第一章14 『ミミとお風呂に入ろう』

 授業を終えミミが待つ僕の職場。第零課正史編纂室へ向かう。心なし精神の状態は安定している。あの調子の悪さは本当に風邪だったのかもしれない。


◆◇◆◇◆


 第零課正史編纂室に到着するなり、

職権乱用の暴君ミミがお出迎え。

足をバタバタとして抗議をしている。


「きーちゃん。おそいー! ミミのこと早くお風呂につれてって! 汗かいたからはやくお風呂にはいりーたーいー!」


 この研究狂の上司様は研究以外の

生活全般は壊滅的で、食事、入浴、

日々の着替えを部下である僕が

世話をしているのだ。


 これはもうお世話という

レベルではない。介護である。

僕の上司様は部下である僕が

食事の世話をしなければ、

そのまま餓死しかねない勢いである。


「はいはい。分かりました。それじゃミミ。次回の作戦とやらについてお風呂で聞かせてくれるかな」


 ミミを風呂場までおぶって

連れて行くために背中を貸すために

屈んでミミに背中を向ける。

――背中にミミから蹴りがはいる。


「お風呂場に連れていくときはお姫様抱っこじゃなきゃ嫌だっていったでしょ。もー。きーちゃんは乙女心をわかってないなー。上司におしり向けるとはしつれーせんばん!」


ぷりぷりと怒っている。かわいい。


「はいはい。すみませんでした」

「きーちゃん。はい、は一回!」


 そんなたわいない普段のやり取りをしつつ、

お姫様抱っこでミミを風呂場まで連れていく。


 この部屋は風呂場、調理場、御手洗、書斎

といった生活に必要な物は全て備わっている。

引き籠りひきこもりには最高に快適な部屋なのだ。


 僕は更衣室でミミの脱衣を手伝う。


 僕がミミの部下としてこの部署に配属されてから脱衣技術が相当鍛えられたせいか、女の子の服であればどんな服であれ目をつぶっていても脱がすことができる。いまやそのレベルは達人の域に達している――。自称だけどね。


 例えばパジャマの袖にあるちょっと小さめのボタンだって相手を起こすこと無しに外すことだって楽勝である。僕が本気になれば眠ってる子を起こさず全裸にすることだってできる。


 まあ――童貞だからこの能力が役に立ったことないけどね!


 僕の上司を生まれたままの姿にさせたあとに次は自分の衣類を脱ぎ、小ぶりのタオルを腰に巻きつけミミと一緒に浴室に入る。


「きーちゃん。以前から思っていたことなんだけど、お風呂場にタオルを巻いて入るのは衛生面的にあんまりよくないと思うかなー」

「ミミは知らないと思うけど、男は風呂に入る時は腰にタオルを巻き付けて入らなければいけないという作法があるんだ」


――嘘である。この世界にも風呂に入るときにそんな珍妙な作法は存在しない。僕の回答に首をかしげながら、ミミは言う。


「むむむ……。マナーなら仕方ない、かな」


 僕の上司様は日常生活的な常識にはうとく、適当な嘘でもわりとあっさり信じてくれるので楽だ。チョロいチョロい。世情にうといというよりもたぶんまったく関心がないんだろうね。


「ミミ。今後の活動方針について、何か考えがあるってことだったけど。教えてくれるかな」


 桶に満たした浴槽のお湯をミミの頭からゆっくりかけて、軽く髪を手櫛てぐしで上から下へなでつける。髪の長さが腰のあたりまであるので手櫛てぐしをするだけでなかなかの労働だ。


 水に濡れきらきらと光り輝くミミの銀色の髪はいつ見ても綺麗だ。絹のようにつややかでサラサラしている。思わずうっとりとしてしまう。このミミの美しい銀髪プラチナ・ブロンドは僕の自信作だ。


「その件ねー。異世界転生者の可能性がかなり高くてなおかつ明らかに危険度が高そうな奴らが居るから、きーちゃんにはそいつ等を暗殺して欲しいんだ。」


 せっけんをよく泡立てた、そのふわふわのかたまりをミミの頭に乗せ長く艶やかな髪をわしゃわしゃと洗髪しながら質問する。良いにおいのする僕の物騒な上司様である。


「ん…? 奴 ”ら” って言うのはどういうこと?」


 頭頂部のつむじのあたりを爪があたらないように指の平で強めにゴシゴシするととミミはても気持ちよさそうにするのだ。喜んでもらえるのが嬉しくて僕はお風呂に入った時の頭皮マッサージに力が入る。


「言葉通りの意味だよ。暗殺対象となる候補が複数人居るってことー。あぁ……。いつもながらきーちゃんのマッサージは気持ちいいねぇ!」


 せっけんの泡をすすぎ落とすために

ロリっ子上司様の銀髪を水で洗い流す。


「異世界からの転生者を一人暗殺するだけでもあれだけ苦戦したのに複数人を暗殺するのはちょっと難しいんじゃないかな?」


「きーちゃんは最強だから大丈夫!」


 ミミが言い切る。ミミの表情をみる限り腹案ふくあんは有りそうな感じなので、一応勝算があっての発言だということは理解できたのでほっとしている。


「いや僕まったく最強じゃないんだけどね……。ところで、殺害対象が複数人だってことは分かったけど、具体的には何人? まさか異世界転生者と100人組手とか言わないよね。」



――会話に集中し過ぎていたせいか、ミミの頭頂部に僕の爪が軽くつき刺さり「いたーぃ」という小さな悲鳴が聞こえた気がした――。プロである僕にミスはありえないのでこれはきっと幻聴であろう。

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