第89話 俺が勝手にやってる事ですから
牡丹さんたちが診察室へ入ってからしばらく経った。
当たり前の話だが俺は親族ではないので待合室で待っている。夜の病院って不気味だよな。ホラー感が半端ない。なんかワクワクしてくる。
現在の時間は夜の9時半を回った。あ、やべ。美波に連絡してない。心配してるよな。電話しないと。
俺はスマホを取り出して画面を確認する。うわ…鬼のように美波とアリスから着信入ってる。1分おきに着信入ってんじゃん。急いで電話しないと。
美波に電話をするとコール音が鳴らない前に美波が出た。
『もしもし!?タロウさん!?どうしたんですかっ!?何かあったんですかっ!?大丈夫ですかっ!?』
受話器越しでも凄まじい圧力を感じる。アルティメット召喚してんじゃないのってぐらいの圧だ。
「ごめん美波。今、病院にいるんだ。」
『びょ、病院!?何があったんですか!?どこの病院ですか!?今から行きます!?』
やべ。しまった。伝え方間違った。美波がパニックになってんじゃん。受話器越しにアリスの悲鳴まで聞こえる。美波を落ち着かせないと大惨事になるぞ。
「違う違う。俺は大丈夫だよ。落ち着いて。帰りに寄った花屋の店主さんが倒れたから病院に付き添ったんだよ。」
『た、タロウさんじゃないんですね!?良かった…あ、店主の方が倒れたんですから良くなんて無いですね。その方は大丈夫なんですか?』
良かった落ち着いてくれたか。アリスの悲鳴も止んだようだし、どうやら惨劇は回避されたようだ。
「まだ診察室から出て来ないんだ。容態がわかったら俺は帰るよ。だからもう少し遅くなると思う。待っててくれて申し訳ないけどアリスと先に食事済ませといてよ。」
『わかりました。気をつけて帰って来て下さいね。』
「ありがとう。それじゃあね。」
ちょうど美波との電話が終わった時に診察室から牡丹さんが出てくる。
「牡丹さん。」
俺は牡丹さんへと小走りで駆け寄る。
「お母さん、どうでしたか?」
「心労によるものらしいですが一先ずは大丈夫みたいです。ですがしばらく入院が必要との事なのでこのまま母は入院になります。」
「そうですか…でも命に関わる事態ではなくて良かったです。」
「はい。あの、本当にありがとうございました。なんとお礼を言って良いか…」
「いえ、そんな事は気にしないで下さい!僕が勝手にやった事ですから牡丹さんは気にしないで下さい。あ…すいません、馴れ馴れしく名前呼んでましたね…」
「いえいえ!全然嫌ではありませんので!改めまして島村牡丹と言います。」
そう言って牡丹さんが丁寧にお辞儀をして来た。立ち居振る舞いが本当に美しい。品の良さというか高貴さが滲み出ている。
「僕は田辺慎太郎と言います。牡丹さ…島村さんーー」
「牡丹で良いですよ。気を遣われないで普段の田辺さんのように話して頂けると嬉しいです。」
牡丹さんが優しい顔で微笑みながらそう言った。
「ありがとうございます。じゃあ俺もタロウで良いですよ。親しいやつはみんなそう呼びます。」
「ふふ、わかりました。何だかお見合いみたいですね。」
言われてみれば確かにお見合いっぽいな。でも牡丹さんって古風だよな。立ち居振る舞いや話し方も洗練されているというか。
「何だか照れますね。じゃあ牡丹さん。立ち入った事を聞いても良いでしょうか?」
「…先程の方たちの事でしょうか?」
「…はい。花屋に似つかわしく無い連中だったので心配で外から一部始終を聞いてしまいました。盗み聞きするような真似をしてすみません。」
「謝らないで下さい。タロウさんは初対面の私を心配してくれたのです。そのお気持ちには感謝しかありません。」
「…俺に何が出来るわけでも無いですが話ぐらいなら聞けます。1人で抱え込むよりは楽になれると思います。人に話す事で少しでも牡丹さんが楽になるなら話してもらえませんか?」
自分でも立ち入った事を聞いている事はわかっている。初対面の人間に話しにくい内容なのもわかる。でも何だかほっておけなかった。
「…嫌な気持ちになる話ですよ?」
「いいですよ。」
牡丹さんが軽く深呼吸をしてから口を開いた。
「私の家には借金があります。父が作った借金です。でもギャンブルとかで作った借金ではありません。父が友人の連帯保証人になってしまった事により負う事になってしまったものです。父はその友人に大変世話になったという事で連帯保証人になってしまいました。ですが結果としてその方には逃げられて父が全ての責を負う事になりました。」
俺は黙って牡丹さんを見つめ話を聞き続ける。
「それから父は懸命に働きました。家業とは別に深夜に工事現場で働いたり、早朝に新聞配達もしていました。ですがそれがたたったのでしょう。父は半年前に過労で亡くなりました。そしてその事実を私が知ったのは父が亡くなった後の事でした。父は店を手放せば借金を返済できました。ですが父はそれをしなかった。家族がいる場所を失いたくないと考えいたそうです。私や母と過ごした場所を無くしたくないと。その為なら自分が働いて返せばいい。自分が作った借金なのだから私たちには迷惑をかけられないと言っていたそうです。私は何も知らず呑気に暮らしていた自分を恥じました。父の苦労を知りもせずに、考えもせずにのうのうと生きていた。家族なのに恥ずべき行為です。だから私は父が守ろうとしたものを守る事にしました。ふふ、全然守れていませんけどね。」
合点がいった。だから牡丹さんからは儚さや悲壮感が出ているのか。覚悟のようなものが彼女にはある。だが俺にはその覚悟が折れてしまう寸前のように見えて仕方がなかった。
「弁護士に相談とかはしてみないのですか?連中の風貌を見る限り真っ当な所とは思えない。利息も法外なんじゃないですか?」
「その通りですね。ですがそれは致しません。債権者の男は危険な男です。刺激したくはありません。大丈夫、私が頑張ればいいんですから。」
牡丹さんは笑って俺に言って見せるが明らかに無理をしている。それは手に取るようにわかる。だが俺にしてやれる事は何も無い。法的な手段に出るのなら楓さんに相談をする事は出来るが牡丹さんはそれをしたくないという。それなら俺が口を出すべきではない。
借金の肩代わりは出来ない。アリスを引き取る時にかなりの額を使ってしまった。申し訳ないが今後のアリスの学費などを考えても支援する事は出来ない。
俺に出来る事は文字通り何も無かった。
「…すいません。何もしてあげられなくて。」
「そんな事ありませんよ!話を聞いて頂いただけで私の心は救われました。ありがとうございます。」
牡丹さんの顔に嘘は無い。それだけに俺の心は苦しかった。
「すみません、そろそろ施錠しますので…」
ナースセンターから看護師さんが俺たちに声をかけてきた。もう10時になるのか。
「わかりました。じゃあ牡丹さん、帰りましょう。表にタクシー待たせてますので。」
タクシーの運ちゃんに帰られちゃ困るから牡丹さんが診察室に行ってる間に予約していた俺って有能だな。
「…お恥ずかしい話ですがお金がありません。でも大丈夫です。歩いて帰りますので。タロウさんはお気になさらずにお帰り下さい。」
歩いてって…10km以上あるんだぞ。しかも山の中の病院なんだから当然人気も無い。そんなところをこんな可愛い子が歩いてたら誘拐されるぞ。
「そんな事心配しなくていいですよ。帰りましょう。」
「ですが…そこまで甘えてしまっては…」
「俺が勝手にやってる事ですから。牡丹さんは気にする必要はありません。俺的には一緒に乗ってくれると嬉しいです。迷惑じゃなければ乗って下さい。」
「迷惑な筈がありません。ではお言葉に甘えさせて頂きます。本当にありがとうございます。」
どうにか牡丹さんはタクシーに乗ってくれた。俺に出来るのはこんな事ぐらいしか無いからな。
20分位で牡丹さんの家に着いた。さて、ひと仕事するか。
「今日は本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません。」
「そんなに大した事はしてませんよ。さて、それじゃあ始めますか。」
「えっと…何をでしょうか…?」
牡丹さんがキョトンとした顔をしている。可愛い。
「かなり荒らされちゃいましたからね。ま、2人ならすぐに終わりますよ。じゃあ替えの鉢を出してもらってもいいですか?」
「そんな!大丈夫です!私がやりますから!これ以上タロウさんにご迷惑をおかけする事は出来ません!!」
「俺が勝手にやってる事ですから。」
牡丹さんが押し黙る。便利な言葉だなコレ。
「…どうしてそんなに優しくしてくれるのですか。初めて会ったばかりなのに…タロウさんに何も得が無いのに…」
牡丹さんが真剣な眼差しで俺に尋ねる。ここで俺が勝手にやってる事なんて言ったら不誠実だな。
「理由なんてありませんよ。あなたが困ってる。それを少しだけ手助けしただけです。困ってる人がいれば助けるでしょ?それだけの話です。」
「…あなたのような方に初めて出会いました。私が抱いていた男性のイメージが根底から覆されました。」
「大袈裟ですよ。普通の事をしてるだけです。」
何だか牡丹さんが泣きそうな顔してるな。ここで泣かれて警官が現れたら大変な事になる。泣かさないように鉢を持って来てもらうか。
「さ、片付けましょう!鉢持って来て下さい!ほらほら!」
牡丹さんの背中を押して鉢を取りに行かせる。
「…ふふ、わかりました。すぐに取って来ます。」
初めて本当に笑った彼女の顔を見た気がした。
それと同時に俺は自分に対する嫌悪感を感じていた。
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