3-12 面接

「ええと、ホールスタッフ希望ということやけど、君たち高校生やろ。経験はあるの?」

「餃子の王将でバイトしたことはありますが、居酒屋は初めてです」

 近藤が言った。

「飲食店でのバイト経験はありません」

 九部が言った。

 彼らに店長が答えた。

「……なんせウチは飲み屋やからね。酔っ払った客を相手にすることも多いんや。そういう客に腹を立てんとあくまでお客様として接しなあかんのや。君たちにそれが出来るか?」

「「はい、頑張ります」」

「ほんなら、ちょっと履歴書の方預からせてもらおうか……」

 店長は従業員の履歴書を纏めたファイルを書棚から取り出し、机の上に置いた。その時、従業員の一人が慌てた様子で部屋に入って来た。

「店長、クレームの電話なんですけど、替わって頂けませんか?」

「クレーム? まだ開店時間前やで。適当に聞いてハイハイ言うとけや」

「それが、九州弁でえらい剣幕で怒鳴り散らして店長呼べと聞かなくて……」

「しゃあないな。……ごめん、君たち、ちょっとここで待ってもらえるか?」

 店長はそう断って部屋から出た。クレーム対応の電話を面接に来たとは言え部外者に聞かれる訳にいかなかったのである。


「よし、行ったぞ。急げ!」

 店長が立ち去ると、近藤がスマホをカメラモードにして構え、九部がファイルに綴じられた履歴書を一枚一枚めくった。

「あった。新実麻衣子、これだな」

「よっしゃ、行くでぇ」

 そして近藤は新実麻衣子の履歴書に向けて何度もシャッターを切った。先日の学校侵入の際、何枚かピンぼけがあった教訓から数枚撮影することにしたのである。

「よし、もうええやろ」

 近藤がスマホを仕舞うと同時に九部がファイルを元の位置に戻した。そしてすぐさま店長が戻って来た。

「おお、悪かった、悪かった。それじゃ、いつから働いて貰えるかな」

 すると九部が申し訳なさそうに言った。

「すみません、やっぱり酔っ払った客の相手が怖くなっちゃって……ちょっと今回はやめときます」

 そして立ち去る彼らの背中を見て店長は呟いた。

「ふん、最近の若いモンは腰抜けやのう」


      †


 同じ頃、恵里菜の自宅では……

「美紅ちゃん、九部からゴーサインのメッセージが来たで」

「よし、開始ばい」

 美紅はそう言って居酒屋に電話をかけた。相手が出てくると、勢いよく怒鳴り声を上げた。

「ちょっと、昨日あんたん店で食べてからお腹が痛うなって止まらんけん、なんか変なモン入っとったんやなかと! ん、何? それが客に対する態度と! あんたじゃ話にならん。店長呼べ! 早よ呼ばんね!」

 そして店長に替わると美紅は容赦ない罵詈雑言を電話口で浴びせ続けた。

 しばらくすると、恵里菜のスマホに九部から「任務完了」というメッセージが届いたので、恵里菜は手を振って終了の合図を美紅に送った。

「まあよか。今日んところはこれで勘弁してやるけん、今度から気をつけて下さい」

 そう言って受話器を置くと、美紅は涼しげな顔で言った。

「ああ、ボロカス言うてスッキリしたけん、気持ちよかぁ。こげんことならいつでも協力するばい」

 恵里菜が内心(二度と頼むか)と思うと、玄関のチャイムが鳴った。出てみると、いつぞやの警官がまたやって来たのだ。

「すみません、こちらで激しく争う声が聞こえてきたと通報があったのですが、大丈夫ですか?」

「あら、ごめんなさい。今度出演する劇の練習につい熱が入ってしまいまして……」    

 恵里菜が後ろを振り向いてウインクすると、美紅も笑顔を作って警官に向けた。

「この前の事といい、あんまり騒ぐと大ごとになりかねませんから、本当にほどほどにして下さいよ」

「はい、気をつけます!」

 そう言って警官を見送り、テヘペロしたところで近藤からメッセージが届いた。新実麻衣子の履歴書の写真が送られてきたのだ。

「住所は……吹田市佐竹台か。ここからやとちょっとあるな」

「車で来てるけん、一緒に乗っていかん?」


      †


 美紅の運転する車は佐竹台の団地内に置かれ、二人は新実の玄関チャイムを鳴らした。

「はい、どちら様ですか?」

 出て来たのは麻衣子の母親と思しき女性だった。

「すみません、藍衣と申しますが麻衣子さんはご在宅でしょうか?」

「麻衣子は家におりますが……少し待って下さい」

 彼女は警戒心を隠そうともしなかった。この辺りは昔から宗教の勧誘が絶えないので、このような反応になるのは自然なことであった。

 やがて麻衣子本人が出てきたが、恵里菜の顔を見て顔を強張らせた。

「あっ、あなたは昨日の……」

「驚かせてごめんなさい。ちょっとお話できるかしら?」

「……外でもいいですか?」

 麻衣子はそう言って一旦中に入り、母親に断りを入れた。中からは「大丈夫なの、あの人たち?」「うん、大丈夫よ」という会話が聞こえて来た。そして三人は阪急千里線南千里駅前のベーカリーカフェで話をすることにした。

「藍衣さんて言いましたっけ、あなたはあの久利三成男に彼女がいたって私が言ったので、そのことについて聞きに来たんですよね?」

「まあ、そういうことになるけど、私は久利三と付き合ってるわけやないんです。ただ、今調べていることがあって……あなたが言っていた〝ユカ〟って杉本由佳さんのことですね?」

「そうです。その杉本由佳は私の親友で、また久利三成男の恋人でもありました。でもどうしてその名前を?」

「その由佳さんを殺したとされる小島忠の奥さんは私の恩人なんです。でも彼は何もしていない。だからこの冤罪を晴らしたいと思ってるんです」

 すると麻衣子はガタッと音を立てて席を立った。

「そうすると、あなたは犯人側の人間ということですよね。でしたら私には何も話すことはありません。失礼します」

 そう言って立ち去ろうとする麻衣子に美紅が待ったをかけた。

「ちょっと待たんね、友達ば殺しゃれて悔しか気持ちはわかる。ばってん、誰かがついた嘘で罪のない人間を恨むんも馬鹿らしかろ?」

「嘘? 一体誰が嘘をついているというんです?」

「誰かはわからんばってん、ウチはこの恵里菜ちゃんの信じとぉもんば信じたかよ」

「身内贔屓ですか。でも、それは私も同じです」

「え?」

「彼女……由佳は確かに世間からすれば、後ろ指を指されるようなことをしていたかもしれません。でも、私は由佳が悪い子だなんてこれっぽっちも思っていませんでしたから」

「後ろ指を指されることって……聞いてもええんかな?」

「ええ……由佳、ウリをやっていたんです」

「ウリって、援助交際のこと?」

「そう。相手はお役人さんでとてもお金持ちのようでした。でも、彼女がお金を必要とするには理由があったんです。彼女は幼少の頃、学校でいつもいじめられていて、クラスメイトから『汚い』とか『臭い』とか言われ続けて傷ついて、それがトラウマになったみたいたんです。それで高級な洋服や香水で自分の欠点を隠そうとし続けていたんですが、当然お金は足りなくなります。そんな時に援交の相手と知り合い、泥沼にはまっちゃったんです。私は由佳に汚くもないし、臭くもないから服や香水に散財するのはやめてと説得したんですが、聞き入れてもらえなくて……」

「そうだったんですか。それで、シゲやん……じゃなくて、久利三とはどうして交際するようになったんですか?」

「そう、そのように中々トラウマから解放されなかった由佳ですが、ある時、彼氏が出来たと言うんです。それで私も会ってみたらすごく真面目で誠実そうな人で……この人なら由佳のことをちゃんと受け止めてくれるって思ったんです」

「もしかして、その〝すごく真面目で誠実そうな人〟って、あの久利三成男のこと?」

「そうなんです。だから昨日ばったり会ってびっくりしました。すっかり変わってしまって……でも、昔はあんな感じじゃなくてすごく真面目な人だったんです。私のことも〝新実さん〟って苗字でさん付けで呼んでいて……あんな風に下の名前を呼び捨てにする人じゃありませんでした」

「あのシゲやんがねぇ……私が会うた時は初めからあのキャラやったから、何処かで変わったんやろな。或いは意図的に変えてるとか」

「それで、久利三君は由佳さんが援交ばしとぉ事ば知っとったと?」

「生前に打ち明ける機会はなかったかもしれません。由佳は久利三と交際するようになって少しずつ香水や服を買う量が減ってきました。彼のお陰で自信が持てるようになったのだと思います。援交もやめようとしていましたが、同時にこのことを彼に打ち明けるべきか私たちは二人で悩んでいました。結局彼に打ち明けようと決意した翌日、あの事件に遭遇したんです」

「すると、久利三が由佳さんの援交に気づいていたかどうかは微妙ですね」

「はい、結局彼は由佳の葬式にも来ませんでしたし、昨日あなたと居酒屋で会うまでは音信不通でしたから、確認することも出来ませんでした」

「なるほどな……」

 ここまで話を聞いて、久利三が杉本由佳殺害の偽装工作に関わっていると確信した。そして真犯人は援助交際の相手である可能性が高い。しかしここで疑問なのは、久利三が杉本と交際していたのなら、援助交際の相手は憎しみの対象である筈で、偽装工作の手助けなどする必要がない。


(もう少し調査を詰める必要があるな……)

 恵里菜がそう思った時、ふと携帯が振動しているのに気がついた。「ちょっと失礼します」と言って店を出ると、恵里菜は携帯を耳に当てた。

「もしもし?」

「藍衣はんでっか? 大阪府警の泉信弘です。ちょっとお話ししたいことがありますねん……」



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