第114話 剣神クラウソラス

島村牡丹が慎太郎の前に立ち、四ツ倉優吾と対峙する。慎太郎は自分の知っている牡丹とは違う雰囲気の彼女に少し動揺していた。それは牡丹の出している殺気に慎太郎は、本当に彼女は自身が知っている島村牡丹なのかと感じてしまったからだ。それだけの圧が今の牡丹からは出ていたのだ。


「…すぐ終わらせるだと?たかだか”闘神”如きが調子に乗りおって。”闘神”がエリアに2人いるのでいささか驚きはしたが何のことはない。大方、ツヴァイの画策であろう。だがツヴァイもまだまだ甘い。確かに貴様はリッターのレビを葬ったが奴は我らの中で末席に過ぎぬ。真のリッターである俺に勝つ事は不可能だ。」


四ツ倉優吾が牡丹に対してそう言い放つ。だが牡丹はそんな事を言われたぐらいで怯むような人間では無い。表情こそいつもの優しげで美しい様だが、心の内は慎太郎を傷つけられた事に対する憤慨を覚えていた。


「先程から独り言を仰っているようですがそろそろよろしいでしょうか?」


「フッ、意外と軽口を叩くのだな。どうやら”闘神”という位を与えられた事により勘違いをしてしまったようだな。我らと貴様らでは次元が違うのだという事を理解させてやらねばなるまい。」


「ふふ。」


四ツ倉優吾の物言いがおかしかったのか牡丹が不意に笑い出す。その牡丹の態度に四ツ倉優吾は不快感をあらわにする。


「…何がおかしい?気でも狂ったか?」


「勘違いですか。勘違いをしているのはあなたですよ。」


「何だと?」


「私は今凄まじく怒っているのですよ。彼を傷つけたあなたの罪は万死に値する。残念ですが私はあなたを許すつもりはありません。」


牡丹から剣気が放たれ、ピリピリとしたプレッシャーが周囲一帯に広がる。並みの者ならそれにアテられただけで戦意を喪失してしまいそうなぐらいの凄まじい殺気が牡丹から溢れていた。


「見せてあげましょう。剣神の力を。」





*************************





「あの人って…確か楓さんと同じ”闘神”の人ですよね…?」


「ええ。でもどうして牡丹さんがここに…?”闘神”同士が同じエリアに配置される事は無いはずなのに…いや、それよりもどうして彼女がタロウさんを…?」


「音声が聞こえ無いからわからないですけど知り合いみたいですよね…?」


タロウさんと牡丹さんの接点はわからないが、ひとまず危機を脱した事に私は心底安堵した。あとは牡丹さんがあの男に勝てるかどうかだ。恐らくあの男はクランイベントで私が戦った男の仲間だと思う。実力もほとんど同じの可能性が高い。牡丹さんの実力はわからないが、”闘神”内での序列を考えると私と同じぐらいだと思う。それならばどちらが勝つかわからない。予断を許さない状況に変わりは無い。


「でも安心しました…島村さんが来てくれなかったからタロウさんは殺されてましたから…」


美波ちゃんがホッとした顔でそう言った。


「私もです…誰でもいいからタロウさんを助けてって願ってました。それで来てくれた島村さんは女神様みたいです。」


アリスちゃんもホッとした顔でそう言った。


「そうね。私も同じよ。他の奴ならいざ知らず、牡丹さんは凄く良い人だから必ずタロウさんを助けてくれるわ。あとは牡丹さんがあの男に勝てるかどうかだけ。」


牡丹さん、お願いします。タロウさんを助けて下さい。





*************************




牡丹さんが金色のエフェクトを発動させ、魔法陣を前方に形成する。そして魔法陣が光り輝き、召喚が行われる。

現れたのはバルムンクたち同様の超絶美人だった。桃色の長い髪、ルビーのように真紅に染まる瞳、整った顔。呼吸が止まってしまいそうなぐらい美しい女性だ。だがバルムンクたちとの決定的な違いはその表情だ。とても剣神などと呼ばれるような女性には見えない。おとなしく、優しそうな聖母のような女性だ。本当に戦いができるのだろうかと思ってしまうぐらいに争いとは無縁なように思える。


それともう一つ気づいた事がある。バルムンク、ブルドガング、ノートゥング、彼女たち全てに共通していた体の透けが無い。彼女たちは霊体のように体が透けていた。だが剣神にはそれがないのだ。彼女はバルムンクたちとは違う存在なのだろうか。



『フフ、良い顔をするようになりましたね、ボタン。』


「そう…かな…?」


『ええ。悩みが無くなったのね。私はそれが心配でした。貴女が苦しんでいるのをいつも見ていたから。本当に良かった。』


「それはタロウさんのお陰。彼がいてくれたから…私を救ってくれたから…だからだよ。そして私の大切な人を傷つけたあの男は絶対に許さない。」


『そうね。ボタンの気持ちは理解しています。貴女を怒らせる者は私の敵です。神罰を下しましょう。』


「ありがとう、クラウソラス。」


剣神クラウソラスが四ツ倉優吾へと向きなおる。背後からでも恐ろしさがわかる。その神々しさもさる事ながら平伏してしまいそうな圧が彼女にはある。まさに神と呼ぶにふさわしい存在である事を俺は理解した。

そしてそれは先程まで余裕の態度を見せていた四ツ倉優吾にも変化を与えていた。クラウソラスをじかに見た事によって恐ろしさが現れたのかはわからないが明らかに動揺が見える。


四ツ倉優吾が口を開いた。


「貴様…”具現”を会得したのか…?」


”具現”…?どこかで聞いたようなワードだな。よくは覚えてないけど。


「以前から会得しています。」


「だからレビがやられたのか…いくら”神”を所持しているとはいえ”憑依”に負けるなんておかしいとは思っていた…」


「あなたは何か思い違いをしているようですので一つその考えを正しましょうか。」


「何…?」


「そのレビという方はクランイベントの時に現れた橙色の髪色をしたショートヘアの女性の事ですよね?その方はクラウソラスが倒したのではありませんよ。私が別のスキルを使って倒したのです。正直クラウソラスを使う程の相手では無いと思ったので。」


「なんだと…?」


牡丹は己の力を誇示するような人間では無い。述べているのは事実なのだろう。それは四ツ倉優吾も理解をしている。理解をしているからこそ牡丹の台詞に戦慄を覚えていた。


「悔しいですが先程あなたの剣を受けて私とあなたの実力差は理解しました。私ではあなたに勝てない。だからクラウソラスをお願いしたのです。ですが不思議ですね…今ならあなたに負ける気はしません。力が満ち溢れてくるのです。」


「…それは”具現”による使用者の能力上昇によるものだ。英傑の力が使用者にも流れる。」


「そうなのですか?それは大変勉強になりました。ありがとうございます。ですがあなたに罰を与える事に変わりはありません。そしてクラウソラスに頼む事も。彼に与えた苦しみを数百倍にしてあなたにお返しします。絶対的な力を前に恐怖におののき死んで下さい。」


「…フッ、調子に乗るなよ!!俺はリッターの四ツ倉優吾だ!!時空系のアルティメットを与えられしリッターなのだ!!いくら”神”とはいえ負けるはずが無いッ!!」


四ツ倉優吾の体から金色のエフェクトが発動し、そして上空に魔法陣が現れる。そして魔法陣が光り輝くと、屍と化していたウールヴヘジンたちが立ち上がっていく。


「なんだ…それ…」


生気は無い。だが俺が間違い無く倒したウールヴヘジンたちが第2ラウンドを始める気満々といったような雰囲気を出して俺たちの前に立ちはだかっている。


「これが俺のスキル《屍》だ。俺の意思で死体を動かす事ができる。当然その肉体が使っていたスキルを継続して使えるという優れものだ。いくら剣神といえど俺とウールヴヘジン10体を相手に勝てるはずが無い。それは貴様が加わっても同じだぞ、島村。」


どう考えたって勝てるわけがない。俺も加勢をしなくては。役に立たないが牡丹さん1人にやらせるわけにはいかない。


「牡丹さん…役に立たないかもしれないが俺もーー」


ーー俺が立ち上がろうとした時に牡丹さんにそっと肩を抑えられ静止された。


「大丈夫ですから。すぐに終わります。少し待っていて下さい。」


牡丹さんが俺に微笑む。その顔は俺がよく知っている牡丹さんの優しい顔であった。


「クラウソラス、お願い。」


牡丹さんがクラウソラスにそう促すと、クラウソラスが無言で頷き、ラウムのような空間から剣を取り出す。その剣はゼーゲンによく似ている。だが神聖さというか神々しさがゼーゲンよりも上に思える。なんというか生きてるいるような鼓動をその剣からは感じた。


「どこまでもナメてくれるな…!!調子に乗るというのがどういう事態を招くかその体に叩き込んでくれるッ!!やれッ!!死人どもッツ!!!」


四ツ倉優吾の号令にウールヴヘジンたちが戦闘態勢に入りクラウソラスへと攻撃をしようと試みる。だがクラウソラスが鞘から剣を引き抜き刀身が黄金色に輝き出すとウールヴヘジンたちの動きが止まる。そしてクラウソラスが剣を高々と掲げ、それを前へ振り下ろす。すると斬撃の嵐がそこから放たれ四ツ倉優吾とウールヴヘジンたちへと向かっていく。当然四ツ倉優吾たちは防御や回避を試みるがガトリングガンのような斬撃の嵐が室内一帯に降り注がれるので回避する事は出来ない。それに防御をしようとしても数百という斬撃を防御しきる事も不可能だ。数秒後には四ツ倉優吾たちの体は斬り裂かれ、辺りは血の海と化した。


牡丹の言葉通り『すぐに』終わった。もはや戦いですら無い。剣神の圧倒的な強さを見せつけて実験場での戦いは幕を下ろした。

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