3-21 突きつける

 その週末、教育委員長の日野原晋三は教育関係者数名と一緒に兵庫県宝塚市のカントリークラブでゴルフに興じていた。

「フォアー!」

 キャディがよく通る声で叫んだ。ミドルホールでの日野原のティーショット。ドッグレッグの狭いフェアウェイで、OBを避けるためにドライバーを使わず、三番アイアンでティーショットを打った。しかし、手元が狂ってシャンク、すなわち大きく右に曲がってしまい茂みの中に入って行った。

「お客さん、一応セーフですけど、あそこに入ると中々見つかりませんよ。二ペナで打ち直しますか?」

「いや、探して来ますよ。ああ、僕が自分で探しますから大丈夫です」

 同じパーティーの面々が一通りティーショットを打ち終わると、日野原はボールを探しに茂みに入って行った。

「無難に小さく……その消極姿勢が裏目に出てしまいましたな」

 いきなり声をかけられて驚いた日野原が振り返ると、そこに信弘が立っていた。

「はて、どこのどなたでしょうか? 一見したところゴルフをしに来たようではなさそうだが」

「私は府警本部機動捜査隊の泉信弘というモンですが、いやあ、あなた、お忙しい方や。こうして二人きりで話せる機会を見つけるのに苦労しましたよ」

「機捜の方が私に何の用でしょうか」

「お互い時間もないので手短に話しましょう。日野原さん、あなたは以前女子高生とお金を払って付き合っていた、所謂援助交際をしていましたね。そのお相手が殺人事件の被害者となってお亡くなりになっている。もちろんそのことはご存知ですよね」

「ほう、いきなり何を言い出すかと思えば、根も葉もない中傷ですか。私は府警の上層部とも知己があるので、あまりくどいようなら訴えさせてていただきますよ」

「もちろん、証拠もなしにこんなこと言いません。これを見て下さい」

 信弘はポケットから数枚の写真を取り出して見せた。九部たちが風見のパソコンから抜き出した、日野原と杉本由佳のツーショット画像であった。

「これが何だと仰るのですか。一人の高校生から相談を受けたのでそれに乗っただけですよ。妙な勘繰りはやめていただきたい」

「一体どこに盛り場で青少年の相談に乗る教育者がいるんですか。日野原さん、苦しい言い訳はやめましょうや。それより取引しませんか。援助交際は五年で時効となります。もしあなたが杉本由佳死亡の真相について知っていることを話して下さったら……時効の日まで買春の罪については問いません」

「話すも何も、私は何も知らない」

 その時、フェアウェイの方からキャディが声をかけてきた。

「お客さん、どうされましたか。ボールは見つかりましたか?」

「ああ、随分探したけど見つからないので打ち直しますよ」

 そうキャディに告げてから日野原は信弘に向き直って言った。「そういうことで、お引き取り下さい。そして……二度と私の前に現れませんように」

 そのように、紳士的な口調ではあるがきつく釘刺すように言い残して、日野原は信弘に背を向けてファアウェイへ戻って行った。


      †


 その頃、恵里菜は久々の朝寝坊をして頭がボーッとする中、ブランチの準備をしていた。母親の泰恵はまだ布団の中で寝ている。そんな最中、チャイムが鳴ったので、恵里菜は玄関まで出て行った。

「ちょっと美紅ちゃん、もう宅配便を装って来るのはやめて……」

 と言いかけてドアを開けてみると、そこにいたのは美紅ではなく、久利三成男だった。

「よお!」

「え、シゲやん? 珍しいやん、ウチまで来るなんて」

「な、箕面の山にサルでも見に行かへんか?」

「何で私があんたとサル見に行かなあかんねん」

「レンタカー借りたんやけど、一緒にドライブ行くほどヒマな人間てお前くらいしか思いつかんかったんや」

「失礼なこと言わんとって。私やってヒマちゃうわ。まあええ、丁度良かった。私もあんたと話したいことがあるんや。支度するからちょっと待っててや」

 そうして恵里菜は用意した朝食に「友達と箕面の山に行って来ます。朝食食べておいて下さい」と置き手紙を添えて家を出た。


 久利三の運転する車は滝壺まで歩いて降りて十分ほどの場所にある駐車場に入った。二人が車を降りると、早速サルがそこら中にたむろしているのが見えた。それを見ながら久利三が言った。

「知ってるか、箕面のサルは小銭拾うと自販機でジュース買うんやで」

「まさか、ただの都市伝説やろ」

「試してみるか?」

「試していらん、興味ないわ」

「……ノリ悪いなぁ。じゃ、滝の上の方行ってみるか。お前、行ったことないやろ」

「うん」

 そして久利三が進んで行ったのは、人気のない山道だった。と言うより、けもの道と言った方が良いかもしれない。そして間も無く滝の落ち口が見えて来た。

「ホンマに人っ子ひとりおれへんなあ。ここやったら何喋っても聞く人おらん」

「恵里菜。お前、話したいことあるって言うとったな。何や、言うてみぃ」

 久利三は笑顔こそ絶やさなかったが、やや挑戦的な物言いだった。

「シゲやん、あんたが昔付き合うてた〝ユカ〟って杉本由佳のことやろ。服部緑地で死体で発見された……」

「ああ、そうや。どうせ麻衣子から全部聞いたんやろ。そら俺も彼女が殺されて、しかもウリやってたなんて後で分かってショックやったで。そやけど俺もこうして今は立ち直って前向きに生きとるんや。麻衣子からあんな風に薄情モン呼ばわりされる筋合いはないで」

 久利三がそう話すと、恵里菜はフフンと冷笑した。

「恵里菜、何が可笑しいんや」

「由佳さんが援助交際してるって後で分かった? ウソ丸出しやん」

「ウソ丸出し?」

「そうや。由佳さんが援助交際していた相手は教育委員長の日野原晋三。当たり前やけど、教育委員長が女子高生を買春していたなんて大スキャンダルや。ところが長学の風見教頭はその事実を掴んでいた。風見は教育改善計画を巡って日野原とは対立関係にあった。おそらく事が公になるのを恐れた日野原は口封じに由佳さんを消したんやないか。風見はそれにつけ込んで教育改善計画を認めさせる代償として、殺人の偽装工作を買って出た。風見としては邪魔者である小島忠先生に罪をなすりつける事も出来て一石二鳥やった。そして……シゲやん、あんたもその工作の一翼を担っていた……」

 すると、今度は久利三の方が高笑いした。

「アッハッハ! 二時間サスペンスでもありえへんほど、お前の言ってることは全く的外れや。由佳は俺の彼女やったんやで。何が悲しゅうて殺された彼女の偽装工作の手助けをせなあかんのや」

「そんな理由ナンボでも浮かんでくるわ。恐らく風見に何か弱味でも握られとったんちゃうか」

「法学部の学生の癖に憶測で物言うなや。何を根拠に言うてんねん」

「根拠は……これや!」

 恵里菜はプリントアウトされた一枚のA4の紙切れを取り出して見せた。それを見た久利三はさっと顔色を変えた。そこにはこのように書いてあった。


【秘密保持誓約書】

・日野原晋三(以下、甲とする)、風見(以下、乙とする)、久利三成男(以下、丙とする)は、甲および乙と杉本由佳との関係性およびその間にあった出来事について、知っている事また今後知り得る事を第三者に口外しないことを誓う。

・万が一誓いを破れば、血を持って償う事を約束する。

【三人の自筆署名と血判】


「お前、これをどこで手に入れたんや」

「どこでもええやん。さあ、これはどう説明する?」

 すると久利三はまたもや笑い出した。

「お前ら、風見教頭のパソコン探ってたらしいな。バレバレやったで。頼まれたんや、お前がパソコンから何を見つけたか探り出せとな。そしたら……一番見たらあかんもん見てもうたな。悪いけど、このまま生かして帰すわけにはいかん」

 恵里菜は旗色が変わって一瞬怯んだ。その隙を突いて久利三が彼女の背後に回り、羽交い締めにしてナイフを彼女の首筋に当てた。

「や、やめて……」

「悪いな。そやけどお前は知り過ぎたんや。死体は川に浮かべとくから、ふやけてサルのエサにでもなれ」

 久利三のナイフを握る手に力が入る。万事休すと恵里菜が思った時……。


 カシャーン!


 何かが飛んで来て久利三の顔面に命中した。それはルービックキューブだった。久利三の顔にぶつかった後、部品がバラバラに砕け散り、破片が川面に舞い落ちた。

「藍衣先生!」

 九部が駆け寄って来た。そして久利三に向かって思い切りタックルした。久利三の手からナイフが転げ落ち、それを九部が拾って川に投げ捨てた。

 その後、豊中警察署の泉博嗣刑事が数名の警官を連れて駆けつけて来た。そして泉刑事は久利三に手錠を掛けた。

「久利三成男! 殺人未遂罪の現行犯で逮捕する!」

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