第69話 圧倒的
松嶋がラウムから剣を取り出す。剣を取り出したという事は剣を使うスキルなのだろうか。そうなると松嶋の持つアルティメットは召喚系という可能性が高い。
「さあ、お前もアルティメットを持ってんだろ?さっさと使いな!」
「アルティメットを使うのなら私では当然勝てない。任せる事にするわ。」
楓さんが金色のエフェクトを発動する。同時に前方に魔法陣と楔形文字のような文字列が現れ、魔法陣の中心からオッドアイを持つ銀髪の可憐な少女が現れる。
『今日は随分とご機嫌ナナメじゃない。』
「そうね。非常に不愉快だわ。」
『カエデの怒りはアタシの怒りでもあるのよ。アタシもイライラして堪らないわ。』
「あの女、どんなスキルかはわからないけどアルティメットを持ってるわ。油断しないでね。」
『フフ、誰に言ってんの?アタシ、これでも剣帝って呼ばれてんだけど?』
「ウフフ、そうだったわね。…頼んだわよブルドガング。」
ーー楓さんからブルドガングへと身体の所有が移る。
あれ?楓さんの目もオッドアイになってる。前の時にはなってなかったのに。
「さてと、アルティメット使いね…少しは楽しめるのかしら?」
「ハッ、アルティメットにも色々種類があるんだねぇ。てっきり身体能力が上昇するだけかと思ってたよ。」
「能力上昇…?」
「そうさ、私のスキルは身体能力を150%上昇させる事ができる。わかるかい?150%だ。人間の限界を遥かに超える程の身体能力を身に付ける事ができるんだ。私のこの身体にそれが備われば地球上の生命の中で最早最強…いや、宇宙中を探してもいないんじゃないかい?正に究極の生命体と呼ぶのに相応しい存在になる事ができるのさ!!」
「よくもまぁペラペラと喋るわね。『ふらぐ』立ちまくりなんだけど。」
「あぁん?フラグ?」
「あれ?使い方違った?カエデの読んでる『まんが』ってのに、最強とかなんとかほざいてる奴が瞬殺されるのがお決まりのパターンってあったんだけど違う?」
へー、楓さん、漫画読むんだ。何だか意外だなぁ。漫画を読んでる楓さんってイメージできないなぁ。
「…テメェ、私を馬鹿にしてんのか?」
「いや、馬鹿にしてんじゃなくて『ふらぐ』が立ってーー」
「もう喋んな!!」
ブルドガングが喋ってるのを遮って松嶋がブルドガングへと襲いかかる。気が短いのだろう、完全に頭に血が上っている。その為かブルドガングへと斬りかかってはいるがその剣がブルドガングに触れる事は無い。それどころかゼーゲンで捌く事すらしない。完全に太刀筋を読まれている。
気になるのは松嶋はスキルを使っているのかどうかだ。身体に金色のエフェクトは纏っているが、アルティメットを発動する時の魔法陣が現れていない。スキルを発動させているのかは怪しいが移動速度や剣速は常人を遥かに超えている。そこから見てもスキルを使用しているのは明らかだろう。でもどうして魔法陣は現れなかったのだろう。何か条件でもあるのだろうか。
「テメェ…!ちょこまかと逃げやがって…!」
松嶋はブルドガングに対して依然として斬りかかっているが全く当たらない。松嶋の顔は必死だがブルドガングは涼しい顔をしている。余裕があるのだろう、さらにブルドガングは松嶋を私から遠ざけるように逃げている。私に危害が及ばないにしてくれているのだろう。どちらが優位なのかは一目瞭然だ。
「な…なんで当たらない…!?」
「アンタ馬鹿なんじゃない?」
「なにィ…!?」
「アンタさぁ、剣なんか使った事ないでしょ?素人の剣なんか当たるわけないじゃん。確かに身体能力強化されてるから当たればひとたまりも無いけど当たらなきゃ何の意味も無い。そんな事すらわかんないなんて馬鹿以外に無いでしょ。」
「くっ…!!」
「そもそも強化系如きがアタシに勝てると思ってるのが甘いのよ。雑魚が。」
「黙れ、黙れッ!!!」
松嶋が持っている剣を振り上げながらブルドガングへと向かって来る。唯一まともだった体幹もブレ、チャンバラのような太刀筋で斬りかかるーーが、
ブルドガングがお手本のように綺麗な上段からの剣を振り下ろす。それが松嶋の胴に叩き落とされ、胴体から血飛沫が噴き上り松嶋は沈黙した。
「腐ってもアルティメットね、真っ二つには斬れなかったわ。それと、鍛えられた身体に感謝しなさい。そこだけは褒めてあげる。」
アルティメット同士の戦いだというのにここまで差があるとは思わなかった。私がトート・シュピールで見たタロウさんと甲斐の戦いはほぼ互角だったからここまで圧倒的な勝ち方をするとは微塵も思わなかった。
松嶋の強さは正直なところ全くわからないが、ブルドガングを使わなくても勝てたんじゃないかと思ってしまう。それ程の差が2人にはあった。
「ミナミ。」
「はっ、はいっ!!」
唐突に呼ばれたので声が裏返ってしまった。誰もいないからいいけど恥ずかしいなぁ。
「勝負がついたからアタシはもう戻らないといけないけどカエデを頼むわね。カエデは頭に血が上りやすいからさ。それでも頭が良いから冷静に振舞ってるように見えるけど本当は全然冷静じゃない。カエデが道を間違える時はいっぱいあるわ。だからカエデが道を間違えそうになった時はミナミが叱ってあげてね。」
この一瞬だけは楓さんの身体ではなくブルドガング本人の身体のように見えた。本物のブルドガングの顔に見えたのだ。本気でブルドガングは楓さんの事を想っている気持ちが伝わった。
「うんっ!私に任せて!楓さんは大切な友達だからっ!」
「フフ、ありがと。じゃーー」
「ブルドガングもだからねっ!」
「え…?」
「ブルドガングも私の大切な友達だよ。」
綺麗で神秘的なオッドアイの瞳が、驚いたように私を見つめている。少しの沈黙の後、その瞳に柔らかさが宿りブルドガングが口を開く。
「…友達か。なんか嬉しいな。ありがとミナミ。」
年相応の素敵な笑顔でブルドガングは消えていった。
口から出まかせを言ったわけではない。本当にそう思ったから言ったんだ。剣帝なんて呼ばれてるブルドガングに、使用者でもない私が気軽に友達なんて言ったら失礼かもしれないけど私は彼女と友達になりたかった。だから失礼を承知で言ってしまった。彼女が笑顔の通りに喜んでくれていたら嬉しいな。
「…ふぅ。呆気なかったわね。」
楓さんが松嶋の元へと近づく。トドメを刺すのだろうか。
だが楓さんはゼーゲンを引き抜くわけではなくそのまま動きを止めた。
そしてーー
「…美波ちゃん、私は甘いかしら?こんな奴でも女に対しては殺す事を躊躇ってしまう。男だったら躊躇ったりしないんだけどね。」
「無理に命を奪う事はないと思います。私は甘いなんて思いません。楓さんの思う通りでいいと思います。」
「ありがとう美波ちゃん。じゃあ見逃してもいいかしら?」
「はいっ!」
「ウフフ。 さて、随分と遅れちゃったわね。タロウさんとアリスちゃんを探しに行きましょうか。」
「そうですねっ!」
アルティメット同士の戦いは楓さんの圧勝で幕を閉じた。まだ日付が変わるまで半日近く残ってはいるが楓さんも私もアルティメットは一回ずつ使える。何とか乗り切れると思う。
早く合流したいという焦る気持ちを抑えながらこの場を後にした。
この時の私は物事を甘く考えていた。楓さんがいれば楽勝って安易な考えを持っていた。
ーーだがそれが大きな間違いである事を私はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます