第98話 それぞれの想い

楓さんから連絡があったのは昨日の事だ。次のイベントであるバディイベントが明日開催されるらしい。それによって我が家は重苦しい空気に包まれている。

ルールがまた厳しい。クランリーダーが敗れればメンバーは全員が奴隷に堕ちるのは当然だが、リーダーと組んでいない方のエリアに振り分けられたメンバーが敗れればそのメンバーたちは奴隷に堕ちるというのだ。

現状美波がノートゥングを呼び出す事が出来ない。その中で2、2に別れなければいけない。俺と楓さんがアタッカーで美波がアシスト、アリスがサポートというのが俺たちのフォーメーションだ。

今までならどんな編成になっても大きな打撃にはならなかったが今回は俺と楓さんが別れないと話にならない。できれば楓さんと美波が一番望ましい編成だが美波とアリスが組むと敗北率が極大になる。

俺と美波でも結構マズい。俺はバルムンクを1回しか使えないのだから相手バディを全員認識してからじゃないと召喚できない。弾切れを起こしたら敗北濃厚だ。


それで美波が落ち込んでしまって宥めるのが大変だった。『嫌な予感がする。私がちゃんとしてないからこんな事になってしまった。本当にごめんなさい。』それをずっと言っていた。

俺は何とかなるからとは言ったが正直運頼みだ。運次第で俺たちの命運は決まる。神に祈るしかない。


それともう1つ気がかりな事がある。牡丹さんだ。どうするかを決めないといけない。俺は明日、イベントが始まる前に牡丹さんの所へ行って来る。考えは纏まらないが行って来る。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






もう見慣れた店の戸を開く。店内に入ると心地良い花の香りが漂い、俺に癒しと安らぎを与えてくれる。

客が来た事を察知し、奥から牡丹さんが現れる。だがいつもの牡丹さんでは無い。いつもなら嬉しそうな顔をしてくれるが今日は違う。決意を込めたようなそんな顔をしている。


「こんにちは、牡丹さん。」


「こんにちは、タロウさん。」


「今日はいつもより早く来てしまいました。それでーー」

「タロウさんにお話があります。」


俺は牡丹さんの目をじっくりと見つめる。


「何でしょう?」


「店を手放す事にしました。今日で最後の営業です。」


俺は無言で彼女の話を聞く。


「考えが甘かったんです。私が1人で何とかできるわけないのに。決心してスッキリしました。ふふ。」


俺は彼女から目を離さない。


「そして引っ越す事にしたんです。だから…もうタロウさんとお話する事も出来なくなってしまいます。」


俺は彼女の表情を読み取る。


「最後にお会い出来て良かったです。タロウさんには本当に優しくして頂きました。あなたと出会えた事は私の財産です。本当にありがとうございました。」


俺は口を開く。


「牡丹さん、引っ越し先はどちらですか?手紙、書きますよ。古風ですけどメールよりも気持ちが伝わります。連絡先教えてもらえますか?」


「…連絡は出来ないと思います。遠い所に行ってしまうので。2度と会えないと思います。」


「そうですか。」


「…引っ越しの準備があるのでもう店を閉めます。申し訳ございません。」


「わかりました。」


俺が後ろを向き、扉に手をかける。その時牡丹さんが声をかける。


「牡丹…大切にしてあげて下さい。」


「もちろんです。必ず俺が守りますよ。」


「ありがとうございます。さようなら。」


俺は一礼して店を出る。


牡丹さんは気丈に振る舞ってはいたがその目から涙が流れていた。


俺は知っている。彼女が途中で投げ出す人でない事を。


俺は知っている。懸命に戦おうとしている事を。


俺は知っている。彼女の心はもう限界だと言う事を。


俺は知っている。彼女は救いを求めている事を。


そしてーー


俺は知っている。俺が嘘は吐かない事を。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




バディイベント開始5分前となった。テレビ電話で楓さんとも繋がっているので一応この場にはメンバーは揃っている。だが時間が迫るにつれて美波の表情は厳しくなる。不安なんだろう。美波にかけてあげる言葉が見つからない。軽い気休めの言葉をかけるなんてあまりにも失礼だ。後は天に任せるしかない。


「そろそろ時間だ。みんな…勝ち残って必ず帰って来よう。」


『そうですね。必ず帰って来ましょう。』


「はい!」


「はい…」


美波の気持ちを考えると心が苦しい。どうにか…どうにか乗り越えられるようにして欲しい…


「美波さん。」


アリスが美波に声をかける。


「もし私と美波さんが同じエリアに配備されても大丈夫です。私が戦います。」


「アリスちゃん…」


「私はこう見えて結構強くなったんです。なんせ私は魔法使いなんですから!」


そう言ってアリスは美波に微笑む。アリスなりのエールだったのだろう。

そしてそれを聞いた美波にもアリスの気持ちが通じその目に闘志が漲る。


「うん…ごめんねアリスちゃん!!気持ちが腐ってても仕方ないよねっ!!ノートゥングを呼ばなくても私ができる事をする!!それでみんなを勝てるようにする!!」


「はい!私は美波さんを頼りにしてます!」


『ウフフ、美波ちゃんらしさが戻ったわね。』


「ごめんなさい楓さん。もう大丈夫です。心配おかけしました!」


「美波、美波ならやれるよ。俺は信じてる。」


「タロウさん…はいっ!」


土壇場になりいつもの雰囲気を取り戻せた。後は…どうか出目が良い方に出てくれ!


「じゃあみんな。必ず…また祝勝会をしよう!!」


「「『はい!』」」




ーー時間になり転送が始まる。


バディイベントが開始する。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








ーー誰かに呼ばれている。



ーー誰の声だろう。



ーー知ってる声だ。




「タロウさん、起きて下さい。」



目を覚ますと目の前に楓さんがーーって!!近!!息が当たる距離なんだけど!?すっごい良い匂いするんだけど!?


「ちょ、楓さん!?近い近い!!」


「あ…すみません。でもそれどころではありません!!美波ちゃんとアリスちゃんが…!!」


「そうだ…クソッ!!」


悪い方の出目が出てしまった。それも一番悪い結果に。だがもうどうしようもない。俺たちに出来るのは祈る事、2人を信じる事だけだ。


「信じましょう。美波とアリスを。俺たちにはそれしか出来ません。」


「そうですね。2人なら必ず勝ちます。必ず。」


「さて、俺たちも集中しましょうか。勝たなきゃ話になりません。バディはーー」

「私たちのバディは彼みたいです。」


楓さんが後方を指差すと男が1人立っていた。

20代半ばぐらいの小太りの男だ。こう言っちゃなんだが多重債務者みたいな危険な雰囲気が出ている。


「どうも。度会哲也っす。」


なんか不安だな。とても戦力になりそうには思えない。


「田辺慎太郎です。よろしくお願いします。」


「いやー、でも楽勝みたいで安心っすね。」


「安心?」


「だってそうでしょ、”闘神”の芹澤さんがいるんなら激アツじゃないすか。確定演出っすよ。」


何の話をしてるんだかわからない。ゲキアツって何だ?アニメの話か何かなのかな。


「…楓さん、始まってどれぐらい経ったんです?」


「それがどうやら5分程経っているみたいなんです。タロウさんが寝ていたのは1分程ですが、私たちが転送されるより前にこの度会さんが来ていたみたいなので。」


「転送にラグがあったんですか…?」


そんな事今まで無かったのにな。何で今回だけ…?


「そっすよ。そんで向こうの建設現場の物陰に人影が見えたんすよ。攻め込みに行きません?芹澤さんがいれば瞬殺でしょ。」


作戦もクソもあったもんじゃないな。そんな楓さん頼みの力技で良いのか…?相手の戦力もわかんないんだぞ。


「いくら何でもそれは危険でしょう。相手の数もわからないんですから。それにその人影が陽動だったらどうするんです?」


「え?ヨウドウってなんすか?」


「…」


これはキツいな。バディがクソだったら終わるぞ。美波とアリスのバディは大丈夫だろうな。


「とりあえず様子を見に行きましょう。突入するかは状況確認してからという事で。」


「ま、いいっけど。どうせ戦うの芹澤さんですし。」


「…は?楓さんに丸投げする気ですか?」


「え?だってそーでしょ?”闘神”なんだから。俺死にたくねーし。」


「お前ふざけーー」

「タロウさん、大丈夫ですから。怒らないで。」


美波とアリスが心配で苛立っているからか一気に沸点に達したので張り倒してやろうとした時に楓さんに制止された。

…ん?何で楓さんはニコニコしてんだ。


「…わかりましたよ。」


「先ずは人影を見た場所に移動しましょうか。案内して頂けますか?」


「ま、いいっけど。」


お前の態度なんなんだよ。楓さんが止めてなかったら引き摺り回されてんだからなお前。


俺たちは移動を始める。度会を先頭に楓さん、俺と隊列を組む。殿としての役割を担っている俺としては後方からのバックアタックに警戒をする。俺にはこの頭の緩い馬鹿僧が陽動に引っかかってるとしか思えない。


「あそこの建設現場のトコっすね。ソコん所ならちょうど死角になるから観察できんじゃないすか?」


度会がブロック塀の残骸みたいな所を指差すして楓さんに指示する。

何で人ごとみたいに言ってんだよテメーは。本当に張り倒すぞ。


「私が見て来ますからタロウさんは待っていて下さい。周囲の警戒お願いしますね。」


俺から怒りのオーラが出ていたのだろう。それを楓さんは感じ取って度会に突っかかる前に俺を宥めたのだ。

だから何でニコニコしてんだろう。あー、あれか。キレすぎて逆に笑っちゃう的なあれか。そうだよな、普通キレるもんな。


楓さんがブロック塀の方へ移動を始める。


ーーだがその時だった。


楓さんの真下に黒い魔法陣が発生し、そこから現れた黒い光に楓さんが飲み込まれる。


「楓さん!?」


俺は急いで魔法陣の所に向かう。俺が着くと同時に黒い光と魔法陣は消え、中から楓さんが現れるが力無く倒れかかる。倒れゆく楓さんを抱き寄せ安否確認をする。


「楓さん!?大丈夫ですか!?…何だこれ…」


腕に抱く楓さんの身体を見ると身に着けていた青いドレスが肩まで破れ、両の腕が露わになっている。その露わになった腕に黒いタトゥーのような文様が指先から二の腕にかけて刻まれている。

そして全体的にドレスが破れ、肌が露わになっている為、俺の肌と触れ合う事で別の異変にも気づく。楓さんの身体が異様に熱い。ちょっとの熱ではない。40度は超えているだろう。顔も赤いし呼吸も荒い。普通ではない事が起こっている事は間違いない。


「ヒヒヒ!!チョレー!!こんな簡単に引っかかっちまうのかよ!!」


度会が奇声を上げる。俺は状況が飲み込めずにいた。なぜこの状況でコイツは笑っている?


「お前…何をした…?」


「トラップを仕掛けてたんだよ!!もう芹澤は使いモンにならねぇぞー?」


「は…?トラップ…?どういう事だ!?お前、俺たちはバディなのに何やってんだよ!?」


「関係ねぇよ。俺は奴隷にならずに解放してもらう手筈になってる。それに芹澤を奴隷にして好き放題できるってのに乗らねぇわけねぇだろ。」


「乗るって誰にだよ!?」


「俺たちだよ。」


建設現場の物陰から男たちが現れる。数は4人。全員が完全に勝ち誇った顔をしている。


「うっし、うっし!良くやったな度会!」


「あざす!」


「後は男を殺せば終わりだな。そしたら芹澤を俺らの奴隷にできるわけか。くぅー!!こないだの映像で見るよりも遥かにイイ女だ!!」


「堪んねぇな!!さっさと男をブッ殺してヤリまくろうぜ!!」


「まぁ落ち着けよ。いくら芹澤を封じたとはいえソイツも召喚系のアルティメット持ちって話だ。慎重に行こうぜ。」


ーー俺と楓さんのバディイベントは最初から一気に物語の佳境を迎える事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る