第45話 結城アリス

私は神様なんて信じない。もし本当に神様がいるならどうしてこんなにも私を苦しめるのだろう。どうしてお父さんとお母さんを私から奪ったのだろう。

私の両親は私が小学校3年生の時に亡くなった。家族で遊園地に行った帰りに飲酒運転の車に跳ねられて即死だった。私だけが助かった。ううん、お父さんとお母さんが私を歩道へと突き飛ばして助けてくれた。


ーーそれからが地獄の始まりだった。


両親の葬儀の時にお父さんの会社の人たちが私をどうするのか相談をしていた。私には身寄りが無い。私のお母さんはアメリカ人だった。お母さんは親の反対を押し切ってお父さんと結婚したらしいのでお母さんの親類には連絡が取れなかった。お父さんの両親は早くに亡くなったみたいなので私を引き取る人は誰もいない。私は施設に行く事を覚悟していた。


ーーだけどここで救いが来た。


お父さんの姉と名乗る人が葬儀に現れたのだ。私にとっての伯母さん。そんな人がいるなんて知らなかった。伯母さんは私にとても優しい言葉をかけてくれた。辛かったね、大丈夫だよ、私がアリスちゃんを引き取るから、そう言って私を抱き締めてくれた。私は涙を流した。お父さんとお母さんが死んでしまって悲しくて、苦しくて仕方なかったけれど、施設に行くのが怖くて仕方なかったけれど、伯母さんが私を救ってくれた。私は伯母さんに心から感謝をした。私は神様に心から感謝をした。


ーーでもそれは大きな間違いだった。


伯母さんは私にとても優しくしてくれた。伯母さんと籍を入れていない伯父さんもいたけど2人とも私にとても優しくしてくれた。お父さんとお母さんはいなくなってしまったけど私は幸せだった。


ーーその日が来るまでは。


小学5年生になってしばらく経った時に私が学校から帰ると伯母さんたちが家にいた。いつもは夜までどこかに行っているのだがその日は家にいた。私が話しかけても2人は無言だった。私は変だなと思いながらもいつものようにテレビを付けた時だったーー

背中に激しい衝撃が起きた。少し遅れながら痛みも現れた。何事が起きたのかと振り返ると鬼のような形相で伯母が私を見下ろしている。私は何が起きているのか理解できずにいると伯母が追い打ちをかけて私を蹴りあげてきた。私は亀のように丸くなって耐えるしか無かった。


ーーそれからが地獄の始まりだった。


私は伯母と伯父から毎日暴行されるようになった。殴られ、蹴られ、叩かれ、それが毎日だった。でもそれが露見する事は無かった。伯母たちは私の顔を絶対に殴る事はしなかったし、水着で肌が露出する時期には見えないところのみを狙っていた。伯母は外面が良かった。私にはスマートフォンを持たせているし、運動会や保護者会の集まりにもきちんと参加をする。そんな計算高い人間であった。

一番苦しかったのは真冬に裸で3時間ベランダに出された時だった。あの時は死を覚悟した。でも死ねなかった。

何度も自殺をしようと考えた。お父さんとお母さんのところに行きたい、楽になりたい、そう願って自殺を試みたができなかった。私には勇気が無かった。死ぬのが怖かった。


小学6年生になった時に私は伯母の魂胆に気づいた。伯母が私を引き取ったのは両親の保険金が目当てだったのだ。そしてそれを一年足らずでギャンブルで全て使い果たした。不要になった私はストレス発散の道具にしたのだ。


そんな事が続くある日、家に帰らずに公園でスマートフォンを弄っていたら気になるバナーが現れた。


『あなたの歴史を変えませんか?』


私は妙にその文言に惹かれてしまいバナーをタップしてしまった。するとアプリのダウンロードが強制的に始まった。私は焦った。高額請求なんてされたら私は伯母からどのような目に合わされるかわからない。本当に殺されてしまうかもしれない。怖くてしかたがなかった。

だがそんな心配は杞憂にすぎなかった。この”俺'sヒストリー”というアプリは私の想像を遥かに超えるようなものだった。


ダウンロードが終わりアプリを開いてみると急に辺りが暗くなった。暗いというより何も見えない真っ暗な空間に私はいた。私は恐怖を感じ、取り乱しそうになった時に闇の中から仮面をつけたナニカが現れた。あまりの事に心臓が止まりそうになったが逆に冷静になる事ができた。そしてその仮面のナニカ…ツヴァイというらしいが、そのツヴァイが私にこのアプリについての説明を始めた。どうやらこのアプリは歴史を変える事ができるらしい。でもいくら私が子供だからといってもそんな事を鵜呑みにするわけがない。この空間もきっとVRを使ったものなのだろう。遅くならない内に帰らないと伯母からいつも以上の仕打ちを受ける事になるので帰ろうとした時にツヴァイが、私にチュートリアルというものをやらせる為に空間を移した。

そのチュートリアルの内容は私にこのアプリが本物であると証明するには十分な内容だった。私は信じられなかった。こんな漫画のような事が本当に起こるなんて。そしてそれと同時に私には希望が生まれた。お父さんとお母さんを助けられるかもしれない。事故を無かった事にできるかもしれない。私の心は久しぶりに幸せな気持ちになれた。そして現実へと戻った私は希望を持って家に帰る事ができた。


ーー本当の地獄が待っている事も知らずに。


家のドアを開けると知らない靴が二足置いてある。誰かが来ているのだろうか。すると奥から伯母が足早に現れる。


「アリスー!遅いじゃない。ほら、早く来なさいー!」


気持ちの悪い猫なで声で私を呼ぶ。顔には卑しい笑みを浮かべているので碌な事ではない事が容易に想像できる。だが私に抗う術は無い。伯母の機嫌を損ねないように伯母の部屋へと向かった。

部屋に入ると知らない男が2人いる。1人は見るからに危険そうな男だ。スーツ姿で色のついた眼鏡をかけている。スーツといっても普通の人が着るようなものではない。眼鏡も金縁の茶色ものだ。伯父も風貌が普通の人ではないが伯父なんかとは訳が違う。明らかにその筋の人間だ。

そしてもう1人は生理的に受け付けない小太りの中年のおじさんだ。一見この中ではまともに見えるがそれは上辺だけで目からは何とも言えない悍ましさが滲み出ている。


「うっふっふー!本当に金髪に青い目をしているんですねぇー!顔も申し分無い…いや、それ以上です!こんなに可愛い子は滅多にいないでしょう!」


中年の男がいやらしい目つきで私を見る。その表情を見るだけで吐き気がこみ上げてくる。


「お気に召していただけたようで何よりです!贔屓目無しにアリス程のルックスを持ってる女はなかなかおりませんよ!」


「わかります、わかります!いやぁ、ハーフの子は初めてですねぇ。いや、ハーフとかじゃないですね、こんな可愛い子は初めてです。2度とお目にかかれないかもしれませんねぇ!」


「じゃあ…!」


「ええ、お約束通りに!」


「ありがとうございます!」


何の話をしているのだろう。すごく嫌な予感がする。


「伯母さん…あのーー」

「アリスー!この方はね、沼田さんといって資産家のすごい方なのよ。それでね、今日からアリスはこの沼田さんのお家に行くの。」


「…は?どういう意味ですか…?」


「あ、お家に行くって言ってもね、1ヶ月だけだから安心してちょうだい。そうすれば帰って来られるから。」


「何を…言って…るんですか…?」


「んー?あ、何をするかって事?まぁ…それはね、わかるでしょ?アハハ!」


「いやっ…!いやです!!そんな事できるわけない!!!」


「アリスッ!!!いいからお前は私の言う事聞きゃァいいんだ!!!」


私が拒絶をすると伯母が烈火の如く怒り狂い私に詰め寄って来る。だがその時ーー


「おい、まァ待てよ。」


それまで沈黙を続けてきた人相の悪い男が口を開く。それと同時に伯母がピタリと足を止め叱られた子供のように体を縮こませる。


「なァ嬢ちゃん。お前の伯母さんと伯父さんはよ、俺に借金してんだよ。500万もな。借りたモンは返す、当たり前の事だろ?でもよ、見ての通りコイツらには金がねぇ。でもよ、この沼田ってオッさんがお前を買ってくれるってんだよ。お前はよ、伯母さんと伯父さんに世話ンなったんだろ?親の死んじまったお前を育ててくれたんだろ?ならよ、その恩を返すってぇのが筋じゃねぇか?」


筋…?筋って何…?世話になった?勝手な事を言うな。この人たちに世話になんてなっていない。大事なお父さんとお母さんのお金まで使われ、酷い目にも合わされているのに何が筋だ。ふざけるな。


「流石は宇山さんだ、良い事を言いますね。おい、アリス!沼田さんは経験豊富なんだぞ?そんな人がお前の初めてをもらってくれるんだ、ありがたい事だろう。」


「ハッ、経験豊富ねぇ。コイツは筋金入りの変態なだけだろ。」


「酷いですねぇ、宇山さんは。私は紳士ですよ。アリスちゃん、安心してね。おじさんが色々教えてあげるから。ぐふふ。」


「アハハハハ!アリス、良かったねぇ。でも大丈夫さ。痛いのは最初だけ。むしろすぐ気持ち良くなっちゃうんじゃないのかい?アハハハハ!」


狂ってる…ここにいる奴らはみんな狂ってる…逃げなきゃ…逃げなきゃ…


私は一目散に玄関へと駆け出し裸足で外に逃げ出した。


「アリスゥ!!!待て!!!お前ェ!!!そんな事してどうなるかわかってんだろうなァァァ!?」


伯母が狂ったような怒声を上げて私を追いかけて来る。


私は振り返らずに懸命に逃げる。


だが体格や体力で劣る私と伯母との距離はどんどん縮まる。


そして右肩を掴まれ私の心を絶望が包み込んだ時だったーー

















急に視界が捻じ曲がり反射的に目を瞑ってしまう。瞑った目を開けると景色が変わっている事に気付く。後ろを振り返ってみても伯母の姿は無い。ここは一体…?


ーーその時、スマートフォンの通知音が鳴り響く。


その音に心臓が止まるかと思うぐらい驚いてしまった。

きっと伯母からだ。私は恐る恐る何が書いてあるのか確認しようとスマートフォンを開く。だがその通知は伯母からではなかった。



『お疲れ様です。俺'sヒストリー運営事務局です。只今より孤島エリアのトート・ツヴィンゲンを開催致します。前回のお知らせと重複しますが、期間は最低1日、20組以下のプレイヤーになるまで終了は致しません。それでは皆様の御武運を祈っております。』




「俺'sヒストリー…?ここはゲームの世界って事…?」

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