3-19 翔

 恵里菜が曽根崎警察署の取調室で待機していると、見覚えのある捜査官が入室して来た。

「あら? あなたは……」

「藍衣さん、お久しぶりですね。生活安全課の平良あきです」


 平良あき巡査長……読者の皆さんはこの名前を覚えておいでだろうか。セレクトショップ「メディオラヌム」の防犯映像に映っていた四人の内、C子と名付けられた私服警官である。


「何だかもう、今度はこんな形で厄介になってもうて、穴があったら入りたいって言うか……」

「いえいえ。藍衣さん、事情をお話し下さいますか?」

 そこで恵里菜は小島祥平の行方を探っていたことを話した。もちろん、高校生たちが協力して動いていたことは伏せながら……。

「なるほどですね。……まあ、今回はなかったことにしますので、今後はあまり目立たないようになさって下さいね」

「……え? でも私、刑事さんたちに暴行したのは事実ですけど、いいんですか?」

「ここだけの話、あの刑事たち、結構男尊女卑な考えの持ち主で、女ごときにコテンパンにされたなんて表沙汰にしたくないみたいなんですよ。それに、例のあの人も手を回してくれたんで、お礼言っておいて下さい」

「あの人?」

 恵里菜がそう言った時、一人の男が入室して来た。府警本部機動捜査隊長、泉信弘だった。

「……泉さん!」

「もぉ……カンニンやで。この前のお母さんの時はまだ本部のことやったからええけど、所轄の捜査に口挟んだら色々と面倒なんや」

「いつも、いつもすみません」

「取り敢えず、ここでは何やから、みんなで美味いもんでも食いながら話そうや」


      †


 ホストクラブでそこそこの金額をはたいたばかりなので、安くて沢山食べられる店を……との共通の認識で、四人の女たちと祥平と信弘の計六人は東梅田にある餃子の王将に移動した。席に着くと恵里菜が素朴な疑問を口にした。

「あの、……祥平君、お店には何も言わなくていいの?」

「警察が来たら逃げろって言われてるんです。捕まっても店との関係は否定せえって。店も俺との雇用関係は否定する筈です。だから、取締の日はそれさえ守れば何やってもいいんです」

「えーっ、ヒドイ条件やなあ。何でそんな仕事してたん?」

「時給高いし、身分が問われませんからね。そのかわり逮捕された時は自己責任という契約です。大阪市条例で風俗店の客引きが禁止されてから取り締まりがきっつうなって、そういう条件の求人出しとるんです。マトモやないですけど、募集かけたら俺みたいな風来坊がワンサカ群がって来よるんです」

 恵里菜たち女性陣は祥平の語る事に耳を傾けていたが、母親の範子は息子の語る苦労話に涙ぐんだ。その横で信弘は頃合いを見計らって本題を切り出した。

「ところで祥平君。君はテイクアウェイの女性会員を狙って客引きしてたそうやけど、それは君のお父さんの事件の真相を探るためやと思ってるんやけど、合うてるかな?」


 祥平はしばらく俯いて考えこんだ後、しばらくして重い口を開いた。

「……俺はあの事件の後、高校を辞めて事件について調べて回ってました。父は生前から長学の上層部と確執があることを匂わせとったんで、事件もそれに関わりがあると思ってました。それで何回も服部緑地行って現場を確かめたり、長学の生徒捕まえて話を聞いたりしました。

 その結果、長学の中に杉本由佳と付き合うとった奴がいて、援交相手と二股かけられとったっちゅう噂が流れているということがわかったんです。もう少し詳しく調べよ、思って頌栄女学院の生徒ナンパしてたんやけど、サッパリでした」

 すると範子がツッコミを入れる。

「あんたがナンパなんか出来るわけないやん。ちっちゃい頃から人見知りで……」

「そうやねん。そやけど、このままやあかんと思って……ネットで評判のええホストに頭下げて、どうやったら女を口説けるか教えを請うたんです。最初は足蹴にされて断られたけど、粘りに粘った結果、弟子にしてもらって、結局その店で働くことになったんです。それがホストになるきっかけでした。

 夜は『キングオーナー』でホストとして働きながら、昼は頌栄女学院の生徒で口の軽そうな奴をナンパして情報を探ってたんです。そうしているうちに、一人の生徒からこんな情報を掴みました。

『ウチらの高校、何人か援交やってて、その子らみんな〝テイクアウェイ〟って言う出会いカフェに登録してるって聞いたわ。杉本もそこに会員登録しとったんちゃうかな』と」

「だけん、祥平君はテイクアウェイの女性会員ば狙うて客引きしとったんね」

「そうです。ところがほとんど収穫のないまま、テイクアウェイの店長に見つかって思いっきりボコられて、おまけにキングオーナーにもチクられ、クビになってもうたんです」

「そら災難やったな」

 と恵里菜が軽く相槌を打つ。

「ええ。でも怪我の功名と言いますか、移った店で思わぬ収穫があったんです。それが諸田由美との出会いでした」

 恵里菜がその名前に反応した。

「諸田由美言うたら、長学の母団体博学舎の理事長のこと?」

「はい。後で知りましたが、父とは教育方針を巡って対立関係にある人物でした。当時働いていたホストクラブ『マドラス』に諸田がやって来たのは本当に偶然で、ふと彼女がこう言うのが聞こえてきたんです。

『この店で一番高い酒持ってきて!』

『由美さん、気前いいっすね! 何かあったんですか?』

『ほほほ。上の連中もうまく丸め込めたし、おまけに私の方針に反対し続けていた先生が、うまいこと殺人事件やらかしてくれて……ほら、緑地公園で女子高生の殺人事件あったやろ、あの犯人や』

『……そんな事件ありましたっけ?』

『何や、あんた新聞読んでないんか。接客業やるんやったら新聞ぐらい読んどかなあかんで』

『はいっ! 勉強になります!』

 その時、俺は思いました。このおばちゃん、事件のこと何か知ってるって。それで俺は無理矢理割り込んで諸田の隣に座り、自分を売り込みました。当然先輩ホスト達からはこっ酷く叱られましたが、なりふり構わず諸田に取り入ろうとしました。やがて功を奏して諸田の指名を受けるようになりましたが、先輩達から恨みを買い、『マドラス』から解雇されました」

「え? 未成年がバレてクビになったって聞いたけど……」と恵里菜。

「それは表向きの理由です。何だかんだ難癖つけられて店を追い出されたんです。でも諸田に拾ってもらい、俺は彼女の〝ヒモ〟になったんです。そうやって俺は諸田への本格的なリスニングを開始しました。彼女といる時は出来るだけ酒で酔わせて、警戒心を解かせて話を聞き出していました」

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