第83話 友

 第三次世界大戦に端を発する地球全土での統治機構の崩壊。その後ラグナ教団を中心として世界を元の世界に戻すべく発足したのが、今で言うところの世界政府。その世界政府の発足であるが、これは常々言われていた通り別に善意で行われていたわけではない。

 善意で行った者も居るには居るだろうが、そもそもラグナ教団を体の良い御旗にしていた様にあくまでも自分達の利益を守る為に発足させたものだ。

 とはいえ、それ故にこそ発足者達はそれをおおっぴらに言えないだけの知性はあった。故にラグナ教団のある種の無垢さを利用して、裏から操ったのだ。


「ふぅ……世界政府の発足から百年……アウローラ家はその腐敗の象徴の様な家だったわね」


 アレクシアはマーカスに関する調査報告書を読みながら、二百年前を思い出す。今でこそ聖女と言われているアレクシアであるが、元々そうだったのかと言われると実は元々そうだった。

 二百年前の時点で彼女は――当時はあくまでも政府公認というわけではなかったが――聖女と言われており、それが彼女の人気の高さの理由でもあった。

 元々聖女と言われていた者が、奴隷制度に否を唱える。民衆の誰もがその理念に賛同した事だろう。と、そんな彼女にツヴァイが紅茶を差し出した。


「アレクシア様」

「あら……昔みたいに貴方もシアと呼んでくれて良いのよ?」

「……どうされたんですか、急に」


 当然であるが、二百年前の事を思い出しているのはアレクシア一人だ。故にツヴァイには何がなんだかさっぱりである。というわけで、そんな彼女にアレクシアが笑った。


「……いえね。マーカスの報告書を読んでいたのだけれど。根は深い問題と思って」

「……貧困や貧富の差は今でも解消されていません。それは仕方がない事かと。二百年……いえ、三百年前の第三次世界大戦の頃から、地球の情勢は大きく変わっています。魔物の存在や、不法組織の横行……それでも、二百年で大きく復興を遂げていると」


 アレクシアの言葉に対して、ツヴァイはどこか慰めの様な言葉を送る。そもそも、誰しもが疑問に思うだろう。確かに一度は地球文明は完全に崩壊してしまっているので復興が容易ではないというのはうなずけるが、それにしたって時間が掛かりすぎている、と。

 これは無理もない事ではあった。三百年前には魔術なぞ影も形も無かったのだ。が、今は普通に使われている。その技術を応用した上で、発展させねばならないのだ。結果、三百年前と同じ水準に戻るには幾つものブレイクスルーが必要になってしまっていたのである。

 単に三百年前と同じ状態に戻すよりも遥かに難しいのである。それを鑑みれば、アレクシア達現指導部は本当によくやっている、と褒められて良かっただろう。


「ふふ……ありがとう」

「いえ……」

「とはいえ……やはりなんとかしなければならない問題ではあるの。段々と汚染地域は無くなってはいるけれど……やはりまだまだスラムは多いし、動力問題も解決しない。色々としないといけない事は多いわね」


 核戦争で世界は滅んだのだ。なればこそ、現文明において核開発は禁止されており、原子力発電は使えない。

 かといって石油を使おうにも、今度は魔物の問題が現れる。油田を掘り当ててなんとか、というのも難しい。風力発電や地熱発電も似たようなものだ。

 人里離れた場所での発電には常に魔物の問題が出てきてしまう。問題は山積みだった。とはいえ、そんな現状にアレクシアは苦笑気味に笑う。


「まぁ……しょうがないといえばしょうがないわね。あの当時の指導部を滅ぼしたの、私達だし……頑張るしかないわね。それが、滅ぼした者の責任なのだから」

「……まぁ、そうですね」

「あら、何よ」

「いえ……そう言ってしまえばなにか正しい事をした気がしますので……」

「あら……正しい事したじゃない。実際、奴隷制度はだめよ?」


 ツヴァイの言葉に、アレクシアはどこか拗ねた様に口を尖らせる。が、これにツヴァイが鼻白む。


「どの口が言いますか」

「まぁ、貴方しか居ないから別に良いかしら。別に奴隷となんて思った事は無いわ。これは事実よ。貴方を奴隷なんて思った事は決して一度も無い。これは事実。神に誓って、あの子に誓っても良いわ……都合の良い駒と思う子は何人も居るけど。貴方達はそれとも別。家族よ」

「……」


 これが本当に正真正銘真実だから困る。ツヴァイは誠心誠意尽くしていると言って良いアレクシアの態度に、内心でため息を吐いた。

 確かにアレクシアは一度たりともツヴァイやドライを奴隷と考えた事はない。見た事もない。そんな彼女に、ツヴァイが問いかけた。


「ですが、私利私欲の為に世界政府……当時の指導部を討伐したのは事実です」

「……」


 ツヴァイの指摘に、アレクシアは僅かに今までの優雅とは少し違う笑みを見せる。が、一転彼女は再び優雅な笑みを浮かべて微笑んだ。


「そうね……だって、そうじゃないと貴方達を幸せに出来なかったのだもの。違くて?」

「……まぁ、そうなのですが」

「でしょう? なら、文句言わない。というか、そんな事を言い始めれば当時の指導者の一割ぐらいを実際に殺したのは貴方じゃない。私が主犯なら貴方は実行犯でしょう。自分の事、棚に上げた言葉じゃない」

「うぐっ……」


 そういえばそうだった。結局当時の指導者達なので腐りまくっていたので特段気にもしないし罪悪感なぞ皆無だが、そもそもアレクシア達七星が指導者ならその特殊部隊である<<神話の猟犬ヘル・ハウンド>>は実行部隊だ。

 それを率いていた彼女は実行犯の中でも中心核と言って間違いなく、第四次世界大戦時代には賞金首だった事もある。確かにアレクシアの言う通り、非常に自分の事を棚に上げた発言だった。そんな落ち込むツヴァイにアレクシアがどこか鼻高々に告げた。


「ふふん……で、それはともかく」

「……はい」

「マーカス……まぁ、本名別っぽいけれど。あいつ、適当に収容しておいて。もう必要は無いけれど……あそこまで役に立ってくれたのなら、生かしてはおいてあげでも良いでしょう」

「良いのですか?」

「ええ」


 どこか上機嫌に、アレクシアは調査報告書を読みながら頷いた。別にこの調査報告書に大した意味のある事は書かれていない。

 が、どうやら彼女はマーカスが非常に役に立ってくれたと思っているらしく、<<神話の猟犬ヘル・ハウンド>>の隊員達が不思議がるほどに厚遇していたのである。無論、何の役に立ったのか、というのはアレクシアにしかわからない。わからないが、役に立ったらしかった。

 そうしてアレクシアの命令を伝えに向かうツヴァイの背を見送ったちょうどその時、アレクシアの机に赤いランプが灯る。


「あら……紅葉ちゃんね。ハロー。どうかして? あ、そういえばこの間の子、元気?」

『はい。元気に走り回ってます』

「本当? もう歩ける様になったのね。あ、ねぇねぇ。また見に行って良い?」

『はい。何時でも』


 アレクシアの問いかけに、紅葉がどこか上機嫌に頷いた。と、そうして少し雑談を交えた後に、アレクシアが切り出した。


「それで、どうしたの?」

『はい……兄様が雪之丞が来たと』

「ふーん……で、なんて?」

『カインという男を知らないか、と』


 どうやら紅葉が連絡を取ってきたのは、カインの事だったらしい。とはいえ、あれだけの腕前だ。やはりなんだかんだ軍事に関わる者として、気にはなったとて不思議はない。


「それで、軍に所属させるのはどうか、という推薦というわけ?」

『そんなところです』

「そう……それで?」

『兄様は雪之丞には決してアレクセイの奴には言うな、と。碌な事にならないから、と』

「当然ね」


 皇龍の判断は姉のアレクシアをして、当然の判断としてしか考えられなかった。なにせアレクセイの悪癖は彼女も知っている。

 一応身内なのである程度は見過ごしてはいるものの、アレクセイ当人が言う様に何度か本気で彼女を怒らせて心底恐怖させられている。彼女の言葉にだけは素直に従うのは、決して勝てないとわかっているからだ。


『はい。雪之丞もそれは当然、と』

「なら、問題ないわ。連絡、ありがとう。また、お茶しに来てね」

『いえ……お茶はまたあの子が落ち着いた頃にでも』


 アレクシアの言葉に、紅葉が一つ頷いた。と、そんな彼女がふと、問いかける。


『そういえば……シア様』

「何ー?」

『どうするつもりですか?』

「んー……」


 どうするつもり。それだけでアレクシアには何の事か理解出来たらしい。伊達に親友というわけではないのだろう。紅葉の表情などから色々と察せられるらしかった。


「なにか要望があって?」

『……あの……出来ればその……あまりいじめないであげてください』

「……そ、そんな事しないわよ!? そ、そりゃちょっと色々と揉めるかもだけど」

『……』

「わ、わかってるわよ。注意はするわ」


 じー、と見る紅葉の目に、アレクシアが一応のところはっきりと明言する。それに、紅葉も一つ頷いた。


『……それなら、良いんです。時々、シア様は人を傷付け過ぎますから』

「……そうね。ありがとう。私の本性を知って尚、注意してくれるのは貴方だけよ」


 紅葉の掣肘に対して、アレクシアは一つ礼を言う。アレクシアの本性がどの様なものかはわからないが、少なくともよくないものである事はツヴァイの反応から察せられる。故にそれを知って尚親友と言える紅葉の事をアレクシアは得難い友と考えているのであった。と、そんな彼女は一転、楽しげに笑う。


「でも、あまりあの子をかばうとまた皇龍が拗ねちゃうわよ?」

『……少し見たいです』

「あら……貴方も困った子じゃない」

『類友……です』

「そうね」


 紅葉の言葉に、アレクシアが楽しげに笑う。やはりなんだかんだ親友と言って良いのだろう。そうして、二人は適度にその後は雑談を交わして、通信を終える事にするのだった。




 さて、アレクシアと紅葉が親友としてのやり取りを行っていた一方、その頃。アクアはというと、こちらも同じく親友と言えるアリシアと共に放課後の生徒会活動を行っていた。


「出来た……のよね!」

「はい!」


 完成した生徒会会報を見て、アリシアとアクアがどこかやり遂げた様な満足げな顔を見せる。試験的に印刷した物を見て誤字脱字やリアーナによる言い回しの修正などを経て、遂に本刷りとなる完成品が届いたのである。


「こうやって出来上がったものを見ると……やっぱり少し感慨深いものがあるわね……」

「はい……」


 かれこれ半月ほど掛かってようやく出来上がったのだ。二人もどこか感極まった様子だった。と、そんな二人より一番感極まっていた男が居た。言うまでもなく、カインである。


「……くぅ……」

「カ、カインさん……?」


 そこまで感動する事か。隠れて目頭を押さえるカインに、ナナセはかなり引きつった声で問いかける。


「し、失礼致しました。私、少し感動してしまいました」

「そ、そうですか……」


 この男もこの男で案外リーガ・ヘルトの主従に似た性格なのかもしれない。ナナセは若干引きながら、そう思う。

 なお、何故カインが感動していたかというと、自炊力など皆無なアクアだ。そしてそこら一切の世話を行うのが、カインである。

 故にその彼女が一つの仕事を最初から最後まで完璧にやり遂げる姿を見るのが初めてだったのである。と、いうわけでそんな彼に同じく引きながらもクラリスが小声で問いかける。


「……カイン。一部、保存しておくか? 予備で数部、届いているからな」

「いえ、大丈夫です」

「そ、そうか?」


 本当に良いのだろうか。カインの返答にクラリスは不思議そうに頷いた。が、これはそれもそのはずである。

 なぜなら、データを拝借してすでに保存用と観賞用などで幾つも確保していたからである。もし親として立っていれば確実に親ばか一直線だっただろう過保護っぷりであった。そうして、そんな彼らの日常が今しばらくは続いていく事になるのだった。

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