第56話 影の戦い
アクア達が華やかな場でそれぞれの戦いを繰り広げていた一方、その頃。カインはというと、彼は彼で戦いに備えて動きを見せていた。
『と、いう感じでしょうか』
「そうか。では、そのまま調整を続けてくれ」
『かしこまりました』
カインのこの場での立場は、大企業オーシャン社の社長フィオの腹心の中の腹心で、その愛娘であるアクアの側仕えだ。故にオーシャン社が手配した人員はよほど事態にならない限りは全て、彼の指示に従う様に指示が出ていた。
「……」
カインは会場内の警備の一人に取り付けられた監視カメラを介して、アクアとアレクシアの会話を見る。その顔はどこか心配そうで、彼の過保護っぷりが垣間見えた。と、そんな彼にセドリックが問いかける。
「ご心配ですか?」
「ええ……お嬢様にとって、これが社交界デビュー。デビュー戦なのです。その初陣の相手が、まさかかのアレクシア様とは。恐れ多いと言うべきか、何というべきか……アリシア様とご一緒させて頂いているのは良いのですが……」
「ああ、そういえばそうなのでしたか」
カインに言われ、セドリックもアクアが今回が初の社交界となる事に気が付いた。そもそも彼女は今まで表向き閉鎖された空間で療養していた事になっている。
従者とは主人を補佐すると同時にまだ未熟な主人に仕える者は指南役でもあるが故、この若い従者が心配になっても無理はないと思ったのだろう。とはいえ、それ故にこそ、とセドリックは口を開いた。
「ですが、カインさん。あまり過度な心配は主人への不敬。それをゆめ、お忘れなきよう」
「……そうですね。失礼致しました。これからも至らぬ点がありましたら、ぜひともお教え願えましたら幸いです」
「はい」
やはり幾人もの従者を見てきたからなのだろう。セドリックからしてみれば周囲の大半がカインの様に若くまだ未熟な従者達ばかりに見える様子で、自身の苦言を素直に受け入れたカインの姿勢を好意的に捉えている様子だった。
が、それでも誰を相手にしても威張らず気取らず、あくまでも一介の従者であり続けられるのは、彼がやはり優れた従者なればこそなのかもしれなかった。と、そんな彼がカインに声を掛けたのには、当然だが理由があった。
「それで、カインさん。軍より連絡が」
「はい。感じております……すでに戦いが始まっている様子で」
「おや……」
どうやら聴覚を筆頭にした身体能力であれば、自分を上回るらしい。すでに状況を把握していたらしいカインに、セドリックは僅かに目を見開いた。
事前情報ではあのヘルト・リーガ主従にも匹敵する主従だ、と聞いていた彼であるが、その事前情報に違わぬ力と思った様だ。とはいえ、これは悪い事ではない。故に彼は一つ頷くと、改めて現状を話す事にした。
「軍よりの連絡によりますと、内通者の一人が本日の襲撃を白状したとの事。が、すでに計画は止められぬ状況で、軍も急行するという事でしたが……」
「その必要は無いでしょう。ここにはドライ様を筆頭に、軍の主力部隊が控えている。その守りを抜けるとはとても」
セドリックの言葉に対して、カインははっきりと首を振る。更に言えば、彼はこの場に邪教徒達の襲撃があると掴んだ時点で聖都に控えているラグナ教団の騎士達を何時でも動かせる様に手配してもらっていた。
さらにはこれを狙い馬鹿を働くかもしれない人物も居るかもしれない。そのためのアクアの警護もきちんと、中に潜ませている。それを確認するべく、カインは一度モニターを見た。
「……ふむ」
「如何なさいました?」
「いえ、戦闘が始まる前に、一度きちんとお嬢様の状況を確認しておかねば、と」
「確かに、そうですね」
これについてはセドリックも道理だと考えたらしい。彼もカインに倣い、カリーナの様子を確認する。その一方、カインはアクアがアルマと合流したのを見ていた。
『あ、アルマ』
『はい、アクア。お久しぶりです』
『お知り合い……なんですか?』
アリシアの驚いた様子が、監視カメラを通して聞こえてくる。これで、アクアの補佐は大丈夫だろう。アルマも対外的には教祖となっているが、内々にはカインと同じくアクアの従者分となる。なので戦闘力はある為、邪教徒が来たとしても十分守り抜けるだろう。
「……」
後は任せます。カインはモニターの先のアルマへと視線を送り、セドリックには気取られぬ様に無言で小さく頭を下げる。これで、後顧の憂いは無い。後は心置きなく、前面の敵を打ち倒せば良いだけだ。そうして彼は腕の感覚を確かめる様に、拳を握りしめる。
「さて……では私はお嬢様の笑顔を守るべく、戦うとしましょう」
「その意気かと……おや、失礼します」
どうやらセドリックに通信が入ってきたらしい。彼は何時もの柔和な顔であるが、どこか茶目っ気のある顔で耳に指を当てる。そうして、少し。彼が口を開いた。
「どうやら、彼奴らめが一手打ったらしいですな」
「おや……単なる賊徒かと思いましたが、知恵がありましたか」
「その、様子で」
セドリックの目に宿るどこか剣呑な雰囲気に、カインは彼も僅かに本気になった事を悟る。どうやら、老いてなお益々盛んという所らしい。彼も戦うつもり満々だった。そんな彼が、邪教徒達が打った手を語る。
「どうにも彼奴ら。敢えて捨て駒を用意していた模様。敢えて内通者が拷問を受ける事を承知の上で、捕らえさせて情報を喋らせた様子ですな」
「なるほど、邪教徒らしいいやらしい手です」
「まったく」
カインの相槌にセドリックもやれやれ、と呆れ気味にため息を吐いた。邪教徒らしい、仲間の犠牲ありき、苦しむ事ありきの策。ため息しか、出せなかった。
とはいえ、そんな敵方の事情なぞ彼らが斟酌してやるはずがない。彼らにとって他者の苦しみなぞ考慮に値しない。斟酌するべきは主人の心情だけだ。故に、二人は頷いて踵を返す。
「カインさん。本件の総指揮はドライ様が取られます。指示はそれに従ってください」
「かしこまりました」
セドリックの言葉に、カインは頭を下げる。そうして従者達の控室を後にした彼は、ただ手袋だけをして外に出た。
「……ふぅ」
夜闇に紛れ、カインは小さく息を吐く。そうしてそんな彼の横に、黒衣の兵士が降り立った。
『……貴様がオーシャン社の従者、カイン・カイか』
「はい……貴方は」
『問わなくて良い。ただ、貴様はこちらの指示に従え』
「……かしこまりました」
どうやらストイックな軍人さんらしいな。カインは内心でそう思いながら、従者として恭しく頭を下げる。とはいえ、別に兵士としても特別威圧的というわけではなく、所属などから情報を与えない様にしている、と考えるべきだろう。
『通信機はあるな? それにこれを付けろ。今回限りで我々の使う領域での通話が可能になる』
「かしこまりました。ありがとうございます」
『失くすな。失くした場合は、主人に迷惑が掛かると思え。これは貴様ら従者の生命より重い物だと思え』
「はい」
当然の言葉だろう。カインは兵士の言葉に特段の疑問は抱かない。それ故、彼は使っている通信機のコネクタに兵士から渡された小さな変換器を装着する。すると、彼の通信機にも軍の情報が入ってくる事になった。
「ふむ……」
どうやら統率は非常に取れている様子だ。通信を聞く限り、想定外の状況にも関わらず一切の淀みは無く、兵士達にも焦りも何も無かった。
『第三隊、交戦開始』
『第三隊、交戦開始了解。敵を殲滅せよ』
『第四分隊。敵の追撃を開始』
『了解。深追いはするな。敵は今回の襲撃にかなりの力を入れている。陽動の可能性もある。また、未知の魔術の存在も確認されている。注意しろ』
『了解』
通信ではひっきりなしに報告と指示が飛び交い、しかしどれ一つとして焦りはない。間違いなく最高の軍隊と言えるだけの戦闘が見え隠れしていた。
(この様子だと、騎士団の出番は無いか。無いなら無いで良いんだがな)
先にカインも言っていたが、下手に縄張りを侵すと面倒の元になってしまう。なので騎士団を出さないで良いのなら、出さない方が良いと思っていた。
とはいえ、優先されるべきはアクアの身の安全だ。故に待機はさせたが、この様子なら必要はなさそうだった。それになにより、ここには彼も居る。
『中央玄関前。敵増援を確認。数体抜ける』
『中央玄関前了解……反応を確認。ヴィナス家家令及びオーシャン家家令、応答を』
「……はい。セドリックです」
どうやら、出番は回ってきたらしい。セドリック――他にもナナセや初音も一緒だ――に一つ頷いて問題無い事を示したカインは、彼に返事を任せ手袋をしっかりと嵌め直す。と、その一方で、通信機から響く声が別の女性に変わる。
『こちら作戦総司令部。セドリック。久方ぶりです』
「そのお声は……ドライ様。お久しぶりです」
どうやらこの声がドライらしい。カインはセドリックとの会話を聞きながら、『
『はい……失礼しました。貴方達の手まで煩わせる事になり……』
「いえ、どうやら彼奴らめ、何やら未知の魔術を使っているとの事。虚を突かれたという事なのでしょう」
『はい……どうやら見知らぬ姿を隠す魔術を使っている様子です。内部の結界を展開する装置の一部を無効化されました』
「なるほど、それは中々に……」
中々にやるものだ。喩え未知の魔術だろうと、幾重にも張り巡らせた『
「ですが……ああ、どうやら物理的に消えているわけでは無いご様子」
『ええ、その様子で』
どうやら、ドライはこちらが見えているらしい。セドリックの言葉の正しさを理解出来ていた様だ。
「初音、ナナセ。貴方達は私が見付けた所を狙撃しなさい。カインさん。貴方は……」
「ああ、私はお気になさらず。見付けられますので」
「これは失礼を。流石はオーシャン家の家令、という所でしたか」
相変わらず柔和な笑みを浮かべるカインの返答に、セドリックもまた柔和に笑う。そんなセドリックの手にはピアノ線よりも更に細い、魔力で出来た糸があった。
それを彼は無数に張り巡らせて、敵の位置を掴んでいたのである。と言っても、敵にはばれない様に敢えてちぎれる様にしていて、位置だけを一方的に把握している形であった。
「さて……」
こくん、とナナセと初音に頷き掛けたカインは、二人と同時に行動を起こす。そうして魔術による狙撃を開始した二人の横で、カインは一気に黒衣の襲撃者達に肉迫した。
「ふむ……」
確かに、見たことのない魔術だ。カインはおおよそ自身が知り得ない魔術を間近に見て、僅かに訝しむ。
(いよいよ、別の神がこの地球に来てる可能性を考慮しないとダメかね……)
敵の顔に浮かぶのは、驚愕だ。どうやら、ただの従者ごときに気付かれているとは思っていなかったらしい。が、それはあまりにこちらを甘く見ていた。確かに彼らは単なる従者であるが、世界最高の家に仕える従者だ。
故にその従者も最高でなければならない、と自らに課しており、『
「はっ」
どんっ、という音と共にカインは黒衣の襲撃者へと掌底を叩き込む。何時もなら特に感慨も無く殺すが、流石にパーティ会場の真横で流血沙汰は頂けない。
しかも中ではアクアがデヴュー戦を飾っているのだ。いくらなんでもその後に血の匂いをさせたくはなかった。が、別に素手で殺さないだけで、殺さないわけではない。故に彼は吹き飛んでいく邪教徒に向けて、指を向ける。
「消えろ」
小さく、冷酷にカインがつぶやいた。そんな彼の指からは一直線に閃光が伸び、邪教徒を貫いた。と、そうして一人を消したと同時だ。彼の周囲を揃いの黒い服を身にまとう邪教徒達が取り囲む。
「……」
どうやら少しだけカインは突出してしまっていたらしい。一人なら片付けられる、とでも思ったのだろう。が、そもそも。カインからしてみれば彼らはアクアを奉るラグナ教団の敵。女神アクアの神敵だ。容赦なぞあろうはずがなかった。
「……嘆かわしい事に。非常に嘆かわしい事であるが、抜刀を許可されていない。だが……よいだろう。貴様らには神罰をくれてやる」
「「「っ」」」
どうやらカインがラグナ教団の関係者だという事は邪教徒達にもわかったらしい。声には出さなかったものの、急激に剣呑な気配が蔓延しだした。そうして、カインと邪教徒達の戦いの火蓋が、切って落とされる事になるのだった。
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