1-2 殺人自殺予告

「お断りします。ということで」

──カシャカシャ──

 九部は「話は終わった」と言わんばかりにルービックキューブを回し始めた。恵里菜はそのキューブを掴んで言った。

「ちょっと待ちいや。話、終わってないで」

「これ以上何を話すんです? あなたは僕に協力してくれと言った。そして僕は断わった。それで終わりじゃないですか」

「まだや、断る理由聞いてへん」

「理由と言えば……なぜ僕があなたに協力しなきゃいけないんですか? さっき近藤たちに絡まれているところを助けた見返りというなら、僕はそのことに何の恩義も感じていません。何ならもう一度近藤たちをけしかけて僕をいじめさせて下さい。僕は僕でちゃんと解決します」

 九部は恵里菜の手を振りほどき、その場を離れて言った。恵里菜は彼の背中に鋭い視線を突き刺し、静かに呟いた。

「……九部粟生くぶあお、あきらめへんで」


      †


 近藤昌弘は非常に不機嫌だった。仲間を一人の女にことごとくなぎ倒されてしまい、ヤンキー頭としては面目まるつぶれである。自分を守ってくれないような人間について行く者はいない。

(くそ……このままではみんな俺の元を離れていく。どないしたらええんや)

 そんなことを考えながら近藤は帰宅した。

「ただいま……」

「おかえり。あら、どげんしたとね。何かご機嫌斜めやなかと?」

 そういって出迎える母親を近藤は横目で睨みつけた。そして、次の瞬間、母親に飛びかかった。

「ちょ、ちょっと、昌弘!」

 あわてる母親に近藤はしがみついた。

「ママー」

「どげんしたとね、何か嫌なことでもあったと?」

 母親は不良少年の象徴のようなツンツン髪をよしよしと撫でながら尋ねた。

「ママー、あんな、今度来た教育実習の先生がむっちゃイケズやねん。それにえらい強ぉて、ツレを何人もボコボコにしよったんや」

「もう……あんたん方が先にワルサしたんやなかと?」

「そんなことないわ。向こうから喧嘩の相手したる言うて来よったんや。ほんで山口が挑発に乗ってかかっていったら返り討ちや。俺、ヤンキー頭の面目まるつぶれやで。明日からどないして生きていったらええねん」

「ふうん……そん女、ばり強そうやな。ばってん、強か者にはとりあえずハイハイ言うとったらよか。それで隙ば見てドスンや」

「うん、わかった。やっぱママは頼りなるわー」

 そうして近藤親子はしばらくひしと抱き合った。


     †


 疲れ顔の通勤客と学生たちで鮨詰めとなった朝の阪急宝塚線。そこに恵里菜が乗ってくると、たちまち男たちはその美貌に釘付けとなった。

 そんな恵里菜のマナーモードの携帯が振動した。画面を見ると「泰恵さん」と出ている。恵里菜はふうっとため息をつく。そして意を決したように通話ボタンを押し、携帯を耳につけた。

「もしもし……うん、ごめんね。昨日実習始まったばかりで色々あって電話取れなくて。……うん、うん、そうだね。今電車の中だから、後でまた掛け直すね」

 恵里菜はそう言って通話を終了させた。着信履歴を見ると、「泰恵さん」からの不在着信が二十件にもなっていた。恵里菜は重く沈んで行きそうな気持ちを何とか奮い立たせて電車を降り、長興寺学園へと向かった。


「おはようございます……」

 恵里菜が職員室に入ると、みな難しい顔をして何か考え込んでいる様子だった。何やら尋常でない出来事があったのだ、と恵里菜は察知した。

「どうしたんです? 何かあったんですか?」

 恵里菜は指導教諭である船越に尋ねた。すると船越は一枚のFAX文書を見せた。それはこのような内容であった。


──長興寺学園高校教職員へ。いつもご指導ご鞭撻ありがとうございます。ところで僕はこの学校のある生徒からいじめを受けており、精神的苦痛を強いられています。僕はプロの教育者であるあなた方に問題の解決を期待していましたが、一向に事態は改善されず、あなた方はこの問題に関して役不足であるという結論に達しました。ですから僕は自分でこの問題を解決することにしました。即ち、僕がいじめる相手を殺害し、自分も死にます。もしそれを阻止したいとお思いなら、十五日以内、つまり今日が一日ですので、今月十五日までにこのいじめを阻止して下さい。十五日になっても状況が改善されない場合、僕が自分のやり方で問題を解決します──


「何なんですか? これは」

「読んで字のごとくだよ。ウチの学校のある生徒がいじめに遭っていると主張し、解決を学校に求めているのだ。そして十五日が過ぎれば差出人自らが手を下すという犯行予告でもある」

「十五日って日にちの数え方としては中途半端な気がしますが、何か意味があるのでしょうか?」

「さあな。何かこだわりがあるんは間違いないやろうが……」

「差出人及び差出人をいじめているという相手に目星はついているんですか?」

「全くもってわからん。FAXは近所のコンビニから送信されていて、送信元を探知するのは不可能や」

 船越が説明している途中で教頭の風見清人が手を叩いて皆の注目を呼びかけた。風見は薄くなった頭髪に黒眼鏡という、いかにも学園マンガに教頭として描かれていそうな風貌で、恵里菜は最初に会った時、思わず笑いそうになったのだった。

「皆さん、静粛に。この文書は誰かのイタズラかもしれませんが、万が一送り主が事件を起こしたら大変です。注意深く生徒たちを観察し、怪しい者がいたら即刻報告して下さい。でも、生徒たちにはこの文書のことを決して話さないようにお願いします」

 風見教頭はそのように念を押したものの、文書のことが生徒たちに知れ渡るのは時間の問題だろう、と恵里菜は思った。


      †

 

「何なんですか? 藪から棒にクラスのイジメについて知りたいって」

 尋ねてきた恵里菜に九部はそう答えた。「っていうか、僕はあなたに協力しないと断言した筈ですが」

「ううん、これは協力とかそう言うんとちゃうねん。言ってみたら一教育実習生から生徒への質問や。そう言うわけで、むっちゃいじめられてる子、誰か知らん? 心当たりあれへん?」

 恵里菜に質問され、九部はしばらく目を宙に泳がせた。そして記憶を絞り出すように答えた。

「僕は基本的に学園内の出来事には関心がありませんので詳しく答えられませんが、心当たりがあるのは、同じ二年B組の大八木が今井のパシリにされてることでしょうかね。かなりあからさまにやってるので、クラスの人間は誰でも知ってます」

「今井って、今井彰子……あのヤンキーっぽい子か。あの子やったら確かにやらかしそうやな。他には?」

「昨日藍衣先生に殴りかかった山口銀次、あいつもイジメの常習犯ですね。中でも酷く虐められてるのが日向ですね」

「日向甃也いしやか。大人しそうな子やな」

「僕が知っているのはそれくらいです。それでは」

「あ、ちょっと待って。大八木と日向のこと、それとなく探ってくれへんかな?」

「お断りします。でももし生徒のことを聞きたいなら、学級委員の宍戸ししどに訊いたらどうですか。面倒見のいい男だから、何か力になってくれるかもしれませんよ」

 そう言い残して、九部は恵里菜から遠ざかった。恵里菜は学級委員である宍戸の聡明そうな表情を思い浮かべた。

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