第238話 模擬戦 芹澤楓 VS 相葉美波 4
ーー爆発による煙が晴れてくる。そこには地に片膝をつきながらも戦闘態勢を取るブルドガングがいた。だがその身体には熱によるダメージの跡がハッキリと見える。とても軽傷とは言えない状態なのは明らかだ。
『ほう、耐えたのか。奥義を掛け合った分幾らか相殺されたのだろうな。だがもはや勝敗は明らかだ。貴様の敗因は熱くなり過ぎた事だ。妾の挑発に乗り、苛立ちを募らせ冷静な判断が出来なかった。貴様のブリッツ・ヴィルベルヴィントとやらは威力よりも速度に重点を置いた技。それに対して妾のグラナートロート・アオスブルフは威力に重点を置いておる。妾の奥義に対抗するならばブリッツ・シュトゥルムを放つべきだったな。まあ、簡単に言えばケツが青いという事だ小娘よ。』
『……ぐッ!!』
『そこで勝敗が決するまで待っていろ。』
『何言ってんのよ…まだ…やれるわ…』
『無駄だ。仮にこのまま戦い続けても貴様に勝機は無い。その身体で妾の剣を受けられると思っておるのか?』
『やってみなければわからないわッッ…!!』
『よせ、仲間同士でそこまでやる事もあるまい。』
『え…?』
『少なくとも今回は訓練では無く、誑しとの一泊券を手に入れる為の戯れに過ぎん。ならばそもそも妾たちが手を出すのが無粋というもの。自分自身の力だけで勝ち取ってこそ意味がある。だから妾がこのままカエデを攻めかかりに行く事は無い。』
『アンタ…』
『ミナミには勝ってもらいたいが妾が混ざらんでも勝てると信じておる。それだけの事を妾はこの2ヶ月ミナミに叩き込んだ。彼奴は妙に頑張りだしてな。朝と夜、そして夢の中で妾に教えを請いたのだ。その甲斐があってカエデとあそこまで渡り合えるようになった。師として、友として誉れ高い事だ。フフッ。』
ーーそう話すノートゥングの顔はとても誇らしいものであった。もう彼女からは出会った当初のような刺々しい気質は感じられない。とても穏やかであり、優しい女性になっていた。
『そろそろ終焉であろう。結末を見届けよう。肩を貸してやろうか?』
『アンタ結構良い奴じゃない…さっきは…その…カンに障るとか言ってゴメン…』
『気にするな。ほら、しっかりと掴まれ。むっ…?貴様、やはり胸が小さいな。感触が無いぞ?』
『やっぱりアンタってカンに障る!!』
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ーーそしてこちらも佳境に向かう。
楓がエンゲルによる超スピードで美波へ強襲する。だがそれを美波は特に苦もなく躱す。それは数分前に美波が”サブスキル”である《能力低下》を楓に踏ませたからだ。その効果はメインスキルの効果を50%downさせる。召喚系アルティメットを”具現”として使用した時に術者には相当量の身体能力上昇の恩恵がある。その分の恩恵が減らされた形だ。それは奇しくもブルドガングがノートゥングの奥義に力負けし始め、追撃を試みようとした時と重なる。もしこれが無かったとしても恐らくブルドガング対ノートゥングの勝敗に影響は無かっただろうが、この2人の戦いにおいては非常に大きな意味を持つ。エンゲルを使用して何とか速度においては美波と互角。パワーに関しては圧倒的に力負け。現状は楓に分が悪い事は明白。それをひっくり返すには”メインスキル”である《身体能力強化》を使うか、”サブスキル”の《無効化》を使うしか無い。しかしながら《無効化》は絶対に使えない。なぜなら美波には”サブスキル”の《機動力封じ》があるからだ。それを使われれば3分動けない。そうすれば背後に回られ突かれて終わりだ。《無効化》があるからこそ美波も”サブスキル”を使う事が出来ない。謂わば牽制の役割を果たしているのだ。《無効化》を使うという事は楓の敗北を意味する事になる。簡単には使えない。
だが同時に美波も《機動力封じ》は使えない。使えば楓の《無効化》で《能力低下》まで解除される事となる。そうすれば楓に《身体能力強化》を使われ、美波のプロフェートが切れるまで持久戦に持ち込まれて最終的に負けとなる。
根比べ。好機が訪れるまでの根比べを2人はするしか無いのであった。
情勢はまだ五分だと思う。問題なのは美波ちゃんはプロフェートを何秒使ったのかだ。良くて20秒。悪ければ5秒かも知れない。最低でもあと10秒は使わせないと”事”を起こせない。だがあまりこの膠着状態を維持する訳にはいかない。エンゲルの残り時間は5分程度だ。美波ちゃんはそれを狙っている。ここで勝負をかけるしか無い。
「美波ちゃん、いくわよ。」
ーー金色に輝く楓の身体に赤のエフェクトが混ざり合う。そう、《身体能力強化》だ。楓に残された手はこれしか無い。
ーーだが美波にも手はある。
「そう来る事も”視て”いました。」
ーー美波も楓同様に金色のエフェクトに赤のエフェクトが混じり合う。
「《剣士の印》…!?なぜそんなものを…?」
美波ちゃんの変則的な剣技は正直かなりの実力なのは言うまでも無い。何の能力上昇の効果を得ていない状態でもS級ゾルダードを倒せるぐらいの実力なはずだ。それなのにSレアの《剣士の印》を使えば総合値は逆に下がるのでは無いだろうか。美波ちゃんの意図がわからない。
「ふふっ、簡単な事ですっ。」
ーー美波が楓へと攻めかかる。
楓は先程までと同様にそれを捌こうとするがテニスをベースとした剣技と本物の剣技とを交互に使う美波の攻撃に防戦一方となってしまう。タイプの違う剣を織り交ぜる事でそれが緩急となり対応するのを難しくさせていた。
「ーーッツ!!」
「長時間の斬り返しで目が慣れてしまっていましたよね?その中で太刀筋を急に変えられると対応するだけでも大変なはずです。」
…強い。本当に強い。2ヶ月前の美波ちゃんとはまるで別人だ。この2ヶ月で妙に力強くなったというか何か決意のようなものをしたような頑張りがあったのは知っている。それが何なのかはわからないがここまで強くなるという事は相当な努力があったという事だ。
認めよう。彼女が強者である事を。
「凄く強くなったわね美波ちゃん。」
「ありがとうございますっ!」
「ここまでの道のりは決して平坦なものではなかったはず。努力したのね。」
「…努力なんて言葉は自分で言う言葉ではないですけど…私なりにはがんばったと思います。」
ーー楓が大きく深呼吸を一回する。そして覚悟を決め、口を開く。
「決着をつけましょう。お互いの”特殊装備”使用時間も僅かなはず。これが最後の攻防よ。」
「はいっ!」
ーー互いにゼーゲンを握り直す。そして瞬きもせずに互いの目を見る。両者が同時に瞬きをした瞬間に地を蹴り上げる。
芹澤楓 対 相葉美波の終局の時がやって来た。
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