第129話 入替戦 楓・牡丹 side 3

「ヘッ、時空系か。流石は”闘神”だな。良いスキルを持ってやがる。そのスキルも身体も俺の為に使う事になるんだから堪らねえな。」


高坂良平は島村牡丹の時空系アルティメットスキルを見ても臆する事は無い。それどころか余裕たっぷりといった表情すら見せる。それは高坂が過去に時空系アルティメット使いのプレイヤーを葬った自信から来るものだろう。さらには高坂は召喚系アルティメット使いのプレイヤーも葬った事もある。その実力は折り紙つきだ。決して偶々でこの入替戦に選ばれたプレイヤーでは無い。確固たる実績を積んでこの場に存在しているのだ。


だが対する島村牡丹もそれは同様だ。”闘神”及び”五帝”に名を連ねる彼女の実績はその位に恥じないものである。

数多のプレイヤーを葬って来た事は言うまでもないが、非公式ながらリッターオルデンを2人撃破している。その実力は現時点で俺'sヒストリープレイヤーの一、二を争う程である。


その牡丹が表情には出さないが高坂の言葉に不快感を表す。慎太郎以外の男に劣情を抱かれるだけでも牡丹にとっては非常に不愉快だ。それだけでも殺意の対象になる。だがそれ以上に性犯罪を犯す者を牡丹は許せなかった。女を下に見る奴らなど天誅を下す。それが牡丹の信念でもあった。


「いいえ、この身体もスキルも彼のモノです。」


牡丹の物言いに高坂は激昂する。高坂にとって女は家畜同然。その家畜が自分に楯突くだけで高坂の怒りのパラメーターは振り切れていた。


「俺にいちいち楯突いてんじゃねぇぞオラァ!!!」


高坂は地を蹴り上げ凄まじい速さで牡丹へと突進する。その速度は未解放ゼーゲン+エンゲル使用時の楓の速度と同等であった。その圧倒的なまでの速力で一瞬のうちに間合いを詰められ、その拳を牡丹の腹へと放つ。その拳に悶絶し、苦悶の表情を浮かべる牡丹を想像しながら高坂は愉悦に浸っていた。

だが高坂の拳が牡丹の腹に当たったと思われた瞬間に牡丹の体が爆ぜる。水風船が割れた時のように牡丹の体が爆ぜたのだ。高坂の拳は水を被ったようにずぶ濡れになり、当然地表も水で濡れている。牡丹の体が忽然と消えてしまった。想定外の事態に陥り高坂の脳の理解が追いつかない。だがそれを理解する前に牡丹が高坂の後方に姿を現わす。


「威張るだけの事はありますね。素晴らしい速度でした。」


牡丹の表情に変化は無い。高坂の攻撃に焦りなど微塵も無いといった所だ。褒め称えてはいるが牡丹の想定を上回る程の攻撃ではなかったという事だ。この時点でこの勝負がついた事は言うまでも無いだろう。この闘技場にいる高坂を除く全てのプレイヤーがそれを理解した。


「お前…どうして…?確かに当てたはずだ…なのに…」


「貴方が攻撃をしたのは水鏡です。私ではありません。」


「水鏡…?」


「わかりませんか?水面に映った私に攻撃をしただけですよ。」


「水面だと…そんなものがどこにあるんだッ…!!バカげた事を言ってんじゃねぇぞ!!」


「ふふふ、大気中に水蒸気があるじゃないですか。ご存知ありませんか?条件により異なりますが大体25立方メートルあたりジュース一缶程の水分があるんですよ。この闘技場程の広さなら100リットルは優に超える量の水が存在します。それを少しお借りしただけの事ですよ。」


「わけのわからねぇ事を言ってんじゃねェェェッ!!!」


高坂は再度牡丹へと攻撃を仕掛ける。だが捉えたと思っても高坂の攻撃が当たるのは水鏡のみ、牡丹には触れる事はおろか、動きを把握する事すら出来ていなかった。


「なんでッ…!!なんで当たらねぇんだッッ…!!」


「動きが単調だからです。貴方の攻撃は非常に読みやすい、私を捉える事は永久に不可能かと思います。」


「ふざけんなッ…!!!俺は時空系だって召喚系だって葬ってきたんだッッ…!!!それがこんな女如きの動きが読めないなんてあるもんかよッ…!!!何度だってやってやるぜ…テメェのスタミナが無くなるまで殴り続けてやるよ…!!!」


「いえ、もう結構です。」


高坂を見る牡丹の目が非常に冷たいものに変わる。


「…あ?」


「同じ空間にいるとはいえ、彼と離れている事にストレスを感じるようになりました。早くこの入替戦を終わらせて現実世界へ戻り充電をしなければなりません。ですのでもう終わりにしましょう。」


パキパキと音が聞こえるので高坂は上空へと目をやる。すると上空に無数の水の塊のようなモノが点在していた。大きさは2cm程度、形は花びらのような形状をしている。水で形成されているので当然無色透明だが、光が反射する事によって輝きを放ち、芸術品のような美しさを放っている。


「この技は非常に美しいものだと思います。その美しさで煩悩を洗い流し冥土へと旅立って下さい。」


高坂は声を出す事はおろか動く事も出来ない。牡丹が作り成す水の花びらの美しさを前に生まれて初めて感動していたからだ。人は真に感動を覚えた時には言葉すら出ない。もしかしたらこの一瞬においては高坂の邪念は完全に消えていたのかもしれない。

ーーだが時すでに遅し。高坂の現世での時間はもう残ってはいない。冥土へと旅立つ時がやって来たのだ。


「緋桜」


牡丹の言葉に呼応し、上空に点在する無数の水の花びらが高坂へと舞い落ちる。高坂は本能的に回避を試みるが数百、数千にも及ぶ花弁を回避することなど出来ない。花弁一枚一枚に触れる度に体が鮮血に染まっていく。そしてその返り血が水の花びらに触れる事により赤が薄まり桃色に近い色へ変わると桜の花弁のように見えてくる。正に緋色である緋桜に酷似した桜吹雪がこの闘技場に吹き荒れた。そのあまりの美しさに闘技場にいる者たちの大半の視線を奪い、人の生き血を吸って形成するという残虐な行為にも関わらず人々は感動を覚えていた。

だがその感動も高坂が絶命するまでのほんの数十秒にしか過ぎなかった。

桜の美しさ、散りざま、それを見事に表した美しき技により高坂良平という男は冥土へと旅立って行った。


「地獄で己の犯した罪をきちんと償いなさい。」



ーー入替戦、第2戦は島村牡丹の圧勝にて幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る