2-6 四人の素性

「この中にお宅の従業員はいませんか?」

 泉博嗣刑事は四枚の写真を差し出して尋ねた。恵里菜がそれぞれA子、B子、C子、D子と名付けた人物の写真である。人事担当者はしばらく写真を見比べてから首を軽く横に振った。

「いえ、残念ながら心当たりはありません。そもそもわが社の従業員と言っても大勢おりまして、直営レストランのアルバイトまで含めると雲をつかむような話ですよ」

「採用の時に履歴書をお受け取りになるでしょう。その顔写真などはデータベース化されていないでしょうかね」

「ま、あるにはありますけど、かなりの量ですよ。ご覧いただくのは構いませんが、ちょっとその確認作業までは私共のほうでは……」

 人事担当者は含みのある言い方をして目を伏せた。暗にお前らのほうで確認しろ、と言っているのが泉刑事にはわかった。

「わかりました。署の方から人員を呼んで手分けして拝見させていただきます」

 泉は非番で雑用に使っても差し支えなさそうな人間に片っ端から声をかけた。まもなく彼らは駆けつけたが、データの量は膨大であった。最初は近畿圏内に絞り込み、手分けして探したが見つからないので、日本全国のデータまで広げ、全員で血眼になって探した。そして……


 数時間後になって彼らに分かったのは、全くの徒労だということだった。

「まいったな、血税の無駄遣いやって市民から苦情出ても文句言われへんで」

 誰にともなく言った呟きではあるが、暗に自分をディスリスペクトしていると恵里菜は感じた。一人の捜査員は用済みになった四枚の写真をバサッと無造作に机の上に散らかした。他の捜査員が疲れた眼差しでそれを見たが、ふと何かに気がついたように一枚の写真を手に取った。

「うん? 何や、これ」

「……何か見つかったか?」

「この写真の耳のところ、見てみ。何か付いとるやろ」

「イヤホンか? 別に今時珍しくないやろ」

「いや、音楽聞くなら普通両耳に嵌めるんちゃうか? これ、片耳だけやで」

「なあ、元のビデオ映像とか、あるか?」

 恵里菜は念のため、問題の動画をエンコードしてスマホに保存していた。それを再生してみせた。

「ここや、少し戻ってもう一度再生してくれ」

 そこには恵里菜がC子と名付けた女性が映っていた。片耳にイヤホンらしきものを嵌めてそれを指で押さえる動作をしていた。

「口元見てみ。わずかに口が動いとる」

「ああ、これ間違いないな……」

 一人の捜査員がそういうと、他のメンバーも一斉に頷いた。恵里菜一人が何のことかわからない。

「え? どういうことですか?」

 その問いに泉刑事が答えた。

「藍衣先生、この人な、私服警官や」


      ♰


 泉刑事は大阪府警本部に画像を送り、照合を依頼した。その結果、曽根崎警察署生活安全課に所属する平良たいらあき巡査長と判明した。そして泉刑事と恵里菜は梅田の阪急三十二番街にある喫茶店で平良あき巡査長と落ち合うことになった。

 恵里菜たちが到着すると、先に到着して待っていた平良巡査長は立ち上がって一礼した。

「遅くなってすまなかったね、大分待たせたかな」

「いえ、私もさっき来たばかりですので」

 さっき来たという割にはグラスの水が大分減っていた。泉刑事が到着するまで注文せずに待っていたのだろう。三人揃うと泉刑事がウェイトレスを呼んでコーヒーを三人分注文した。

「平良さんがメディオラヌムというセレクトショップにいるのがビデオに映っていたんですが、その日は捜査か何かだったんですかね」

「はい、私たち生活安全課では梅田界隈の店舗を度々巡回パトロールしておりますが、私は特にアパレルの店を中心に巡回しております。この日も巡回パトロールでいくつかのお店を回っていました」

「このメディオラヌムをパトロールした時のことを良く覚えておられますか?」

 恵里菜が尋ねると、平良巡査長は少し考え込んでから答えた。

「そうですね……私がいた時は特に変わった様子はありませんでした。でも、その後で万引きが発覚したということを後日知らされました。私のパトロールが行き届かなかったためにあのようなことが起こってしまい、申し訳なく思っています」

「そんな、平良さんの所為ではありませんよ。ところでその時いたのが柿内有紗というオリンピック候補選手だということはお気づきになりましたか?」

「その時は気づきませんでした。ただ、あのような店の顧客にしてはちょっと若くて着ている物も少し質素だなと思っていたので印象には残っていました。それがオリンピック候補の方だと後でわかってびっくりしました」

「これは失礼な質問になるかもしれませんが……平良さんがパトロールしている間に窃盗犯が目を盗んで犯行に成功するということはありませんか」

「もちろんないとは言い切れません。しかし、あの時見た限りでは、私の目を盗んで万引きを出来るような状況ではなかったと思います」

「では、この中で平良さんより先に店を出た人はいますか?」

 恵里菜はA子、B子、D子の写真を見せながら質問した。

「この方(B子)とこの方(D子)は私より先にお店を出られました」

「柿内と一緒に男の子もいたと思うのですが、彼と平良さんはどちらが先に店を出ましたか?」

「私がいた時にはまだ男の方がおられたので、私の方が先に出たことになります」

 恵里菜は頭の中で整理した。柿内が入店してからまずB子とD子が退店した。その後に平良巡査長は退店し、その時点ではA子、牧野健史、柿内はまだ店内にいたことになる。すると柿内のトートバッグに未精算商品を忍び込ませることが出来たのはA子と牧野健史の二人に限られる。

「この人(A子)について何か思い出せることはありませんか? どんなことでも良いのですが」

「そうですね……そう言えば、店員さんと話している言葉が関西のイントネーションではなかったように思います」

「関西やない? どこの地方かわかります?」

「いえ、ただそんなにきつい訛りは感じられなかったので関東近辺かもしれません」

 標準語に近いからと言って関東とは限らない。北海道かもしれないし、信州かもしれない。関西人にはその区別は難しい。だが、関東と聞くと恵里菜は呉選手のいる茨城の聖栄女学院を思い起こす。でもA子は写真では二十歳は過ぎている感じだ。聖栄女学院関係者であったとしても生徒ではない。そんな大人が生徒が負かされたからといってこんな形で復讐などするだろうか。そうだとするとあまりにも子供じみている。


      ♰


 牧野健史が町を歩いていると、ふと不穏な気配を感じた。警戒しながら歩を早めると、いきなり肩を掴まれた。振り向くと、不良少年たちの群れがこちらを睨んでる。

「な、何や君ら」

「……ちょっとつきあってもらおか」

 健史は不良少年たちに囲まれながら人気のない駐車場へと連れ込まれた。

「か、金なら大してないで。俺は不要な現金はあんまり持たん主義なんや」

「別に金が欲しいんやない、ちょっと話が聞きたいだけや。そやけど嘘ついたら身の安全は保障でけへんで。ええか、正直に答えろよ」

「な、何を話すんや」

 その時、彼らの背後から女性の怒声が飛んできた。

「こらーっ! あんたら何ばしよーったい!」

「え? マ、ママ?」

 少年達の先頭に立っていた近藤昌弘は目をぱちくりさせた。

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