第65話 私にできること

「ここは…ミニイベントでタロウさんと来た所よね…?」


私が転送された場所は東京のような場所だ。だが私の知っている東京ではない。戦争や災害でもあったかのように荒れ果てている。間違いない。この廃墟の感じはミニイベントで来たエリアだ。5回目のイベントで同じエリアに当たるという事はエリア数は少ないのだろうか。


「あら?じゃあ美波ちゃんはこのエリアは経験済みなのね。」


背後から声をかけられたのでビクッとしながら振り向くとそこには楓さんがいた。


「楓さんっ!」


「ウフフ、理想的な編成になったみたいね。」


「理想的…ですか…?」


「ええ。みんなが不安になるから言わなかったけど、私と美波ちゃんが一緒にならなかったら結構マズかったわ。アルティメットの能力も把握してない美波ちゃんと、回復担当のアリスちゃんが組んだら戦力的に相当苦しくなる。美波ちゃんとタロウさんが組んでも同様よ。それぞれ1回ずつしかアルティメットを使えないんだから大変な事になりかねない。これは賭けだったわ。」


全然そんな事考えていなかった。アルタール部屋で楓さんから《剣帝の魂》を貰って私は有頂天になっていた。

タロウさんはアルティメットを持っているし、アリスちゃんは貴重な回復役、楓さんに至ってはアルティメットにゼーゲンまである上に”闘神”だ。私だけなんの役にも立ってない。そんな中でアルティメットが手に入って戦力になれる自分に興奮していた。

私の考えは足りなかった。アルティメットを持ったとしても私はタロウさんや楓さんより強くなれるわけではない。もっと考えないといけない。私ができる事を、私だけができる武器を見つけないと。


「すみません…私はそんな事何にも考えていませんでした…」


「謝る事は無いわ。それに考えたってどうにもならない事なんだから。考えなきゃいけないのはここからよ。私たちが無事にタロウさんたちと合流できるようにね。」


「はいっ!」


「ウフフ。さて、2人を見つけましょうか。」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






イベントが始まり6時間が経過し、現在の時刻はお昼の12時を回った。

恐ろしい事にまだ誰とも遭遇していない。休み休み移動をしているけど20km以上は確実に歩いている。それなのにプレイヤーにもゾルダートにも出会わないというのがどうも腑に落ちない。そんなにこのエリアは広いのだろうか。今までは1つの拠点からあまり動かなかったからエリアの広さがイマイチわからない。


「もうお昼ね。休憩して食事にしましょうか。」


「え…?でも…こんなに休んでてもいいんでしょうか…?」


開始から6時間も経過しているのにタロウさんたちと合流できていない。それなのに休んでしまう事がすごく悪い事だと思ってしまう。2人は窮地に立たされているかもしれないと想像するだけで居ても立っても居られなくなる。


「美波ちゃん、心配な気持ちはわかるわ。でも私たちが体力を消耗して窮地に立たされてしまう事になったら本末転倒よ。私たちが負けない事を大前提で考えなければかえって2人の迷惑になってしまうわ。だから休む事も大事よ。ね?」


「…そうですねっ。すみません、気持ちばっかり焦っちゃって…」


「ううん、美波ちゃんの気持ちは凄くわかるから。私だって2人が心配。早く合流しなくちゃって焦ってるわ。でも美波ちゃんを守るのも私の役目。焦って美波ちゃんを危険に晒すわけにはいかない。だから冷静になれるの。」


「楓さん…」


楓さんはすごく優しい。常にみんなの事を考えている。

私も楓さんの助けになれるようにしなくちゃ。先を考えるんだ。誰よりも一歩先を考えられるようにするんだ。


「じゃあ食事にしましょう!ラウムの中を確認してなかったけど何が入ってるのかしら。」


「そういえば剣を出しただけで見てなかったですね。確認してみましょうか。」


ーーラウムを開いて中を確認する。


前回と同様の物しか入ってなかったが中身は十分すぎるだろう。食事は3日分ぐらいはあるし、飲料も水とお茶、それにジュースまである。十分に3日は過ごせるだろう。


「私の中身は前回と変わっていませんでした。楓さんはどうでしたか?」


「私の中身は、空間転移トイレと空間転移シャワー室というのが増えていたわ。」


えっ…?なにそれ…トイレとシャワー室を持ってるって事?羨ましい。


「それってトイレとシャワー室があるって事ですか?」


「どうかしら?ちょっと使ってみるわね。」


楓さんがラウムに手を入れると電話ボックスみたいな物が突如現れた。曇りガラスみたいになっているので中は確認できない。


「空間転移トイレというのを出して見たんだけど…とりあえず入ってみるわね。」


「ええっ!?だ、大丈夫でしょうか!?入ったら出られなくなったりしませんか!?」


「もし罠だったら叩き斬って出てくるから心配いらないわ。それにトイレに行きたいし…女の子なんだから外でするのは嫌よね。」


「そ、それはそうですけど…気をつけて下さいねっ!」


楓さんがニコッと笑って怪しげな箱の中に入って行く

ーーが、入ったと同時にすぐに出て来た。


「ど、どうしました!?」


「中は普通に綺麗なトイレだったわよ!快適だったからスッキリしたわ。美波ちゃんも使ったら?」


「えっ?もう終わったんですか?だって…1秒と経たずに楓さんは出て来ましたよ…?」


「え…?怪しい所がないか用心しながらだったから随分時間を使ったわよ…?」


「あ…空間転移って事ですから時間の流れが違うんじゃないでしょうか?トイレに入ってる時に敵に襲われても大丈夫なように。」


「なるほど、合点が行くわね。これは随分と便利なアイテムね。シャワー室も同じ原理って事でしょ。」


「ラウムの中身は個々の戦功によるって事ですからそれだけ楓さんの戦功がすごいって事ですよっ!」


「ウフフ、それでみんなの為になるのなら嬉しい限りだわ。美波ちゃんも使ってらっしゃい。」


「じゃあお言葉に甘えて使わせて頂きますっ!」


私も空間転移トイレに入ってみる。

中はすごく綺麗だった。一面大理石でできていて、手を洗う所もあるし鏡もある。


「うわぁ…!ウォシュレットまで付いてる…!楓さんに本当に感謝だねっ!」



少しのんびりとトイレを使わせてもらってから私は外へ出た。



「本当に入ったと同時に出てくるのね…これは凄いわね。」


「ありがとうございましたっ!スッキリしましたっ!」


「美波ちゃんに喜んでもらえたなら良かったわ。じゃあ食事にしましょうか。できればテーブルで食べたいわね。美波ちゃん、足が随分疲れてるでしょ?」


「正直結構痛いですね…楓さんは大丈夫なんですか?」


「私は全然疲れてないわ。ゼーゲンで身体能力が強化されているから体力が大幅に上昇しているのよ。」


「ゼーゲンってすごいですね…!」


「ちょっと待ってて。あのデパートのカフェが無事か見て来るから。」


「それなら私も行きますよ…って、うえっ…!?」


突如として楓さんの背中から翼が生える。その純白さ、神々しさはまるで天使の翼のようだ。私は楓さんのあまりの美しさに声も出なかった。


楓さんはその美しい翼を羽ばたかせ飛翔するとあっという間に上空100m程の高さにまで到達する。

デパートの室内を覗き込み、周囲の様子を見渡したところで地上へ降りてきた。


「カフェの中にテーブルがあったわ。そこで食事にしましょうか。」


「な、な、な、なんですかその翼は!?」


「これ?これはエンゲルっていう特殊装備らしいわ。前回のトート・ツヴィンゲンで手に入れたの。」


楓さんの美貌でそんな翼まで生やしてしまったらもう女神にしか見えない。


「あまりにも美しいので見入っちゃいました…女の私でも魅了されそうです。」


「ウフフ、ありがとう。でも食事はもう少し後になりそうね。周囲を見渡してみたら近くに4人組のプレイヤーが歩いていたわ。時期に私たちと鉢合うわね。」


「プレイヤーですか…!」


とうとうプレイヤーと遭遇したんだ。負けないようにしないと…!


「でもゾルダートの姿は見えなかったわ。彼らはエフェクトが常時発動しているからすぐにわかる。上空からかなり遠くまで見えたけど全くエフェクトは見えなかった。300もいるのにここまで遭遇しないって事はタロウさんたちが大量に遭遇している可能性はあるわよね。」


「そ、そんなっ…!?」


「大丈夫。タロウさんがゾルダートなんかに負けるはずない。信じましょう。」


「…はいっ!タロウさんはそんなヤワな人じゃありませんっ!それにアリスちゃんも付いてるんですからっ!」


そうよ、タロウさんが負けるはずがない。あの人は不可能だって可能にするすごい人なんだからっ!!


「さてと、お出ましのようね。一気に蹴散らすわよ。」

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