第80話 ???

「終わった…うっ…」


芹澤楓はその場に崩れ落ちてしまう。当然だ。男から受けたダメージは相当に重い。両の肋骨は8本以上が折れ、手足の骨にはヒビが入っている。内臓にも当然ながら損傷がある。普通なら即入院レベルの容態だ。立っていられる筈が無い。


「楓さんっ!?」


相葉美波が楓に駆け寄る。


「大丈夫…よ。ちょっと疲れちゃったみたい…」


美波から見ても軽いダメージでない事は一目瞭然だ。肌が露出している部分は赤黒くなっている。

だが美波は取り乱す事はしない。自分が今冷静でいなければならない事を理解しているからだ。ここからは的確な行動が求められる。失敗は許されない。


「楓さん、まずはここから離れましょう。これだけ派手にやり合ったんですから見つかってる可能性は高いです。身体に触れますけど我慢して下さい。」


美波が楓の腕を取り、この場から退避をする。


「ごめんなさい…ね…」


「何を言うんですか。私たちは仲間です。そんな事言わないで当たり前に思っていて下さい。」



モールから離れ、安全な場所に移動を始める。どうにか日付が変わるまで誰とも遭遇しないで欲しいと美波は願っていた。





























「いつまで死んだフリをしているの桃矢。さっさと起きなさい。」













「やれやれ。サーシャさんは冷たいですね。同僚が死にかけたっていうのに。」


サーシャに声をかけられ桃矢は立ち上がる。楓に斬られた傷口は完全に塞がり何事も無かったかのようにケロッとしている。


「それにしても情けないわね。《身代り》を積んでおかなかったら貴方本当に死んでいたわよ。」


「それについては返す言葉もありません。あははは。」


「まったく。で?芹澤楓はどうだったの?」


「顔は最高でしたよ。本気で襲って僕の奴隷にしようかと思いました。」


「…ふざけてるなら殺すわよ?」


「ジョークですよサーシャさん。怒らないで怒らないで。せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」


「さっさと答えなさい。斬られたくなかったらね。」


「はいはい。ま…及第点ってトコでしょうね。」


「死にかけたクセによく言うわね。」


「あははは。確かに最後のは焦りましたよ。まさかスキル解除してエンゲル使うなんて想像してませんでした。頭は相当イイですよね。でも武力はイマイチかな。僕がこれだけ手加減してるのに一歩も動かす事が出来ないんですから。1段階解放のゼーゲンで剣帝の力をあの程度までしか引き出せないなんて期待外れですよ。何で葵さんは芹澤楓をそこまで買ってるんですか?自分も一撃もらいそうになったからですか?」


「さあね。葵の考えてる事なんてわからないわ。でも私も芹澤は悪くないと思うけどね。充分にリッターオルデンの資格はあるわ。」


「そうですかね。ま、サーシャさんもそう思うならそうなんでしょう。それよりも相葉美波、良かったですね。」


「顔の話なら斬るわよ?」


「真面目な話ですよ。田辺慎太郎の金魚の糞かと思ってましたけどまさか僕のスキルを見抜くとは思わなかったです。観察眼はかなりのモノですよ。」


「それこそ考えてる事はわからないわね。相葉はどう見ても普通のプレイヤーでしょ。田辺と芹澤がいなければ澤野のモノになっていた。眼中に無いわ。」


「僕は気に入りましたよ相葉さん。彼女のファンになりそうです。あぁ…2人とも僕のサンドバッグにしたい!とりあえずサーシャさん僕のサンドバッグになりません?綺麗に手足を斬り落としますから。」


「アハッ!お前、本当に殺そうか?」


「…ジョークですよ。じゃあそろそろ離脱しましょうか。田辺は見なくていいんでしょ?」


「必要無いわ。田辺こそ過大評価されすぎよ。ツヴァイが気に入ってるだけなんだから。」


「あ、それ本当なんですね。でもツヴァイさんが目にかけてるなんて凄いじゃないですか。サーシャさん生で見たんでしょ?どうでした?」


「何も取り柄がないつまらない男って印象ね。何でツヴァイがあんなに肩入れするのかわからないわ。」


「へぇ。ま、僕は男には興味無いんで。じゃ帰りましょう。」






イベント終了まで残り10時間を切った。



イベントは佳境を迎える。



窮地に陥った美波と楓。



2人の試練の時間が始まる。

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