1-12 正体不明の投稿者

 だが、九部が教室に帰ってみると、異変が起こっていることに気づいた。伊吹がクラスメートから無視されているのである。

「な、何? 何でみんな私のこと無視するの?」

 しかしクラスの中で誰もそれに応答する者がいない。伊吹はたまらくなって教室から出て行った。それを見かねた近藤が大声で怒鳴った。

「おいお前ら、伊吹が何したっちゅうんや、答えんかい!」

 すると今井がスマホを持って立ち上がった。

「あんたら、これ見たんやろ」

 九部と近藤は今井の持っているスマホの画面を見た。それはチャットSNSの二年B組グループ会話の内容であり、そこにこんな投稿があった。


──みなさん、このチャットの会話が外部にリークされているのをご存じですか? 参考のためにリンクを貼ります。

https://oshaberi.jp/neta...

https://uwasa.jp/nemo/hamonai...

これらのIPアドレスを調べてみますと、伊吹陽子さんのIPアドレスでした。みなさん、この嘘つきのチクり魔には気をつけて下さい──


 これは明らかに嘘だ。一般人がIPアドレスから個人を特定することは絶対に出来ない。伊吹を陥れるためにこんなデマを流したのだ、と九部が思ったその矢先……。

「みんな、おかしいよ。こんな匿名の書き込み一つで仲間を疑うなんて」

 宍戸が立ち上がって言った。「我孫子あびこさん、伊吹さんと一番仲良かったよね。ちょっと探して連れ戻して来てよ」

「うん、わかった」

 我孫子は伊吹を探すため、教室から出て行った。宍戸は厳しい顔つきで我孫子を目で追いながら、ゆっくり席についた。

(本当にデマを流したのはこの宍戸なのだろうか。だとすればかなりの役者だな)

 九部はそう呟きながらも、事は急を要すると思った。


      ♰


「山口、ちょっと来てくれるか」

 山口銀次が近藤に呼び出されたのは昼休み真っ最中だった。大好物の焼きそばパンを食べている途中であり、兄貴分の近藤の呼び出しとは言え、あまり快く従える気分ではなかった。さらに、連れて行かれた場所に恵里菜と九部が待機していたことで尚、機嫌を損ねた。

「ちょっと待ってくれや。何でこの人たちがおるんや」

 近藤が答える前に恵里菜がわけを話した。

「ごめんごめん、急に呼び出して。ちょっと聞きたいことあってな」

「何やねん、聞きたいことって」

「この前、何かサイトに自分らのことが書き込みされとるって言うとったやん。あんたその書き込みのことどこから知ったんや?」

「チャットSNSで誰かが知らせてきよったんや。『お前のこと、書き込みされてるぞ』って。そこにリンクが貼ってあった」

「その、知らせてきた人物に心当たりはないのん?」

「あるかいな。二年B組グループのメンバーの一人やけど、誰かはわかれへん」

「えっ、同じクラスのグループなのに、どのユーザーがクラスのどの子かって互いにわかれへんの?」

 その質問には九部が答えた。

「チャットSNSの会員は実名で登録したり、全く違うHNで登録したりと様々です。後者の場合は個人的に当人同士が友達申請でもしていない限り、誰かわかりません。だからこういうグループには第三者が素知らぬ顔で紛れ込んでいるケースもあるんです」

「怖ぁ。クラスメイトでもない赤の他人が紛れ込んでいるのに誰も気づけへんというわけか」

「ええ。そして誰にも正体を知られていない一人の投稿者、こいつが山口に書き込みの情報を教えたり、あるいは自分でその書き込みをしたり、そして伊吹のことをチクり魔と中傷したりしたのでしょう。その投稿者の正体は……」

「宍戸和一か」

「だけど証拠がない。警察を通してチャットSNSの本社に問い合わせ、この投稿者の個人情報を聞き出すしかない」

「あの泉って刑事、連絡してみよか」

 恵里菜は泉刑事の名刺と自分のスマホを取り出し、そこに書かれていた電話番号にかけてみた。

「はい、泉……」

「突然電話してすみません、長興寺学園の藍衣です」

「藍衣さんて、ああ、あのべっぴんさんの教育実習生でんな。どないしました?」

「実は……」

 恵里菜はチャットSNS上の正体不明の投稿者の正体を突き止めたい旨を伝えた。

「なるほど。その辺は生活安全課のサイバー犯罪対策係のテリトリーになりますんで、ご足労ですが、豊中警察署の方まで来てもらえんでしょうか?」

「わかりました。学校が終わったら生徒たちと一緒にお伺いします」


      ♰


 恵里菜は山口、近藤、そして九部を連れて豊中警察署へ向かった。長興寺学園からそこまでは西に歩いて十分ほどの距離にある。バスはその真ん中を南北方向に走っているため、歩かざるを得ない。警察署では泉と一緒に一人の制服着用の警察官が待っていた。

「ああ、お待ちしていましたよ、結構大所帯ですね。こちらがサイバー犯罪対策係の西城義則です」

「西城です、よろしくお願いいたします。とりあえず、こちらへ」

 そう言って西城は自分の仕事部屋へと案内した。パソコンや機器類が所狭しと置かれ、恵里菜達全員が入るとかなり窮屈だった。

「早速ですが問題のSNSの方、拝見してもよろしいでしょうか」

 そこで山口は携帯を差し出し、問題の書き込みを指し示した。

「なるほど、ではこのグループチャットへの書き込み、山口君へのコンタクト、そしてこのサイトへの書き込み……それぞれのIPアドレスの照会を要請してみますね」

 そして西城はパソコンを操作したり、電話をかけたりして情報を集めた。10分ほどで一通り集まったようだった。

「わかりました。興味深いことにこれらのグローバルIPは【221.7x.161.21x】、みな同じでした」

「それはつまり、同一人物による投稿という意味ですか?」

 九部が尋ねると西城がうなずきながら答えた。

「そうなんですが……それだけでなく、投稿者は固定IPでプロバイダ契約しているようです」

「固定IP?」

「ええ、多くの家庭のインターネット環境では動的IPと言って、接続の度にIPアドレスが変わるのが通常です。しかし、外部から家庭のWLANに接続したい場合など、固定IPで契約することが多いのです。この場合、ルーターが幾度も切断と接続を繰り返したとしてもIPアドレスは変わりません」

 恵里菜が両目を「?」にして訊いた。

「あの、固定IPだと何かいいことがあるんですか?」

「ええ。動的IPの場合、今使用しているIPアドレスが投稿時と変わるのでIPアドレスから投稿者を突き止めるのは難しくなります。でも、固定IPであれば、『この投稿と君の家のIPアドレスは同じ、だから君が投稿したんだね』と言えるのです」

「なるほど、そうしたらIPアドレス【221.7x.161.21x】の持ち主が誰かと分かればいいわけですね」

「はい。ただ、IPアドレスから個人を特定できるのは契約しているプロバイダだけでして、裁判所を通じて情報開示請求をする必要があります。殺人事件などの場合ですと割合早く裁判所も動いてくれるんですが、そうでないと数日かかるかもしれません……」

「数日かぁ……」

 それだとXデーである十五日に間に合わないかもしれない。とりあえず西城には裁判所への手配を依願したが、どうにも心許ない気持ちだった。その時、九部が恵里菜の耳元に顔を近づけた。鼻先をくすぐる柑橘系のほのかな香りを振り払うように、九部は小声で言った。

「僕に考えがあります。ついて来ていただけませんか」

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