3-14 テイクアウェイ

 恵里菜と信弘は南千里から天下茶屋行きの電車に乗った。大阪メトロ堺筋線への相互乗り入れである。そして日本橋で大阪メトロ千日前線に乗り換え、一駅で難波に到着した。とりあえず大阪南署管轄の難波交番を訪ね、駐在の巡査に「テイクアウェイ」という出会いカフェの所在を訊いてみた。

「『テイクアウェイ』ですか……表向きは通常の喫茶店言うことになってますが、未成年の売春の温床になってるのは確かですわ。ネットが盛んになった時代でも、ああいう店は案外繁盛するもんなんですかね、結構長いこと続けてやってますよ」

「場所はどの辺になるんや?」

「南海なんば駅と堺筋線の中間あたりにありますわ。堺筋線に乗って来はったんやったら、乗り換えせんと日本橋で降りたほうが早かったかもしれませんね」

 巡査はプリントアウトしたマップに店の所在地をマークして信弘に手渡した。それを手掛かりに恵里菜と信弘は歩いて行った。難波交番の駐在は日本橋で降りた方が早かったかも、と言ったが、実際歩いてみるとあまりピンと来ない。程なくして到着したのは、〝いかにもそういった店〟が集結したような雑居ビルであり、階段を下りて半地下まで行ったところに「テイクアウェイ」があった。


「いらっしゃいませ」

 マニュアル通り、店員は笑顔で応対しているものの、その目は蛇のように鋭かった。恵里菜のようなハタチそこそこの女性と信弘のような初老の男性。この店で成立するカップルとしては珍しくはないが、初めからカップルでやって来ることはない。

「今日は客として来たわけやない。ちょっと聞きたいことがあるんやけど、店長はんいてるかな?」

 信弘が提示した警察手帳に恐れをなした店員はそそくさと店内に入り、代わりに店長らしき男が現れた。

「店長の松尾です。警察の方とのことですが、何か事件に関わることでしょうか?」

 先程の店員とは打って変わって、この松尾という男は警察慣れしているようで、ドンと構えていた。

「ああ、古い事件に関わることやねんけど、数年前服部緑地で女子高生がレイプ殺人された事件覚えてはりますか? その被害者がこの店の会員やったらしいんですわ」

「あの高校教師が犯人だった事件ですか? 被害者の方がウチの会員だったなんて初めて聞きました」

 知っていたと言えば未成年が登録していたと知っていたことを意味するので、おいそれと認めはしないだろう。しかし、この松尾の様子を見ると、本当に知らなかったのだろうと信弘も恵里菜も思った。

「実は犯人はその高校教師やのうて、他に真犯人がおる可能性が出て来たんですわ。その真犯人は被害者の援助交際相手という線が強まってきて、その相手とはどうやらおたくの店で知り合うたようなんですわ」

「ウチで知り合った……」

 松尾店長が顔をこわばらせると、信弘は苦笑して言った。

「そんな、構えんと。風営法の取り締まりやないんやさかい。ま、そんなわけでその相手が誰か調べとるんですが、当時の会員のリストなんか残ってやしませんやろか」

「申し訳ありませんが、ウチでは過去二年以上前の会員名簿は残っていませんね」

「そうでっか……当時、ここに出入りしていた客に話を聞く方法はないでっしゃろか」

 松尾はしばらく考えて、ふと何かを思いついて言った。

「そう言えば、その頃、ウチの女性会員を狙って客引きしていたホストがいましてクレームになったことがありました。それでその男を捕まえ、締め上げ……いえ、問い質したところ、千日前の『キングオーナー』という店に勤める翔というホストだと言っていました。もしかしたら、その男が当時のお客様のことを何か掴んでいるかもしれません」


 そこで信弘は持っていたマップを松尾店長に手渡し、「キングオーナー」の場所をマークしてもらった。ちなみに千日前は地下鉄難波駅と日本橋駅の中間にある地域で、「テイクアウェイ」から歩いてすぐの距離である。


 ところが、その教えられた雑居ビルに行ってみると、テナントの中に「キングオーナー」の文字はなかった。

「あの店長、嘘ついたんでしょうかね」

「いや、こういう業界は自転車操業やからな。降って湧いては消え、てなことを繰り返しとるんや」

 その時、ビルの中からスタジアムジャンパーを着たチンピラ風の若い男が出てきて、タバコをふかし始めた。そこで信弘はその男に話しかけた。

「ちょっと聞きたいことがあるんやけどな」

 すると男は信弘を睨みつけて言った。

「何やと、オッサン、何上から目線でモノ言うとんのや。なめとったら痛い目あうど」

 男がまともに取り合う様子がなかったので、信弘は仕方なく警察手帳を見せた。

「け、警察!」

 男は急に狼狽した様子を見せた。明らかに後ろめたい事に手を染めている人間の反応だった。

「そないにビビらんでもええ。このビルに以前『キングオーナー』っちゅうホストクラブがあったと思うんやけど、知らんかな」

「『キングオーナー』でっか? いや、聞いたことあらしまへんな……」

 その時、ビルの中からもう一人出てきた。スーツ姿の紳士だった。紳士はチンピラ男に声を掛けた。

「おい柴崎、どないしたんや」

「あ、専務。何かこちらの警察の人が、ここに『キングオーナー』っちゅうホストクラブがなかったかって聞いてるんですが……」

 すると紳士はチンピラに代わって信弘に答えた。

「『キングオーナー』なら確かにここにありましたよ。そこの階段上がったところにアロママッサージの店があるでしょう。そこに前入ってたんですよ」

「そうですか。そこに勤めてたホストを探してるんやけど、おたくはキングオーナーとは何か関わりはありましたか?」

「いや。残念ながらウチとは関わりありませんでしたので。でもホストでしたら、店が潰れても他の店で働いているもんじゃないですか?」

「そらそうやな。いや、ありがとう」

 信弘が一礼すると、紳士とチンピラは再びビルの中へと消えて行った。だが、恵里菜の顔を見ると、彼女の顔が硬直しているのに気がついた。

「藍衣はん、どないしはりました?」

「あ、あの男……」

 恵里菜は震える指先で紳士の消えた方向を指差した。

「あの男が?」

「ウチの親を騙した詐欺です! 三重とかいう名前の……」

 そう言う恵里菜の身体は、いつまでとワナワナと震えが止まらなかった。

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