第239話 模擬戦 芹澤楓 VS 相葉美波 5

ーー両者同時に地を蹴り上げて距離を詰める。美波はまだプロフェートを使わない。否、使えない。実は一番追い込まれていたのは美波の方だった。プロフェートの残り使用時間は2秒。つまりは満足に一回使える時間も無いのだ。余裕が有るように楓に接してはいたが背中には冷たい汗が伝っていた。その中で楓から突っ掛けて来てくれたのには心底嬉しかった。後は楓の攻撃を捌くだけ。楓の戦略は予想出来ている。《無効化》を使って超スピードで背後を取ろうとして来るはずだ。それしか手は無いだろうと思っていた。

そんな美波が注意するのは楓の《無効化》発動のタイミングだ。それさえ分かればどんなにスピードが速くても目で楓を見る事さえ出来れば視る事が出来る。そうすれば《機動力封じ》を踏ませて戦闘終了だ。恐らくは猛攻を仕掛けて来る。それに惑わされずにしっかりと見極める。美波はそう自分に言い聞かせていた。


ーーだが美波の予想とは大きく違った行動を楓は取る。


ーーまだ距離も遠い段階で楓は手にしているゼーゲンを振り被る。遠距離攻撃でもするのだろうか?美波は不思議に思いながらも警戒を強める。

だが楓は振り被ったゼーゲンを地面へと叩きつけたのだ。それにより土煙が舞い上がり、周囲の視界は奪われた。


「しまった…!?」


ーー美波は楓の意図に気づく。

美波の視界を遮る事によりプロフェートを使わせない気なのだと楓の作戦を理解した。

美波は焦りながらもすぐに行動に移す。結局は楓の姿を一瞬でも確認出来ればそれでいいのだ。何も焦る事は無い。冷静になれ。美波は自分に言い聞かせた。

そして目を凝らしていると土煙の間から楓が姿を現わす。殆ど一歩で間合いを詰められる距離まで近づかれているが問題無い。

ここで美波は最後のプロフェートを発動させる。視えた未来は楓が《無効化》を使って一歩踏み出した所までだ。その先までは視えなかったが、一歩踏み出した所まで視えればそこにトラップを仕掛ければ勝てる。美波は勝利を確信した。

美波が視た通り楓が銀色のエフェクトを発動させる。《無効化》だ。後は楓が踏み出す位置にトラップを仕掛けるだけ。

そう思いトラップを仕掛けようとした時に美波は気づく。自分の身体の動きの遅さに。自分が思っているよりも遥かに動きが遅い事に。

これでは自分がトラップを仕掛けるよりも早く楓が一歩踏み出してしまう。美波は焦りながらも予想地点に手を翳そうとした時に気づいた。


ーー金色のエフェクトが消えている。


自身を包む金色のエフェクトが消えている事に気づく。なんで?どうして?美波の頭は疑問符で一杯だった。

だが少しの間の後に気づいた。楓が何を《無効化》にしたのかを。


ーー気づいた時には楓は美波の背後を取っていた。首元にゼーゲンを突きつけられ、勝敗が決してしまった。


「…《無効化》って状態異常回復みたいなものだと思ってました。相手のスキルも消せるんですね。」


「私も驚いてるわ。消せるのね。」


「知っていてやったわけじゃないんですか?」


「全然知らなかったわよ。私だって美波ちゃんと同じ認識だったもの。でも『敵に対してかけられた効果を帳消し』ってなっていたじゃない?だから『能力上昇の為に敵に対してかけられた効果』を消す事も出来るんじゃないかしら?って思ったからイケると思ったのよ。」


「そんなの屁理屈ですよっ。」


「職業柄慣れているからね。」


「…負けました。やっぱり楓さんは強いですっ。でも…勝てると思ったのになぁ。」


「私も負け濃厚だと思っていたわ。勝てたのは運よ。プロフェートが私の予想よりも早く切れた事が勝利に繋がった。本当に強くなったわね美波ちゃん。」


「…イチャコラ券は諦めますけど、タロウさんの事は諦めませんからねっ!」


「ウフフ、望むところよ。」


「決勝戦、勝って下さいねっ!」


「ええ。」


ーー2人は互いに握手を交わす。


『残念だったな。』


ーーブルドガングに肩を貸しながらノートゥングたちが2人の元に戻って来る。


「そっちはそういう勝敗だったのね。」


『カエデ、ゴメン…』


「良いのよ。実質引き分けよね。いえ、ノートゥングがそのままこっちへ向かっていたら私の負け。複雑な気分ね。」


『術者同士の一泊券を巡った戦いなのだからそんな堅苦しい事を言うな。間違い無く貴様の勝ちだ。誇れ。』


「ノートゥング……ありがとう。」


ーー楓が笑顔でノートゥングへ感謝を述べた。


「ノートゥング、ごめんね…せっかく修行してくれたのに…」


『気にするな。ここから強くなれば良い。だがもう負けは許さんぞ?』


「…うんっ。もう負けない。負けるわけにはいかないものっ。だから…これからもよろしくお願いします。」


『フッ、ああ、妾が貴様をより高みへと連れて行ってやろう。』




********************




「ぐすっ…涙が…止まりません…」


ーーモニターで観戦していたアリスがハンカチで目を拭いている。


アリスよ、良く考えてみろ。何も涙が出るような内容じゃないはずだぞ。


「とても感動的な光景ですね。仲間との友情、そして師弟との絆、目頭が熱くなります。」


ーー牡丹も懐からボロ切れを取り出して涙を拭う。


牡丹よ、感動的な所なんて実は無いぞ。奴らはみんなクソチケットが欲しいだけの浅ましい争いをしてるだけなんだ。


「…ん?それ俺のタンクトップじゃない!?」


「ハンカチが無かったので自分で作りました。」


「それハンカチって言わないから!?強いて言うなら雑巾だから!?それにハンカチなんかいっぱいあるし!!」


「私のやる気まで上昇させてくれる素晴らしいハンカチです。」


「…まあいいけど。美波のせいで牡丹の変態度が上がってるじゃねーか。」


「決勝戦の相手は楓さんですね!頑張って下さい、牡丹お姉ちゃん!!」


「ふふふ、妹の期待に応える、これも姉としての務めです。勝ちましょう、私の誇りをかけて。」


……かけてんのは欲だろ。


ーー決勝戦のカードは牡丹と楓に決まった。

慎太郎との一泊をかけた決戦が始まる。

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