第73話 魔法使いフレイヤ
「魔法使い…?」
魔法使いとはどういう事だろう。本当に魔法が使えるのだろうか。そもそもここはどこ?私はこんな所にいる場合じゃない。早くタロウさんを助けないと。
「ここはどこですか!?私を元の場所に帰して下さい!!でないとタロウさんが…!!!」
『タロウ…?あぁ、この男の事かな?』
フレイヤが手をかざすと空間に丸いモニターのようなものが現れる。
そしてそのモニターにはタロウさんが映っている。
「タロウさんッ!!!早く、早く私を戻して!!!」
『落ち着きなよアリス。この男は大丈夫だよ。こことあっちでは時間の流れが異なる。向こうの時間は止まっているんだよ。だからキミのお腹の痛みも止まっているだろう?』
そういえばお腹の痛みは消えている。背中の痛みも無い。
『少しワタシと話をしないか?ワタシは非常に退屈していたんだ。お茶は出すよ。今は焙じ茶というものに凝っているんだ。』
「そんな暇はありません。私は今ーー」
『暇だけではなく策も無いのだろう?』
何も言い返す事はできなかった。このまま戻っても私ができる事は何も無い。タロウさんが殺されるのを待つだけだ。タロウさんの願いは私が逃げる事。でもそんな事は絶対できない。タロウさんがいないこの世界に意味なんて無い。私はどうすれば…
『ごめんごめん。意地悪な言い方だったね。でもワタシとの会話は無駄にはならないよ。ワタシはキミに策を授けよう。』
「えっ…!?」
策って…宇山に勝つ為に何かしてくれるという事だろうか。
『ワタシと会話をするなら椅子にかけなよ。する気が無いなら後ろを向きな。そうすればあっちに戻れるよ。』
フレイヤはニコニコとしながら私にそう言った。
私が取る選択は決まっている。私は椅子に座った。
『ありがとう。さて、先ずはお茶を飲もう。この焙じ茶はとても美味しいよ。』
テーブルにある茶筒からお茶っ葉を取り出し、急須に入れ、ポットにあるお湯を急須に注ぎ、数秒寝かした後に湯呑みにお茶を注いだ。焙じ茶の良い香りが漂ってくる。
『どうぞ。ワタシの最近のオススメは焙じ茶に羊羹というお茶請けが気に入っているんだ。良かったらキミも食べてよ。』
紅茶が似合いそうなテーブルなのに和のテイストが並んでいるのが違和感がある。
「いただきます。」
焙じ茶が入っている湯呑みに口をつける。…凄く美味しい。タロウさんもお茶が好きで色々な茶葉がお家にあるので当然焙じ茶も飲んだ事があるが、こんなに美味しい焙じ茶は飲んだ事が無い。
『フフ、その顔は気に入って頂けたようだね。』
「はい、こんなに美味しい焙じ茶は飲んだ事がありません。あの…フレイヤさん。」
『フレイヤでいいよ。何だい?』
「ここはどこですか?それにフレイヤは何者ですか?」
『そうだね、ここはワタシの唯一自由を認められた場所かな。ワタシには肉体が無いからね。』
「肉体が無いって事は召喚系のアルティメットって事でしょうか?」
『アルティメット?あぁ、聖符の事か。確かに私はその契約をしているがそれとは少し違う。』
タロウさんがバルムンクの初回召喚時には時間が止まって使い方のレクチャーをしてくれたって言ってたからてっきりそうなのかと思った。
『それとワタシが何者かという問いには最初に答えた筈だよ。魔法使いだとね。』
一貫してフレイヤは笑顔を崩さない。冗談なのか本気なのかはわからない。だがタロウさんを助けてくれるなら私は何でも構わない。
「策を授けるって言いましたけどフレイヤが助けてくれるって意味でしょうか?」
『残念ながらワタシが助ける事は出来ない。理由は簡単さ。ワタシはキミたちの空間に行く事が出来ない。キミを助けたくても助けられないんだよ。』
私はその言葉に愕然とした。フレイヤが助けてくれないなら一体どうやって…
『気を落とす事は無いよ。だってキミがやればいいんだから。』
「でも…私は負けたんです…」
『フフ、それはさっきまでの話だろ?今のキミにはそれがある。』
フレイヤが私の手元の方を指差している。フレイヤが指す方へと目を向けると、ここへ来るきっかけとなったあの本があった。
「これは…」
『それはマヌスクリプト。大きな知識を与えてくれる魔本さ。』
「魔本…?もしかしてこれはゼーゲンですか?」
『いや、ゼーゲンではないよ。残念ながらそれは写本だからね。だからマヌスクリプトなのさ。本物のグリモワールならゼーゲンと呼べるだろうね。』
言葉の意味がよくわからない。これがゼーゲンで無いなら一体何なのだろう。
『でも絶大な力がある事は確かさ。あの程度の者なら消し炭にする事など容易い。キミの想い人は助けられるよ。』
「ほ、本当ですか!?」
『うん、本当だよ。安心していいよ。』
私に希望が湧いた。これでタロウさんを助けられる。
「これはどうやって使えばいいんですか?」
『マヌスクリプトを開いて呪文を唱えるのさ。そうすれば魔法が使えるよ。』
「ま、魔法!?」
『フフ、なかなか信じられないよね。でも大丈夫だよ。ちゃんと魔法を使えるから。』
魔法なんて本や映画の世界の話だと思っていた。本当にそんなものが使えるのだろうか。
「どのページを開けばいいんでしょう…?」
『キミは開くページはもう知っているよ。試しに開いてごらん。』
私はフレイヤに言われるがままにマヌスクリプトを開いてみる。すると開いたページに私でも読める文字が書いてある。
「『煉獄より出でし焔よ、その罪を浄化し滅びを与えよーフェーゲフォイアー』」
『火のマヌスクリプトの初級呪文さ。』
「火のマヌスクリプト?」
『ああ。マヌスクリプトは5冊あるんだよ。この世界には5大元素と呼ばれるモノがある。火、水、雷、風、土、これらによって世界は造られているのさ。そしてそれらを司るマヌスクリプトがそれぞれある。マヌスクリプトは写本だから5大元素全てを収録する事は出来ない。だから5冊あるんだよ。そして魔法にも、初級、中級、上級といった3階級あるんだ。まだキミが使えるのは初級だけだけどね。』
「初級魔法で勝てるんですか?」
『フフ、初級といっても威力は絶大だよ。間違いなくあの程度の人間なら影すら残らないだろうね。』
フレイヤは終始ニコニコしながら私の質問に答えてくれる。どうして私にそんなに親切にしてくれるのだろう。
「あの、どうして私にそんなに親切にしてくれるんでしょうか?」
『それはキミがマヌスクリプトの封印を解き、ワタシを解放してくれたからさ。これにより俺'sヒストリーは新たなステージへと進む事ができる。ワタシはキミにとても感謝をしているんだよ。』
封印…?新たなステージ…?ダメだ、言っている意味が全然わからない。
「すみません…言っている意味が…」
『大丈夫、そのうち理解できる時が来るよ。ただ今回のイベントでは心配はいらないが次回以降のイベントでは気をつける事がある。魔法に対するスキルの解放さ。』
「魔法に対するスキル…ですか?」
『うん、キミがワタシを解放した事により魔法がアンロックされた。当然それに対抗する為のスキルもアンロックされたのさ。例えば魔法を弾いたり、吸収したりとかね。だから使い所の見極めも大事になる。力に溺れないようにする事だよ。』
「わかりました。」
『最後にもう1つ。魔法はシーン、イベントにおいて1回だけしか使っちゃいけないよ。キミの魔力ではそれしか許可はできない。』
「1回だけ…?」
たったそれだけしか使えないなんて…もしそれを外してしまったらどうすれば…
『大丈夫だよ。あのウヤマという男相手には外す事はありえない。』
私の心を見透かしたようにフレイヤは答える。だが私はその言葉を聞けて安心した。
『だが今後キミが窮地に陥った時に2回目を唱えてしまった時にはペナルティーがある。』
「ペナルティー…?どんなペナルティーですか?」
『キミ自身が代償となる。』
「代償…?」
『それはキミ自身の寿命かもしれないし視力や聴力かもしれない。ひょっとすると記憶かもしれないね。キミの大切な思い出とかさ。』
「思い出…」
お父さんとお母さんの思い出、タロウさんの思い出、美波さんの思い出、楓さんの思い出、それらが消えてしまうという事か…
『キミが規定回数を守ればいいだけさ。それにキミの魔力が上がれば使用回数は増えていくよ。』
「そうなんですか?」
『ああ。それにそれはマヌスクリプト毎に決められた契約だから複数のマヌスクリプトを手に入れれば必然的に使用回数は増えるよ。』
「じゃあマヌスクリプトを手に入れます!それでみんなの助けになるんです!」
『フフ、キミは健気だね。そんなキミをワタシはとても気に入ったよ。ぜひマヌスクリプトを全て見つけてグリモワールの封印を解いてくれ。』
「マヌスクリプトを全て見つけないとグリモワールは手に入らないんですか?」
『そんな事は無いさ。運が良ければ見つかる。でもマヌスクリプトを全て集めればグリモワールの在り処を教えてくれる。そしてグリモワールを手にすればキミに大いなる力を授けてくれるよ。グリモワールには使用回数の制限は無いからね。さてと、そろそろ時が動く時間だ。キミの想い人が危ない。救ってあげなよ。キミの恋を応援しているから。』
「ふえぇっ…!?こっ、恋って…その…」
『照れる事は無いよ。ここにはキミとワタシしか居ない。それとキミが飲んだお茶には鎮痛効果がある。魔法を唱える間ぐらいは痛みは無いけど終わったらちゃんと回復しとかないと駄目だよ。さて、言っておいで。』
「…はい。フレイヤ、色々ありがとうございました!行ってきます!」
『ああ。またお茶を飲もう。またね、アリス。』
結城アリスが席を立ち、後ろを振り返るとフレイヤの空間から消えて行った。大きな力を携えて。
『オルガニはこの時点でのマヌスクリプトの解放は予想してなかっただろうね。いや、あの女は予想していたのかな。彼女の愛は重いからね。アリスも大変だな。フフ。』
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