3-22 供述その1

 少し時間はさかのぼって……


 玄関チャイムの音で目が覚めた泰恵は、すぐには起き上がらず惰眠をむさぼっていた。

 訪ねて来た男性はどうやら恵里菜の友人のようだが、何かキナ臭さを感じた。恵里菜自身もそれを感じとっている様子だった。

「箕面の山にサルでも見に行かへんか」という声が耳に入った。しばらくして恵里菜は一旦ドアを閉めて部屋に入った。泰恵は狸寝入りを決め込んで様子を伺った。そして恵里菜が外出すると、すぐさま九部に連絡を入れた。

「藍衣恵里菜の母です。恵里菜が『シゲやん』とかいう男と箕面の滝の方まで車で出かけたんですけど、様子がおかしいので、見て来ていただけませんか?」

 泰恵からの連絡を受けて、九部は泉博嗣刑事に連絡し、泉の運転する車で箕面の滝まで急行した。滝の上にある駐車場に車を停めると、数百メートル先に恵里菜と久利三が並んで歩いているのが見えた。

「よし、九部君、尾行するで!」

「はい!」

 彼らは駆け足で久利三たちに近づき、数十メートル程の距離まで接近したところで歩を緩め、こっそりとあとをつけた。

 滝面の見えるところで恵里菜たちは立ち止まって何やら話し出したが、久利三が急に恵里菜の首筋にナイフを突き付けたのを見て目の玉が飛び出そうになった。

「まずい、お前ら、急いで取り押さえろ!」

 泉刑事に命じられて警官たちが動くよりも先に、九部が持っていたルービックキューブを久利三めがけて思い切り投げつけた。そして見事命中し、ルービックキューブは砕け散った。久利三は取り押さえられ、豊中警察署まで連行されて行った。


      †


 逮捕された久利三は抵抗することなく、素直に取調べに応じた。ところがその供述内容は、マジックミラー越しに取調べの様子を見ていた恵里菜たちを震撼させるものだった。


「杉本由佳は……僕が殺したんです」


「……どういう事やねん。ちゃんと説明してくれ」

 取調官の促しに応じて久利三は自供を始めた。


 ある日、久利三の下校時、靴箱に妙な封筒が入っているのに気がついた。不審に思って中身を開けてみると、パソコンで作成したらしい一枚の文書が入っていた。そこにはこう書かれていた。


──杉本由佳にはお前の知らない秘密がある。知りたかったら、今晩七時に西梅田のホテル『セレブレイト』へ来い。面白いものを見せてやる──


 久利三は誰かのイタズラかと思ったが、時間が経つにつれ気になって来た。LINEで「ちょっと会えないかな」とメッセージを送ると、「ごめん、これから用事がある」との返事。ますます気になって、結局久利三は西梅田のホテル・セレブレイトへと出かけた。ロビーのソファに腰掛けてしばらく待っていたが、七時になってもこれと言って何かが起こる様子もない。それでも三十分まで待って何も起こらないのを見届けると、久利三は踵を返して帰ろうとした。

 ……と、その時である。恰幅の良い紳士と一緒に若い女性が一緒にエントランスに来るのが見えた。次の瞬間、久利三は我が目を疑った。何とその女性は……恋人の杉本由佳だった!

「由佳!」

「成男!?」

 連れの男は何が起こっているのか直ちに察知し硬直していたが、すぐに気を取直してこう言った。

「……話し合った方が良さそうですね。上に部屋を取ってあるから君も一緒に来なさい」

 そうして久利三が案内されたのは、無駄に広々としたスイートルームだった。

「あの……まず由佳と二人だけで話したいので、あなたは別室で待ってもらえますか?」

 その男、日野原は久利三の言う通りにして、小部屋にしばらく引きこもった。

「あの……あたし……」

「あの男と援助交際していた、そうやろ」

「もう……やめようと思ってたの。成男にも正直に打ち明けて、謝ろうってずっと思ってた」

「正直に打ち明けて、謝って、それで済む問題かよ?」

「じゃあ、どうすればいいの? どうやって償ったらいいの?」

「わかんないよ、俺にも! 何でこんなことになるんだよ!」

 久利三自身、気持ちをどこに持っていけば良いか訳わからなくなっていた。そのタイミングを見計らってか、日野原が部屋から出て来た。

「もう話は済みましたか」

「……」

 久利三も由佳も何も言わなかった。日野原は構わずに二人の間に入り腰を落ち着けた。

「私がこんなことを言えた柄ではありませんが、君もこんな事実を知ってしまっては気持ちも複雑でしょう。これで別れてサッパリしなさい」

 日野原はそう言って分厚い封筒を二つ取り出して、由佳と久利三にそれぞれ一つずつ渡した。

「何の真似ですか、これは」

 久利三が噛みつかんばかりの表情で言った。

「これまでのことは綺麗さっぱり忘れてしまうんです。私たちはお互い知らないし、会ったこともない。いいですね」

「つまり、手切れ金と口止め料と言うわけか。ふざけんな!」

「落ち着きなさい。こんなところでつっぱっても何も得るものはない。素直に金を受け取って新しい人生を歩むことです」

「誰が忘れるか、あんたのことは一生憎み続けてやる!」

 久利三はそう言って日野原に殴りかかった。ところが日野原は逆に久利三を取り押さえ、首に右手を巻きつけて締め上げた。

「う、うぐぐ……」

「残念でしたね。私は学生時代レスリングの選手でして、あなたを締め上げるくらい造作もないことなんですよ。どうやら君は秘密を守るつもりはないみたいなので、消えていただきます」

「は、離せ……」

 久利三は訴えようにも首が絞まって声にならなかった。日野原は久利三の首を絞めたまま持ち上げたので久利三は宙に浮いてもがき続けた。それを見かねた由佳が声を振り絞って叫んだ。

「やめて! 死んじゃう!」

 そして日野原と久利三の間に入って止めようとした。

「く、来るな!」

 久利三はそう言おうとしたが声にならない。

 由佳は体を張って日野原の暴挙を阻止しようと試みた。

 ところが運悪く、久利三がバタつかせている足に当たり、蹴飛ばされてしまった。その反動で激しく後ろ向きに転倒し、後頭部が机の角に衝突した。その瞬間、由佳は動かなくなってしまった。日野原は異変に気づき、久利三を手放した。そして由佳の側に寄った。

「……だめだ、死んでいる」

 ぜえぜえ言いながら呼吸が戻ってきた久利三も由佳に近づいた。

「んなわけねえだろ、ふざけんな!」

 そして久利三は由佳の蘇生を試みたが、ピクリともしない。それで携帯を取り出し、百十九番にダイヤルしようとした。しかし、その手を日野原が抑えた。

「何すんだよ、オッサン!」

「よせ、もう助からない。それよりもこの死体をどうするかだ」

「はあ? この期に及んで自己保身かよ」

「死体を調べられたら困るのは君の方だよ。今の科学警察の技術力を持ってすれば彼女が君に蹴られた反動で転倒し、頭を打ち付けたことぐらいすぐにわかる。状況や成り行きがどうであれ、警察が信用するのは物証だ。つまりこのままでは君の逮捕は免れないということだよ」

 と、その時ドアをノックする音が聞こえた。日野原が久利三に「出ろ」と目で合図を送ったので、久利三はドアを開けた。すると、そこには風見教頭が立っていた。

「教頭先生!? どうしてここに?」

 久利三はそう言って開いた口が塞がらなかった。風見はそれを見てニヤッとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます