いざ作戦会議
アトリラーシャ達が部屋に入ってから、数十分が経過したが、黒い扉は開くことはなかった。
リシュリオルは黒い扉の左隣の壁に寄りかかり、暇そうにあくびをしていた。すると、黒い扉の右隣の壁に寄りかかっていた大男が湯気の立つマグカップをリシュリオルに手渡してきた。
「二人は当分は出てこないと思うぞ。……コーヒーだ」
リシュリオルはカップを受け取り、その匂いを嗅ぐ。そして、コーヒーを一口だけ口に含み、舌を動かしながら、その味を確かめる。
「毒は入っていないみたいだな」
口に含んだコーヒーを飲み込んだ後、リシュリオルは大男に言った。大男は呆れた顔で額に手を当てる。
「どれだけ信用されていないんだ」
「信用できる要素が微塵も無いだろ」
「言っておくが、俺達はやましい事なんてしていないからな!」
「じゃあビルの外にいる銃を持った奴らや、さっき言っていた、ゲームの邪魔をしたら殺されるとかいう、物騒な発言はなんだ?」
「それは……」
リシュリオルの質問に答えられず、口籠る大男。
「ほらな、やっぱり怪しいよ。大体、お前たちやあの爺さんは何者なんだ?」
「そんなこと口にしたら、殺されちまう。というか、俺自身あの人のことは詳しく知らないんだ」
「怪しすぎる。アトリは大丈夫なのか?」
「そんなにあの人のことを悪く言うなよ。捨て子の俺達を拾ってくれた人なんだ」
「……そうだったのか」
大男の顔を見た後、リシュリオルは黙り込んだ。本当にあの老人は何者なんだ? 拾った捨て子に銃を持たせて、何から身を守っている? それとも、何処かに攻め入るつもりか?
リシュリオルがコーヒーをすすりながら、老人について再び考え込んでいると、黒い扉が静かに開いた。部屋の中からいつもの間の抜けた笑顔を浮かべるアトリラーシャが現れる。
「リシュ! 屋上使えるよ!」
「え? 勝てたのか?」
「いやー、負けちゃったよ。お爺さんすご
く強くってねー」
「負けたのに、どうやって?」
アトリラーシャはリシュリオルの当然の質問に口をつぐみ、目を泳がせた。
「それは……その……」
「なんなんだ?」
リシュリオルに問い詰められるアトリラーシャに老人から助け舟が出される。
「久し振りに楽しいゲームができたから、ご褒美をあげたんだよ」
「そ、そうそう。そうなんです」
「怪しい……」
リシュリオルは怪訝そうにアトリラーシャをじっと見つめた。更に彼女を追い詰める為に、質問を投げかけようとした時、グレスデイン達との連絡用に持っていた無線機から受信音が聞こえた。
『アトリ、まだかかるのか? こっちはもう済んだぞ。今夜にでも、作戦を実行できる』無線機からグレスデインの声が聞こえる。
「今終わったよ。一度集まって作戦の確認をしないとね。そのまま、自治組織の人達と一緒にいてよ」
『了解、寄り道するなよ』
「はーい」
アトリラーシャはグレスデインとの連絡を終えた後、老人に向かって一礼した。
「ありがとうございました。また、機会があったら対戦しましょう!」
「君には才能があるから、これからもっと強くなると思うよ。……まあ、それでも私には遠く及ばないがね」
老人の言葉に対して、不敵な笑みを浮かべるアトリラーシャ。
「次は勝ちますよ」
「私が死ぬ前に頼むよ」
老人は笑いながら、黒い扉の部屋に入っていった。大男も老人の背中に付いていき、リシュリオル達を睨みながら、扉を閉めた。
「……それで、アトリラーシャ。どうやって屋上を手に入れたんだ?」
「まだ、その話するの? 言っちゃ駄目だって言われたんだ。言ったら命は無いぞって」
「またそれか!」
「また?」
「……何でもない」
あの老人は何者なんだ? 結局、このビルの屋上は使えるようになったが、老人の正体を暴くことはできなかった。
リシュリオル達はこの街の自治組織の事務所が置かれているビルに向かっていた。
薄汚れた廃ビルが、小綺麗なビルに変わっていく様は奇妙で、この街に蔓延る格差を同時に感じ、複雑な気持ちになった。
自治組織の事務所があるビルの前に着くと、グレスデインとカルウィルフが入口の前に立っていた。
「何をしていたんだ?」リシュリオル達を見かけたグレスデインが真っ先に聞いてくる。
「ゲームをしてた。アトリが」リシュリオルはアトリラーシャを見ながら、ぶっきらぼうに答えた。
グレスデインとカルウィルフの軽蔑の視線がアトリラーシャに向く。二人の表情は『人を待たせておいて、何をしているんだ』そんな台詞を言っているように見えた。
「いやいや、それは手段であって、目的は司令室の確保だから!」アトリラーシャが慌てて、リシュリオルの言葉を否定する。
「司令室?」カルウィルフが首をかしげる。
「そう、司令室! 廃ビルの中に一際高いビルがあってね。そこの屋上を使わせてもらう為に、ある人とゲームをしたの」
「ふーん。……まあ、ただゲームをしていたとしても、いつものことだから、何も言わないけど」
「カルは優しいね!」
それでいいのか、カルウィルフ。リシュリオルはアトリラーシャの昨日の仕事振りと先程の廃ビル群での出来事を思い出しながら、彼女の大雑把で無責任な行動をなんとかできないか思案した。
不意にビルの中から現れた女性がグレスデインに話し掛け、何かを伝え始めた。彼女の話を聞きながら、グレスデインは数回相槌を打ったあと、リシュリオル達に向かって告げた。
「自治組織の方達が待っているらしい。……アトリラーシャ、作戦の説明はできるか?」
「もちろん!」
一行はグレスデインの後を追い、自治組織に所属する自警団が集まっているという会議室に向かった。
この街は特別な地域で、国家的な警察組織が存在しないため、自治組織によって治安が守られている。街を統制している途轍もない大企業が国と交渉して、今の状況になっているらしいが、詳しい事は分からない。
会議室の扉を開くと、大勢の人々が椅子に座っていた。扉の音を聞いて、彼らの視線がリシュリオル達に向く。代表者らしき男がグレスデインの元に小走りで近寄り、丁寧な態度で作戦計画についての説明を要望した。
「本日はよろしくお願いします。早速ですが、作戦についての説明をお願いできますでしょうか」
「説明は彼女がやってくれる」
グレスデインが笑顔で手を振るアトリラーシャを指差すと、代表者らしき男は唖然としながら、持っていた指示棒を彼女に手渡した。
指示棒を持ったアトリラーシャが会議室の壇上の上に立つと、会議室内にいる全ての人間の視線が彼女に向けられる。
会議室に緊張した雰囲気が漂う。自分達住んでいる街で人が死んでいるのだ。しかも、生死不明の行方不明者までいる。自警団の人間が真剣になるのは当たり前だろう。
だが、アトリラーシャは彼らが放つ活力に満ちた気迫など、毛程も気にしていなかった。手渡された指示棒を振り回し、大げさな身振り手振りと共に、演技するようなうっとおしい声で作戦の内容を説明した。
自警団員たちはそんなふざけた(本人はふざけていないかもしれないが)説明を至極真面目に聞いていた。そのシュールな光景に、リシュリオルは思わず吹き出しそうになる。どうしてそんなに真剣な顔で、彼女のへんてこな説明を聞いていられるのか不思議だった。
なんだかんだで、アトリラーシャの作戦説明は抜かりなく終わった。
この作戦は簡単に言えば、スラムに潜んでいる可能性の高い犯人を自警団の急な大規模捜査によって炙り出し、廃ビル群のそこら中に仕掛けた罠や、待ち伏せによって、捕獲用に用意したビルの中に誘導し、犯人の持つ兵器を無力化し確保する、という物だった。
リシュリオルは犯人を捕獲用のビルへ誘導する役割で、犯人をビルに上手く誘導できた場合はそのまま犯人捕獲に移る。
アトリラーシャはボードゲーマーの老人から使用許可を貰ったビルの屋上司令室から指示を出し、グレスデインはリシュリオルと同じような役割を担う。カルウィルフは……。
数分前のこと。
「カルは、地下水路担当ね」
「地下水路?」
「うん、地下に逃げられた場合、上からじゃどうしょうもないでしょ? 幸いなことに廃ビル群の地下水路は最終的に一本の大きい水路に繋がるから、カルはそこで待機しててね」
姉の説明を聞いても、カルウィルフはどこか納得がいかない様子だった。
「姉さん、どうして俺が地下水路担当なんだ?」
「私は司令塔だし、伯父さんには一番犯人と遭遇しやすい場所にいて欲しいし、初めて仕事するリシュを一人にはさせておけないから……」
「……分かったよ。俺がやるよ」
「流石、私の弟! 物分りがいいね」
地下水路担当にはならなくて良かった。リシュリオルはそっと胸をなでおろす。絶対に臭うからな、そんな場所は。
その後、作戦の再確認などを行っているうちに、時計の針は進み、作戦の決行時刻に近づきつつあった。
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