第3章 忌まわしき記憶編
第78話 女神の騎士達
邪教徒の襲撃に端を発する一連の事件が解決して、数日。アレクシアがマーカスの事情聴取に唐突に姿を見せた日の事だ。
この日、カインは実は副聖都には居なかった。表向き彼はオーシャン家の家令だ。そしてオーシャン家はラグナ教団の支援を受けている。なのでラグナ教団の呼び出しを受ける事になっていたのである。
「……何があったんだ?」
「……どうやら副聖都にて邪教徒共の暗躍があったらしい。以前の表彰式の後の夜会の一件は?」
「知っている。だが、あれは問題なく終わった筈だ」
「あの後に元傭兵の邪教徒の暗躍があり、オーシャン家の家令が交戦したとの事だ。オーシャン家の家令が来るという事なら、おそらくその件だろう」
会議室に集められたラグナ教団が誇る騎士団の団長達が、開始前に少しの会話を行っていた。前々から言われていた事であるが、世界政府の公認によりラグナ教団は独自の戦力を保有している。これが、その騎士団だった。と、そんな会議室に、蒼い鎧を身にまとった若い男が現れた。
「申し訳ありません。少し遅れました」
「珍しいな、青海の団長ともあろうものが遅参とは」
「あはは。いえ、少し鍛錬に身が入ってしまいまして。少し団員と百人組手をしていたら、彼女がやはり優秀で……些か手こずってしまいました」
青海の団長。そう呼ばれた若い男は少し照れくさそうに笑う。青海。その名がつく以上、この彼こそがラグナ教団が保有する騎士団において最強と名高い<<
そんな彼は騎士団長という事を感じさせないぐらいに優雅な男だった。が、団員相手に百人組手をしていた、というのだ。その実力は、察するに余りある。
「ほぉ……やはり若手のホープは侮れんか」
「ええ。彼女はもしかしたら、私の後に<<
「随分期待しているな……身内贔屓か?」
「あははは。それもありますね」
<<
「で、それは良いが」
「どうしました?」
「兜。外し忘れているぞ。聖女アルマが来られるのに、兜をしたままで良いのか?」
「あ……こ、これは失礼しました」
<<
と、そんな彼が兜を脱ぐとほぼ同時に、アルマが現れた。その横には、かなり高位の神官服に身を包んだ五十前後の男性が一緒だった。かなり鍛えている様子で、五十前後には見えるが実際にはもう少し年上の可能性は高かった。
「皆さん、集まってくれて有り難うございます」
「「「聖女アルマ、教皇猊下。お久しぶりです。」」」
危なかったぁ。<<
前にカイン相手にもそうだったが、アルマは身内にあまり堅苦しい挨拶などを好まない。なので教団の幹部達にはこの様な軽い挨拶で良い、と言っていたらしかった。そうして、そんな彼女らが会議室の中央に設けられた自身の椅子に腰掛ける。
「ふぅ……? アラン。真っ赤になってどうしたんですか?」
「え? あ、いえいえ! 少し鍛錬が終わってすぐに来たので……少しまだ体が火照っているだけです」
アラン。どうやら<<
「そう……では、とりあえず。本日集まって貰ったのは、数日前に起きた副聖都での邪教徒達の襲撃に関する事です」
やはりか。アルマが各騎士団や神官達を集めるのだ。それぐらい大事であるぐらい、この場の誰もが察していた。とはいえ、本題に入る前に、とアルマが告げる。
「が、オーシャン家の家令を呼ぶ前に先に少し雑事を片付けておきましょう。ギルベルト。何かありますか?」
「は……ラインハルト。報告を」
「はい」
ラインハルト。そう呼ばれた青年がギルベルトの言葉を受けて頭を下げる。彼は騎士だからか鎧を身にまとっていたが、先のアランに比べて理知的な様子が見え隠れしていた。年の頃は同じぐらい、という事でこの二人がこの会議の場では最も若い様子だった。が、逆説的にいえばそれほど彼らが優秀だという事なのだろう。
「まず若干、本日の本題である邪教徒の話にも繋がりますが、先の欧州で行われた襲撃。あれについて、報告が」
「そういえば……貴方の部下が追っていたのでしたね」
「はい」
どうやらラインハルトは欧州を中心として活動しているらしい。アルマの言葉に柔和な顔で頷いた。そしてこの様子だとアレクセイらが情報を送ったのが、彼だったのだろう。そうして、そんな彼が引き続き報告を行う。
「それで、その報告です。一昨日、邪教徒達が拠点としていたらしい廃墟に突入。どうやら夜会への襲撃には一部欧州からの人員があてがわれていた模様です」
「ふむ……どうやってか日本に渡ったか。何かあてはあったか?」
「はい。どうやら数人の政治家達が裏から支援していた模様。そちらについては本名などは記されておりませんでしたので、追って調査を行うつもりです」
別の騎士団長の問いかけに、ラインハルトははっきりと頷いた。それに、アルマが一つ頷いた。
「そちらは任せます。突入作戦において、こちらの被害は?」
「はい。そちらについては死者は無し。幸い、軍の協力により奇襲する事が出来ましたので、けが人も多くは」
「重傷者は?」
「二人。一人は軽度の骨折。一人は複雑骨折を」
「わかりました。後者についてはこちらに送ってください。こちらで治療を行います」
「有り難うございます」
アルマの返答に、ラインハルトは深々と頭を下げる。ラグナ教団では、長期の入院が必要な重傷者は基本的に聖地に送られて怪我の治療が行われる事になっていた。
と言っても勿論、裏で人体実験を行ったりするためではない。アルマとアクアが作る特殊な水を使って怪我の治療を行える為、死傷者を減らせるのだ。と言ってもこれは量産が出来ない為、重傷者に限定されてしまうのであった。
「では、他には?」
「では、私より」
アルマの促しを受けて、次の神官が立ち上がる。そうしていくつかのやり取りが行われた所で、扉が開いた。と言っても入ってきたのはカインではなく、神官服のいわゆる伝令だ。
「アルマ様」
「はい」
「オーシャン家の家令の方のご準備が整ったとの事です。如何なさいますか?」
「呼んでください。セアック。先の話また後ほど」
「かしこまりました」
アルマの言葉に、何かを報告していた神官が頭を下げる。そうして少し待っていると、カインが通される事になった。
「オーシャン家家令カイン・カイです」
「はい……それで、邪教徒と戦ったとの事。お話を伺わせて頂いてよろしいでしょうか」
「勿論です。ラグナ教団に全てをお伝えせよ、と旦那様よりも命ぜられておりますので、私が知り得た限り全てをお伝えさせていただきます」
アルマの言葉に、カインははっきりと頷いた。まぁ、ここらはカインとアルマだ。なので予めギルベルトも交えて打ち合わせを行っており、すでに何を問うべきで何を話すべきか、も決まっていた。
「と、いう所です。夜会で戦った邪教徒共についてはさほど苦戦する事は無いでしょうが……<<
これはカインの本心だ。マーカスはそもそもの時点でも悪くはない腕であったが、それが邪神の力で強化されるともはや並の戦士では手がつけられない様な戦闘力を有していた。並の騎士で相手になるか、と言われると彼も首を振るしかなかったほどだった。
「ふむ……どちらが彼奴らにとっての平均的な戦力か、という所か」
「確か夜会では裏であのケルベロスが本隊と交戦したのだったな」
「カイさん。一つ、伺ってよろしいですか?」
ラインハルトら他の騎士団の団長達と話し合いを行っていたアランが、少し気になる所があってカインへと問いかける。これに、カインは一つ頷いた。
「何なりと」
「貴方は夜会と先の事件の二つで邪教徒と戦いました。どちらも戦闘力は見たものだと思われます。それを、再現出来ますか?」
「完璧な再現、となりますと難しくはありますが……ある程度であれば」
先程の優男にも見える顔はどこへやら、騎士としての顔を浮かべるアランの問いかけに、カインは曖昧ながらも頷いた。特にマーカスの力量の大凡の再現をしろ、と言われたら中々に厳しい。彼は間違いなく強者だった。
そうなると、不意を突いたからこそあそこまで圧倒できた向きはあった。どこまで本気を出させる事が出来たか、と言われると未知数だった。
「それで構いません。見せて貰えますか?」
「ここで、ですか? ですがここは……」
「問題ありません。この場の誰もが生半可な鍛え方はしていません。我らラグナ教団の者は須らく民を守るべく、どの様な立場でも守る力を鍛えています。多少の圧なら耐えられます」
「……」
それは知っている。なにせラグナ教団を本格的な組織に仕上げたのはカインその人だ。そしてそれ故、カインは若干逡巡するもアルマが密かに頷いたのを受けて、アランの要望を受け入れる事にした。
「かしこまりました……これが、夜会の時に戦った相手の圧です」
「……わかりました」
この程度か。この場の全員がこの程度の相手であれば何十人も相手にできるな、と理解して数度頷きを見せる。そうして、アランの言葉を受けてカインはマーカスの力を再現してみせる。
「そしてこれが……先に交戦した相手です」
「っ……」
「なるほど……これは確かに」
「中々だな……」
神官達が気圧されたのに対して、騎士団の団長達は流石という所なのだろう。僅かも気圧される事もなく、平然と論評を行っていた。そうして、その後もカインはラグナ教団の要望に応じて得た情報全てを彼らへと渡す事にするのだった。
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