第101話 レクリエーション ――蒼天の下で――

 アトラス学院の生徒会・風紀委員・実行委員会の3つ合同で行われることになっていたレクリエーション活動。そんなレクリエーションであるが、幾つものチェックポイントを越えてアクアが所属するルイ班は山頂へと一番乗りで到着する。

 そうして彼女らが到着して、しばらく。レクリエーション活動に参加者として参加する事になっていた生徒会・風紀委員の全員が、山頂へと到着していた。


「皆さん、お疲れ様でした。これで山頂までのレクリエーション活動の全行程は終了です」


 全員の到着から少し。最後になった御剣班が少しの休憩を取ったところで、実行委員会委員長であるクセニアが全員を前に口を開いた。そうして彼女はひとまず全員のねぎらいを口にして、ここからの事を語る。


「これで全行程が終了となるわけですが、この後は最後のレクリエーションとなる昼食会を摂って頂きます。と言っても、先年参加されていた方はご存知かと思いますが、これは単に自分達でご飯を作って、山頂の景色を眺めながら食べましょうというものです。ゆっくりと休んで、下山に備えてください」


 そうだった。一部の面子はこれからまだ下山がある事を思い出し、思わず愕然となっていた。まぁ、生徒会の役員だから、風紀委員だから、と誰もが運動が得意なわけではないのだ。山登りが初めてという者も少なくなかった。

 とまぁ、そんな一幕はあったものの、これでレクリエーションは実質的には全て終了だ。なので全員にどこか弛緩した様子があったのは、無理もない事だっただろう。


「では、これから昼食のレシピを配布しますので、それを参考に班ごとに昼食の用意を整えてください。それと、ここからは一応従者の皆さんも手助けしてあげてください」


 食べれない物が出来ても困りますから。クセニアはそう最後に告げて、全員の腕輪に昼食のメニューが表示される。


「……バーベキュー……?」

「妥当なものでしょう。切ったり煮たりしますと……アクア様。もしかして……バーベキュー……ご存知ありませんでしたっけ」

「はい」


 はっとなった様子のカインの問いかけに、きょとん、とした様子でアクアは頷いた。改めて言うまでも無いことであるが、アクアは女神である。

 今回のアトラス学院への転入はアクアのわがままで急遽決まった物で、付け焼き刃で常識は叩き込んだがそれ以外は逐次学んでいる。そして基本的には料理はカインがしているわけで、彼が作った物を学ぶ形だ。そして当然、カインがバーベキューを作る事はない。知っているわけがなかった。


「「「……」」」


 バーベキューを知らないアクアに、流石に全員が思わず言葉を失ったようだ。とはいえ、彼女の来歴を知っていれば不思議はないか、とルイが気を取り直す。


「そうか。そういえばアクアくんは今まで僻地に居たのだったな。バーベキューは……いや、見た方が早いか。よし。じゃあ、早速作業に取り掛かろう。カインさん。申し訳ないが、アクアくんの補佐を頼んでも良いだろうか」

「無論でございます。お嬢様の補佐は私の方で」


 こればかりは自身の失態も多分にある。なのでカインはルイの依頼に快諾を示す。そうして、カインはアクアの補佐をしながらバーベキューの準備をする事にする。と、そんな彼にアクアが問いかける。


「カインはバーベキュー、した事があるんですか?」

「ええ……ギルベルトの奴が夏にバーベキューをしたがるからな。慣れてるよ」

「そうなんですか」


 声のトーンを落としていつもの風で内輪の話をしたカインに、アクアは自身を祀る教団の教皇の隠された趣味に驚いたように目を見開いた。これに、カインは笑う。


「ああ。夏場に浜辺でバーベキューしてはサーフィンを、というのが夏の奴の日課だ。教皇が日焼けしすぎるな、とは言ってるんだがなぁ……」


 これが楽しいんですよ。そう言って昔からの快活な笑みを浮かべる教皇ギルベルトを思い出し、カインはどこか困ったように笑う。

 なお、彼に対して丁寧語なのは、カインの正体を知っている事と彼の養育を行ったのがカインその人だからだ。謂わば親代わりにも近かった。


「それで、カインも知っていると」

「ああ……さて、アクア様。それでバーベキューですが、まずは火を熾す必要があります」


 少しだけ内輪の内情を語ったカインが、改めてアクアへとバーベキューの事を語る。そうして、二人は協力して昼食の用意を整える事になるのだった。




 さて、それからしばらく。一同は晴れ渡る空の下で昼食を食べていた。が、そんな昼食を食べながら、ふとアクアが思った。


「カイン」

「どうしました? 口に合いませんでしたか?」

「ああ、いえ。美味しいですよ?」


 基本アクアの口に入る物はカインが作っているわけで、今回もバーベキューソースは従者達が即席で作っている。多少主人達の焼き加減と素材の質が悪かろうと、ソースでなんとかしてしまおう、という考えだった。

 そしてなにげに従者勢で一番料理が上手いのは、実を言うとカインである。いや、それはそうだろう。なにせこれでも百数十年も料理をしているのだ。上手くて当然である。

 とまぁ、それはさておき。そういうわけなのでソースにも彼が一番貢献しており、それ故に心配そうだった。そんなカインにあわてて首を振ると、アクアは一つ疑問を呈した。


「食べてて思ったのですが、あまり上品ではないな、と」

「まぁ……そうですね。あまり上品な食べ物とは言えないかと」


 外でのバーベキューだ。上品に食べる為の場なぞ用意されているわけもなく、一応ナイフとフォークは用意されているがその程度だ。

 幸いアクアは箸が使えるので問題はないし、机もあるのでナイフとフォークでも食べられる。が、上品かと言われれば、そうではなかった。と、そんな所に串焼きを手にしたルイが口を挟む。


「それは仕方がない……ふむ。カインさん。このソース、果物も良い塩梅だ。ニコルも料理は得意なのだが……彼女にも劣るまい」

「ありがとうございます」


 基本的にここで提供されているソースはカインとニコルが中心となって作ったものだ。他はというとリーガと清十郎はいまいち料理は得意ではないらしかったので、簡単な焼く方を手伝っていた。というわけで、そんな彼の称賛に礼を述べたルイが事情を告げる。


「それで、あまり上品ではないのは仕方がない。ここはアレクシア様がこのままにしておくように言われている場所でね。この場には何人もフォークとナイフでしか物を食べたことがない、という者も居ないではないのだが……流石にここでそれも出来まい」

「アレクシア様が、ですか」

「ああ。流石に彼女がこの場はそのままにしておきなさい、と言っている以上、誰も否やは言えないさ」


 アクアの確認に、ルイは困ったように笑いながらも一つ頷いた。なお、彼は串焼きをがっつくように別に上品じゃなくても食べられるらしい。場の状況に合わせて振る舞いを変えられるのも統治者に必要な事だ、というのが彼の言葉であった。と、そんな彼にアクアが問いかけた。


「ですが、なぜでしょう。この山になにか思い入れでもあるのでしょうか」

「そこは知らない。私もアレクシア様と会ったのは数回だけだ……が、聞く所によると、ここをそのままにしておくように、というのは我々が使うような豪勢な建物は建てるな、という所らしい。景観を損なう、との事だ」

「なるほど……」


 確かに、それは尤もだ。アクアもカインも山頂から見える光景を見て、アレクシアの判断が正しい事を理解する。

 やはり山の頂上から見える景色は違うらしく、見晴らしの良い景色に澄んだ空気と違う気分があった。ここに、豪勢な建物は無粋というものだろう。


「確かに、この光景は良いものですね。旧時代的な風景と言いますか……」

「旧時代よりも更に前。第三次世界大戦よりも前の古き良き時代が一望出来る。私も、君とアレクシア様のお言葉には賛同したい」

「はい」


 自身の言葉に同意を示したルイに、アクアは一つ頷いた。と、そんな二人であるが、ふとカインが自分達が見ている方角とは逆を見ている事に気が付いた。


「どうしました、カイン」

「いえ……ここからなら、良い朝日が望めたでしょうと思っただけです」


 カインに言われて、二人は反対を向く。そしてなるほど、と二人も理解した。


「確かに、そうか。なるほど、朝日を見るならこちらに建物があっても邪魔だし、逆に街を望むのならこちらにあっても邪魔か」

「素晴らしい配慮なのだと、思います」

「そうだな」


 アクアの言葉に、ルイは微笑んで一つ頷いた。今までは街ばかり見てきていたが、少し視線を変えるだけで見えるものは違っていた。それに今更ながらに気付かされた、という所だった。と、そんな彼が少しだけ気を取り直す。


「……ああ、それで上品ではない話だったな。それは当然だ……自分たちで料理を、と言われてこの場で出来る者は何人居るのだろうな?」

「はぁ……」


 大抵は出来るのではないだろうか。アクアは一応の教養としてカインから料理は仕込まれており、よほど難儀な料理でもなければ自分で作る事も出来る。

 なのでバーベキューの存在こそ知らなかったが、料理の事を教えられればすぐに準備に参加する事が出来た。そしてそんな自分を基準に考えていたからだろう。不思議そうな彼女の顔に、ルイが笑った。


「みんながみんな、君のように十分に料理が出来るわけでもないさ。なら、簡単な料理の方が良い。切って焼く程度のようなね……ああ、一応言うけども、バーベキューを貶しているわけではないから、そこだけは注意してくれよ?」


 軽くウィンクをするように、ルイが笑う。確かに誰でも出来るレベルに調整するとなると、出来る料理はかなり限られる。

 かといって従者達が全てやってしまったのでは、せっかくの学生主体のレクリエーションが台無しだ。であれば、こういった比較的簡単かつ場にそぐう料理が選ばれるのは道理だった。


「例えばこれなら、串に刺して焼くだけで良い。他にも君のように網で焼くというのも良いだろう。肉や野菜がある程度不格好でも、誰も気にしなくて良い」

「ですが、ルイ様。あまりそうがっつかれますと、下品に見えますよ」


 敢えて串焼きをがっついてみせたルイに、後ろから呆れ混じりにニコルが声を掛ける。それに、ルイがわずかにムッとする。


「む……ニコル。だがそう言っても、こうやって食べる……いや、食うのも醍醐味だろう」

「それでも、ある程度の品格は守ってくださいませ。栄えある七星様の子孫として、品格は守っていただかなければなりません」

「それは心得ているとも」

「では、その頬のソースをなんとかしてくださいませ」

「……え?」


 なんともまぁ、締まらないものだ。ルイはニコルに言われて気が付いたらしい。カインもアクアもルイの頬に付着していたソースに気付いていたが、敢えて言わなかった。と、そんなルイはかなり恥ずかしげかつ慌て気味に、頬を拭う。そんな彼に、アクアもカインも思わず吹き出した。


「……ふふ」

「くっ……いえ、失礼しました」

「む、むぅ……」

「格好をつけるからです」


 これは何も言い返せない。ルイは敢えてやっていたが為、ニコルの指摘にただ恥ずかしげに頬を染めるだけだ。

 そうして、その後もそんなルイや他の学年の生徒会役員、風紀委員や実行委員達と共にアクアは昼食を食べる事になるのだった。

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