼーゲンをシュッツガイストへと叩き込む。そして楓、ノートゥング、ブルドガングもそれに呼応し同時に斬りかかる。

最高のタイミングだった。打ち合わせした訳でもなんでもない。お互いに分かち合った。ただそれだけであった。

だがそんな四方からの会心の攻撃を異形の騎士シュッツガイストは簡単に防ぐ。


『なかなか良い攻撃であった。一瞬だけ俺にも焦りが生まれた。褒めて遣わす。だが終わりだ。眠れ。』


「私は言ったはずよ。あなたは”私たち”の策にかかった、と。」


ーー四方へと向いていたシュッツガイストの目が激痛と同時に闇へと誘われる。


ーー何故?


ーーなどと考える暇も無く4本の腕が切り落とされる。


ーーそして、


「貴様の本体はやはり”ソレ”であったのだな。我らの先入観を逆手にとるなかなか厄介なものであった。貴様の敗因は4対1だと思い込んだ事。これも先入観であるな。勝負の分かれ目はどちらが先入観を捨てられたかによったようだ。フフ、卑怯などとは申すなよ?我らはこれでも女なのだ。貴様も男であるのならこれぐらいの事は許せ。5対1であったとしても。」


ーーバルムンクがゼーゲンを薙ぎ払い、黒剣を4本破壊する。異形の騎士シュッツガイストの急所である心臓が埋め込まれた4本の黒剣を。


『アガ…!!!貴様の…身体は…男だろう…!!!』


ーー最後の言葉を振り絞り、異形の騎士シュッツガイストは泥と化して消えていった。


「フッ、シンタロウよ。久々に我らに見せ場がやって来たな。」

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