3-23 供述その2

「これはこれは久利三君。スイートルームとは良いご身分だねえ」

 そう言って風見教頭は何の断りもなくズカズカと中に入って来た。そして、床に倒れている由佳とそれを呆然と見下ろす日野原を交互に見て口角を上げた。

「き、君は長興寺学園の風見教頭先生? どうしてここに」

「日野原先生、まずいんじゃないですか。未成年相手の買春でしかも殺人とは」

「ち、違うんです。殺したのはこの男だ!」

 日野原は慌てて久利三を指差した。久利三は黙って日野原を睨み返している。

「日野原さん、罪の擦り合いはみっともないですよ。それに久利三がもし自白などしたら、あなたの未成年と援助交際の事実も明るみに出て教育者としての余生は丸潰れだ」

「……風見さん、あなたの狙いは何なのです。金ですか?」

「愚問ですな。私があなたから求めるものは一つしかないでしょう」

「長興寺学園教育改善計画の承認……ですか」

「ええ。そのかわり、あなたの身分を脅かすようなものはすっかり綺麗に〝洗濯〟させていただきます」

 すると久利三が激昂して言った。

「ふざけんなよ。由佳をこんな風にしてのうのうと生きていくつもりか! 俺は許さへん!」

 だが風見はそんな久利三を冷たく見下ろして言い放った。

「君は自分の立ち位置が分かっていないようだね。日野原さんの言う通り、殺人犯として断罪されるのは君なのだよ。そうなれば君の可能性に満ちた将来は絶望的だ。それよりも一緒に隠蔽工作に協力した方が賢明だと思わんかね」

 久利三は沈黙し、日野原も加勢して彼に口添えした。

「風見先生の言う通りだ。私を憎むなら憎んだらいい。しかし、事を公にして一番損害を被るのは君自身だ。隠蔽に協力してくれんかね」

「……」

 唇を噛み締めて感情を押し殺す久利三に、日野原は誘い水を向けてみた。

「タダとは言わん。君は大学進学を希望しているのかな? そうしたら裏口入学の手筈を整えてあげよう。どこの大学へ行きたい?」

 すると、久利三は言った。

「逢坂大……逢坂大の法学部に行かせてほしい」

 それを聞いて風見教頭が飛び上がった。

「逢坂大学って、いくなんでもレベルが高すぎるだろう!」

 しかし日野原はいきり立つ風見教頭を手で制して言った。

「いいだろう。逢坂大学だね。必ず入れるように手筈を整えよう。さらに特待生として奨学金も受けられるようにしよう。この条件でどうかね?」

 久利三がそれに頷くと、風見教頭がポンと手を叩いた。

「それでは決まりですな。では、ここで起こったことはこの三人の秘密ということで署名をお願いします」

 こうして日野原、風見、久利三の三人は秘密を守るための血の誓約を行なった。久利三がふと由佳の方を見ると、まるでこちらをじっと見ているかのように顔を向けていたのでゾクッとした。

「ありがとうございます。日野原先生、あとの処理はこちらにお任せ下さい」

 風見は一旦外に出て大型の旅行用スーツケースを持ってきた。そして杉本の遺体を詰め込むと、久利三を手招きして外に出、地下駐車場へと降りて行った。


 風見教頭の運転する車は久利三と遺体の入ったスーツケースを乗せて服部緑地公園へと向かった。入口で車を停め、二人がかりでスーツケースを白鳥池まで運んだ。そして辺りを見回し、誰もいないのを確認すると、スーツケースを開き、中の遺体を池の中に落とした。

「あとはこれをこうして……と」

 風見教頭はポケットから定期入れを出した。それが小島忠の免許証であることが久利三から見てもわかった。風見教頭が何をしようとしているのか一瞬で理解できた。風見教頭は小島の免許証の入った定期入れを池のほとりの適当な場所に投げ捨てた。そして言った。

「仕上げは久利三君、君にやってもらう。明日、授業を抜けて小島先生の靴を盗んでこの辺りに沢山足跡をつけて欲しい。終わったら学校に戻り、靴も元通りにして授業に戻ってくれ」

 翌日、久利三は風見教頭から言われた通りに行った。久利三は風見教頭がやけに準備がいいのが気になったが、それを追求するような気持ちの余裕はなかった。


      †


 久利三は一通り供述した後、取調官に次のように話した。

「後から聞いたのですが、風見教頭はあの日、日野原が由佳とホテルで密会する情報を掴んでいて、それを僕に手紙で知らせたそうです。言ってみれば、全て風見教頭に仕組まれていたことだったのです」

「すると第三者の陰謀で恋人の由佳さんは亡くなり、その上隠蔽工作に加わって……良心が痛んだりはしなかったのか?」

「もちろん、来る日も来る日も心が責められて落ち着きませんでした。良心の呵責だけでなく悔しさや憎しみと募るばかりで、ますます追い込まれる気持ちでした。だから、努めて軽薄なキャラを装って事件のことは思い出さないように生きて来ましたが、……根本的には何にも変わりませんでした。こうして逮捕されてみて……何だかホッとしています」


 この供述により、久利三は大阪地方検察庁に送検された。日野原教育委員長、風見教頭に対しても任意出頭で取調べが執り行われた。しかし、日野原、風見ともに事実無根であるとして久利三の供述内容を否認し続けた。

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