第102話 うららかな陽の中で

 アトラス学院の生徒会、風紀委員会、運営委員会が合同で行ったレクリエーション。そんなレクリエーションも全行程を終えて、最後の行程となる昼食会となっていた。そこでアクアはルイや飛鳥ら今まで交流を持てなかった面々との一時の語らいを持つ事になる。そうして、そんな昼食会も開始から二時間。後片付けも終わり、後は帰るだけになっていた。


「ふぅ……」


 午後のうららかな陽気の中で、アクアは再出発までの僅かな時間をカインに用意された紅茶を飲んで過ごしていた。そんな彼女の前には、アリシアが一緒だった。


「どうだった、アクア。アトラス学院伝統のレクリエーションは」

「すごかったです。何か一癖も二癖もあるというか……」

「そうね……元々はアレクシア様が考案されたそうよ? 最初のレクリエーションは」

「そ、そうなんですか……」


 ということは、この一癖も二癖もあるレクリエーションは彼女の考えが大本にあるのか。アクアはあのぶっ飛んだ性格のアレクシアを思い出し、なるほど、と納得する。彼女なら、この常識はずれのレクリエーションを考えても不思議はない、と思ったのだ。


「でもまぁ、楽しかった?」

「はい」


 楽しいか楽しくないか、で言われれば楽しかった。アクアはアリシアの問いかけにはっきりと頷いた。それに、アリシアは顔を綻ばせる。


「それは良かったわ。学園祭の運営委員の人達も喜んでくれるでしょう」

「はい……」


 なにか色々とあったような気はするが、それを含めても今日は楽しかった。まだ昼も過ぎて少しのタイミングであるが、アクアは素直にそう思う。と、そんな所にルイとクセニアがやって来た。


「アクアさん。少し良い?」

「あ、はい。なんでしょうか」

「ごめんなさい。一つ、貴方に謝罪しないといけないことがあって……」


 クセニアはアクアの許諾に、一つ頭を下げて事情を説明する。ルイが横に居たのは、もし何かがあった場合に間に入ってくれる為だ。

 そうして初撃が予期せぬ形かつ不意打ちになってしまった事、本来なら開始の合図があって始まる筈だった事などを告げていく。


「そんな事があったの?」

「ええ……だから、ごめんなさい。まだ誰が撃ったかはわからないのだけど……」

「わからない、ですか?」

「ええ……大事になっちゃって隠してるのか、まだわかってないの」


 クセニアが申し訳無さそうにアクアへと謝罪する。これに、カインが問いかけた。


「ですが攻撃の方向などから、誰が撃ったかわかるのでは? それにたかが、と言うわけには参りませんが、開始を守れないのは新人にはよくある事です。さほど目くじらを立てられる事でも無いかと」

「そうなんだけど……」

「なにか、おありで?」


 苦々しい様子の中にどこか怪訝そうな顔を浮かべるクセニアに、カインが訝しげに問いかける。これに、クセニアが内密に、という様子で告げた。


「……実は、あの第二遊歩道の区画を担当していた委員の人達は全員、一緒に居たらしいの。だから全員誰もそんな素振りを見せてない、って言うの」

「? ですが確かに攻撃が……」

「そもそも当時の状況はまだ移動中。レクリエーションが開始されて間もない所で、全員が襲撃を開始出来る段階になかったの。というより、開始前の最終チェックのタイミングで……」

「「「……」」」


 これはなかなかに不思議な状況だ。確かにアクアに向けて不意打ちがあったのは事実だ。が、同時にクセニア曰く、全員が集まっていて誰かが攻撃を仕掛けたような様子はないという。というわけで、アリシアがわずかに目を細めて問いかける。


「誰かが密かに攻撃をした……という事ですか?」

「その場合は、いささか見過ごせませんね」


 他の者達に隠れて、自分の主人を攻撃したというのだ。しかも状況等から考えて、明らかに悪意ある行為としか考えられない。流石にカインもこれには許容出来ず、僅かな怒気を滲ませる。これに、ルイが割って入った。


「カインさん。貴方の怒りは尤もだ。が、本件については一旦はアトラス学院の生徒総会に預けてもらえないだろうか」

「生徒会ですか」


 ルイの言葉に、一旦カインは耳を傾ける素振りを見せる。彼とて大人だ。道理は弁えているつもりだった。そんな彼に、ルイが告げる。


「ああ。本件についてもし運営委員会の統率不足が原因であるのなら、生徒会から運営委員会に抗議させて頂く。が、もしこれがアクアくん個人を狙ったものであるのなら、生徒会が厳密に調査して然るべき処分をくださねばならないだろう」

「……確かに、そうですね。アクア様。よろしいでしょうか」

「構いません。本件については、ルイ会長に一切をお預け致します」


 カインの問いかけに、アクアもはっきりと頷いた。一応、アクアとしても自身が狙われるような事は一切していないと思う。

 が、同時にアクアは現状オーシャン家の令嬢として、学院に通っているのだ。オーシャン家への恨みを持つ者が居ないとも限らない以上、狙われない可能性は無いではなかった。そうして、二人の許諾にルイも一つ頷いた。


「ありがとう。カインさんもありがとう」

「いえ……私はお嬢様の指示に従ったまでのことです」


 ルイの感謝に対して、カインは一つ首を振る。確かにこれは筋として生徒会が対処するべき案件だろう。なので二人もその筋に従ったというだけであった。

 そうして、再度生徒会の総会長と運営委員会の総会長として話し合いを行うとクセニアとルイが少し離れた所へと移動する。それを見送って、アリシアがため息を吐いた。


「運営委員会の人が誰かミスった、であれば良いのだけれど……」

「……」


 困ったような顔のアリシアに、アクアは何も言わない。が、一方のカインは若干険しい顔だった。そしてそんな二人は念話を介して、少しだけ話をしていた。


『なにか、嫌な予感がします』

『ああ……あの一撃。普通の女子学生に直撃していれば痛いでは済まない威力だった。ミスった、とは考えにくい』


 明らかに、あの一撃はアクア目掛けて飛んできていた。カインは最初の一幕を思い出し、内在する敵を危惧する。

 彼としてはアクア――とアクアが懇意にしている高等部の面々――に危害さえ加わらなければ別にどうでも良いのであるが、アクアやその近辺に危害が加えられるのであれば話は別だ。


『なにか、嫌な意図があるのか……ふむ……』


 一応、アクアが編入するにあたってカインはこの学院の中でオーシャン家、ひいてはオーシャン社に過剰な敵意を持つ存在が居ないか確認している。

 確かに若干名オーシャン社を敵視する者は居るには居るが、それだってアクアを直接狙ってくる程度ではない。そして敵視する理由も簡単で、有り体に言えば競合企業の令息だから、というだけだ。

 どちらかと言えば世界有数の企業であるオーシャン社の令嬢であるアクアをライバル視している、という方が正しく、こんな直接的な攻撃をしてくるとは考えにくかった。


(最近、どこか敵対的買収を仕掛けた所は……無いな。なら、ここ十年は……いや、十年内に敵対的買収を行った企業でアトラス学院に所属している者は居るには居るが、最終的な合意は得ている。一件として、遺恨を残した状況での買収は行っていない。であれば、ここ五十年……いや、そこまで行けば穿ち過ぎか)


 なにか敵対的な行動で恨みを買っている事はないか。カインはオーシャン社の行動を改めて見直す。が、探せど一切見当たらなかった。


(……そもそもアクア様のアトラス学院以前の来歴は一切が偽装。聖地での活動は存在していない。なので恨みを買うとすれば、オーシャン社関連しかありえない。なら、なんだ……?)


 早急に、アクアが狙われる要因を探さなければならない。カインは必死で考えを巡らせる。と、そんな必死に思考を巡らせるカインに、アリシアが若干苦笑するように笑った。


「カイン。確かに主人が傷つけられそうになって怒るのは無理もないけれど、それで主人の世話を忘れるのはどうかと思うわ」

「え? あ……これは失礼致しました」


 アリシアの指摘に、カインはアクアへの給仕を忘れていた事を思い出す。そうして、彼は慌て気味にアクアへと紅茶のおかわりを用意する。


「アクア様。申し訳ございませんでした」

「構いません……あ、そうだ。じゃあ、許して欲しければ一つお願いを聞いて貰えれば」

「何なりと」


 自身の失態だ。いつもなら特に気にせず流してくれるアクアが一つわがままを言いたいというのであれば、カインは罰を喜んでそれを受け入れるだけである。


「第一チェックポイントで子供の頃の貴方の幻影を出した事、許してください。そして今後も定期的に作って良いですか?」

「「え?」」

「ぐっ」


 ここでそれを言いますか。俄然興味を覗かせたアリシアとナナセの両名に対して、カインは思わず表情を固まらせる。

 が、彼に否やはない。というわけで、彼は壮絶に不承不承ながらも、僅かな沈黙の後に血を吐くようにうなずくしか出来なかった。


「……かしこまりました」

「はい。ふふ。あの頃の貴方、本当に可愛かったですよ」

「ぐっ……」


 どうやらアクアの若干の嗜虐心というべきものが目覚めてしまったらしい。盛大に恥ずかしがるカインを楽しげに見ていた。そんな彼女に、アリシアが口を開く。


「ねぇ、アクア。私も見せて貰って良い?」

「はい」

「おやめください。もうしばらくすれば帰りです。休憩で疲れるような事はなさいませんよう」

「良いのではないかと。これから帰りですが、魔力を使う事は滅多にありません」

「……」


 ナナセまで口を挟んだ事に、カインは思わず言葉を失った。どうやら彼女もカインの子供の頃とは気になったらしい。

 まぁ、基本アクアを溺愛しつつもほぼほぼ完璧に業務をこなすカインだ。その彼の幼少期がどんなだったのだろう、と興味を抱いても無理もない。とはいえ、これにアクアが首を振った。


「あははは……また機会があれば。カインが拗ねますから」

「拗ねませんっ」

「「……」」


 どうやらこの男も一皮むけば普通の男らしい。アリシアとナナセは一見すると普通の口調で答えているつもりのカインが若干ムキになっている事に気が付いていた。と、そんな和気あいあいとした雰囲気の中、優雅な午後のお茶会となっていた四人であるが、そこに電子音が鳴り響いた。


「っと……アクア様。どうやら集合のお時間のご様子です」

「そうですね。アリシア」

「そうね。残念だけど、カインの子供の頃の事はまた別日にしっかり、聞く事にしましょう」

「ええ……失礼しました」


 どうやらナナセもよほどカインの過去に興味があったらしい。思わず主人の言葉に同意してしまっていた。彼女も彼女で、一皮むけば普通の女性らしかった。そんな二人を横目に、アクアがカインへと告げる。


「ふふ……でも、今の貴方があるのも、あの頃の貴方があるからです。だから、あまり無かった事にしないでくださいね」

「それは……まぁ、そうですが」


 確かにあの頃アクアに出逢えばこそ、今の自分がある。それは紛れもない事実だ。故にカインは不承不承ながらも、あの当時の自身を受け入れる。

 そうして、そんな二人はアリシアやナナセに続いて、行きとは違い高等部で集まって下山する事になるのだった。

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