第131話 入替戦 楓・牡丹 side 4

戦いを終えた橘が控え室へと戻って来る。やはりこの男は相当できる。ゼーゲンを2段階解放している事による身体能力強化のおかげで橘の攻撃は見えたがその速度と手法はなかなかのものだった。

遠距離攻撃には違いないが、ブルドガングが得意とするような真空の刃を形成しての飛び道具型の攻撃では無い。刀身から先の部分をオーラのようなもので硬化させゼーゲン自体を物干し竿のように長くしての物理的攻撃である。いくらゼーゲンとスキルによる身体能力の強化があっても、それをあの一瞬でやってのけるのは剣の腕も相当なものでなければ不可能だ。単純な戦闘能力では橘が一番強いかもしれない。そう思わせる程の戦闘内容であった。


「牡丹ちゃん、どう思う?」


私は牡丹ちゃんの意見を伺ってみた。彼女の目にはどのように映ったのか非常に興味深い。


「技の全容はどうにか見えましたが相当な腕前ですね。純粋に剣で戦っていたら勝てるかどうか正直わかりません。橘さんの技量は達人級を凌いでいると思います。」


「そうよね。そもそもあの動きは明らかに剣に精通している者の動きよね。」


「そう思われるという事は楓さんも剣を習っているのですか?」


「ええ、高校までは剣道をやっていたわ。牡丹ちゃんもやってるわよね?さっきの動きはどう見ても経験者…ううん、かなり熟練されたものだと思うわ。」


「いえいえ…私なんてまだまだです。それに剣道を辞めて半年程経っていますので体は鈍っています。」


「私なんて何年も経っちゃってるわ。そうだ!引っ越して来たら道場に通おうと思っているんだけど牡丹ちゃんも一緒に通わない?今後の為にも鍛錬を積んでおく必要があると思うの。どうかしら?」


「剣道は好きなので通いたいのは山々ですが…そのような事は私の一存では決められません。タロウさんに許可を頂かないと…」


…許可って。タロウさんに依存しすぎじゃないかしら。


「タロウさんだってダメなんて言わないわよ。というかタロウさんも剣道やってたんだから一緒に通ってくれると思うわよ?」


「すぐに通いましょう。タロウさんと切り返しや地稽古をすると思うと呼吸が荒くなってしまいます。初めての共同作業という事ですね…楽しみです。待ちきれません。」


…さっきから思ってたけどこの子少しヤンデレ入ってるわよね。私がタロウさんと結ばれたら刺されたりしないかしら。


私が不穏な事を考えている間にも入替戦は粛々と進められていく。



『入替戦第4戦を始めましょうカ。序列第4位カサハラテツシサマ、誰を指名致しますカ?それとも回避されますカ?』


「やらねぇわけねぇだろ。芹澤楓、お前を指名してやるよ。たっぷりとご奉仕させてやるぜ。」


とうとう私の番か、笠原という男はいかにも偏差値の低い底辺職に就いていそうな輩だ。色黒で汚らしい金髪もどきに染め上げた不潔感極まり無い気持ちの悪い男だ。嫌だなぁ…近寄るのも嫌…こんな男に近づかなきゃいけないんだから帰ったらたっぷりタロウさん成分を補充しないとやってられないわ。


「楓さん、心配ご無用だとは思いますが頑張って下さい。」


「ありがとう。」


牡丹ちゃんから激励され、嫌々ながらバトルフィールドへと向かおうとすると綿矢みくからも声をかけられる。


「楓ちゃん!負けちゃダメだよ!女の子チームなんだからね!ガンバッ!!」


女の子チームってのがよくわからないけど応援されて悪い気はしない。この子良い子よね。普通に友達なりたいわ。


「ありがとう、行ってくるわね。」


牡丹ちゃんと綿矢みくに見送られバトルフィールドへと降り立つ。笠原がいやらしい目で私を見ているのが気持ち悪くて仕方がない。男って本当に反吐がでるわね。


「いいねェ、最高だな芹澤楓。今晩は寝かさねェから覚悟しとけよ。」


「覚悟?覚悟ならあなたがした方がいいんじゃない?この世から消えてしまうのだから辞世の句でも考えておいたら?あ、辞世の句なんて言ってもわからないかしら?ウフフ、ごめんなさいね。」


「その生意気なトコが最高だぜ。ケツの穴にブチ込んでヒーヒー言わせてやるよ。」


「勝手に私で妄想するのやめてもらえるかしら?気持ち悪くて反吐が出る。」


「ウヒヒ、調教してそんな口利けねェようにしてやるよ。楽しみだぜ、俺に屈するお前のツラ拝むのをな!!」


笠原から金色のエフェクトが発動する。そして前方に魔法陣が展開され召喚が行われる。

召喚系か、これは凄く都合が良いかもしれないわね。


「コイツは《槍王》クリヴァル。俺のアルティメットだ。」


槍王と呼ばれたモノは緑色の長い髪を後ろへ束ねた端正な顔立ちをした男だった。端正な顔立ちとは言ったが優男というわけでな無い。歴戦を繰り広げてきた猛者の厳しい面構えをしている。


『女子が相手か…』


私を見て槍王は明らかにガッカリしたような顔をしている。


「そんな顔すんなよクリヴァル。あの女はヘタな男よりも遥かに強いと思うぜ?」


『テツシよ、俺はお前に従う責務がある。だから文句は言いたくは無いがお前の女子に対する扱いには辟易する。』


「やれやれ…理解してもらえないのは悲しいな。ま、頼むわ。」


槍王が本意ではないのは明らかだが主人の命は絶対なのだろう、不服そうな顔をしながら笠原の身体へと憑依をする。これにより笠原が牡丹ちゃんのように”具現”が使えない事はわかった。それならば私もこの機会に実験をさせてもらう事にする。それが私の今回の狙いだ。

強制イベントでは2段階解放ゼーゲンの力がどの程度か調べるに値する相手と出会わなかったのでまだ力の具合がわからない。恐らく1段階解放ゼーゲンでクランイベントで出会った強化系アルティメット使いの松嶋に勝てたと思う。あの時は過信しないでブルドガングに任せてしまったが冷静に考えれば勝機は十分にあったはず。2段階解放ゼーゲンなら召喚系アルティメットと互角に渡り合えると私は踏んでいる。あとはそれを実証するだけ。


「女子よ、悪い事は言わん、大人しく負けを認めろ。お主では俺には勝てん。」


「ご忠告ありがとう。でも大丈夫よ。私は負けないから。」


「ほう…なかなか良い面構えをしている。特にその目…虚勢を張っている者の目では無いな。」


私を見る槍王の目が鋭いものへと変わる。先程までの私を見下したような目はもうしていない。私を敵と認め、槍王からは凄まじい闘気が放たれる。


「貴殿を侮っていた事を心から詫びよう。」


槍王はラウムから武器である槍を取り出す。ゼーゲンでない事は確実だ。ゼーゲンならばラウムから取り出す事無く標準装備される。私の理想通りの展開だ。


「俺の名は槍王クリヴァル、槍王の名にかけて全力で貴殿を倒す。貴殿の名を聞かせてくれ。」


鞘からゼーゲンを引き抜く。私は軽く息を吐き口を開く。


「中二病みたいで恥ずかしいけど…”闘神”芹澤楓、全身全霊でお相手するわ。」



ーー槍王クリヴァルとのスキルを使わない生身での戦いが始まる。

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