1-3 学級委員

 恵里菜が体育館の脇を通ろうとすると、柱の陰に二人の男子生徒……山口と日向が見えた。一見してそれはいじめっ子といじめられっ子という構図であった。

 恵里菜はすぐに近づいて止めさせようとしたが、思い直して事実をこの目で確かめようと、しばらく様子を見ることにした。

「日向、これどういうことや?」

 山口はスマホの画面を見せた。何やらネットの書き込みらしい。日向はそれを覗き込んで、青ざめていった。

「わ、わからない……」

「あぁ? わかれへんことないやろ、それとも字ィ読まれへんのか、ほんなら俺が読んだろか」

 山口は自分のスマホを高々と上げて読み上げた。「ええ、『投稿者:I・H。最近、僕はひどいイジメにあっている。相手はG・Yっていう変に悪ぶったヤツ。きっかけは僕が誤まってG・Yにコーヒーをかけてしまったこと。何度も謝ったのに、散々罵倒され、殴られ、蹴られた。クリーニング代まで弁償したのに、それ以降ずっと殴られたり罵倒されたりと言ったイジメが続いてる。でも、話によると見かけほど強くないってことだから、仕返ししちゃおうかな』……おい、I・Hって日向甃也、つまりお前のことやろ。ほんでG・Y言うたら山口銀次、つまり俺のことやんけ。お前、人にコーヒーブチまけといて反省しとると思ってたら、陰でコソコソこんな書き込みしとったんかい」

「だから知らないってば。それ、僕が書いたんじゃないよ」

「何すっとぼけとんのや。脚色されとるけど、どうみても俺らの話やろ。こんな書き込みされて、これが俺のことやってバレたら、俺の将来台無しやで。お前、そうなったら責任取れんのか!」

「……」

「ほんで何やて? 俺が見かけほど強くないやと? 上等や、ホンマに弱いかどうか思い知らせたろか、オラァ!」

「や、やめてよ!」

 その様子を見て恵里菜が(有罪確定や!)と思った瞬間、彼女の携帯が鳴った。うっかりマナーモードを解除したままにしていたのだ。

(泰恵さんからやわ。もう、こんな時にかけてこんでも……)

 山口と日向がこちらを向いたので、恵里菜は慌てて身を隠した。見つかったかと思いヒヤヒヤしていると、一人の男子生徒が飛び出して来た。学級委員の宍戸和一ししどかずひとだった。

「おい、山口、何やってるんだ!」

「何って、日向と仲良う話しとったんや。なあ、そやろ?」

 山口は日向に同意を求めるが、日向は応じなかった。そこで宍戸は山口に詰め寄った。

「時々さ、ネットの書き込み見て、『あー、これ誰かが私のこと書いてるー』とかほざいてる自意識過剰のバカがいるけど、こうしてリアルで見ると、ホント痛いよな」

「何やと! 誰が自意識過剰のイタイ奴やて?」

「そんなの自分の胸に手を当てて聞いてみな。でもさ、日向に因縁をつけるのは筋が違うぜ」

「やかましいわ。関東人がカッコつけおって、けったくそ悪いのお!」

 山口はそう吐き捨てるように言ってその場を立ち去った。宍戸は日向に近づき、いたわって言った。

「大丈夫か?」

「うん、まだ何もされていないから」

「山口はああしてイキがってるけど、言うほど強くはないんだよ。それにまた何かされそうになったら僕が守ってやるから安心して」

「……ありがとう」

 そうして二人もまた立ち去った。恵里菜は彼らの後ろ姿を見ながらほくそ笑んだ。

(ふーん、いい友達なんだ……)


 その後、恵里菜は二年B組の授業を終えてから宍戸に声をかけた。

「ちょっと話したいことあんねんけど、いいかな」

「僕に話ですか?」

「うん、食堂でコーヒーでも飲みながら話そか」

 そして二人は食堂へ行き、恵里菜は自販機で買ったカップコーヒーを宍戸の前に置いた。

「実はな、日向と山口のことやねんけど……」

「ああ、やっぱりそうでしたか。先生、さっきあの場にいましたよね」

「何や、知っとったんか。やっぱり山口って日向のことイジメてんのか?」

「そうですね……日向君は人がいいですからね。山口君みたいなろくでなしにしてみれば格好のカモなんだと思います」

「自分(※)、日向と仲良うしてるみたいやけど、山口からいじめられて辛いとかそんな話はしてない?」

(※注:関西で「自分」と言うと、二人称の場合が多い」

「もちろんいじめが辛くないことはないでしょうが、そのことで特別悩んだり落ち込んでいると言った様子はありません。無理して明るく振舞っているという感じでもなさそうですよ」

「そうか。それにしても、宍戸が側にいてくれることが彼にはええ心の支えになってるんかな」

「心の支えになっているかどうかはわかりませんが……日向君と僕は同じ浦安市の出身ということでクラスが一緒になってからずっと仲良くしてるんです。一緒に遊んだり出かけたりもしますよ」

「うん。これからも仲良うしたってな」

 宍戸のような友達がいればいじめられていても大丈夫そうだ、どうやら例のFAX文書の送り主は日向ではなさそうだと思い、恵里菜は話題を切り替えた。

「ところで、大八木が今井のパシリにされてるって話を小耳に挟んだんやけど、ほんま?」

「確かに大八木は今井の言いなりになってパンを買いに行ったりしてますけど……」

「問題は大八木本人の気持ちやな。嫌やのに無理矢理使い走りされとんのやったら、そらレッキとしたイジメや。他にも嫌がらせされとる可能性があるわ」

 その時、宍戸が食堂の奥のパン売り場に視線を移した。

「あ、ちょうど大八木がパン買いに来てますよ。直接訊いて確かめてみたらどうですか?」

「そうね」

 宍戸の助言の通り、恵里菜はパンを買うために列に並んでいる大八木に声をかけた。

「こんにちは、大八木君」

「わっ」

 大八木は突然声をかけられて驚いた。恵里菜は基本的に生徒を呼び捨てにしていたのに、咄嗟に「君」付けで呼んだのは、そんな大八木の気の弱さを感じたためかもしれない。

「ごめんな、驚かして。それ……自分のためのパンちゃうやんな。誰のん? 誰に頼まれたん?」

「……誰のんでもええやないですか。何でそんなこと藍衣先生に言わなあかんのです?」

「いや、ちょっとな。自分が今井にパシリにされとるって聞いたもんで、ホンマのところどうなんかなぁ……と」

 大八木は顔を真っ赤にして答えた。

「……確かにこれは今井さんのための買い物です。でも、パシリとか、そんなんとちゃいますから」

「ホンマに? もしそれで悩んでるんやったら、話してくれへんかな。先生も力なるで」

「先生、もうほっといてくれませんか!」

 大八木は買ったパンを鷲掴みにすると、駆け出して行ってしまった。

 それを呆然と見守る恵里菜の肩を、宍戸がポンポンと叩いた。

「藍衣先生、いじめられっ子の心境というのはとてもデリケートなんですよ。そんな土足で踏み込むみたいに質問していたら、そりゃ逃げられますよ」

 恵里菜はガックリと肩を落とした。

「はあ……どないしたらええんやろ」

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