76. Deus Ex Machina Ⅰ

「……」


 誰もが、言葉を発せずにいた。

 籠愛の右手を握ったまま離さない手塩も。

 籠愛の膝の上に突っ伏した麗華も。

 そして……ことの始終すべてを眺めていた、理里も。眠気も疲労も忘れて、ただ彼らをじっと見つめていた。


(あの女さえ……あの女さえ、来なければ……!)


 ただ、その言葉だけが理里の中でループしていた。

 ルピオネ。あの女が全てを壊した。あの女さえやって来なければ、全てが元通りだったのに。全てが丸く収まり、ハッピーエンドで終わっていたのに。


(……そういえばあいつ、気になることを言ってたな)


 また怨念を立ち上らせたところで、理里は思い出す。



『ああそうだ、しばらくしたら面白いものが見られるから、それまで意識を失うなよ? あっはははは……』



 あの小憎らしい高笑いと共に、奴はそのような言葉を残して去った。いったい、どういう意味だったのだろう? 『面白いもの』とは、何なのか?

 その答えは、二秒後に判明した。


「ん? 何だ……」


 ぼうっ、と。突然、凍った地面が光りはじめた。

 いや、地面だけではない。街灯、電柱、電線、ガードレール、コンビニエンスストア、ファミレス、ガソリンスタンド。国道沿いにあるすべて、いや理里の視界にある全てのものが、淡く発光している。凍結した、犬の散歩中のご婦人までも。電線に止まったスズメの群れも。信号待ちの車、その運転席でたばこを咥えたまま凍ったドライバーの銀歯さえも。


 全てが、光っている。理里、そして手塩と麗華、籠愛の四人以外のすべての世界が、光っている。


「なんだ、これは……!?」







 午後六時。ちょうどその時間、柚葉市上空を通過した観測衛星のひとつが、異様な映像をとらえていた。

 市の全体が、発光している。道路から建物、何から何まですべてが、淡く白い光を放っている。

 これを確認したJAXAの職員は、すぐさま異常を上層部に伝えようとした。しかしながら内線をかける段になって、自分が何を話そうとしていたのか思い出せない。上司からきついお叱りを喰らったあと、彼はふたたびここ数分の映像記録を確認したが、特に異常は見られなかった。なにも、映ってはいなかった。


 そろそろ年かな、と考えて、当直の彼はカップ麺のお湯を沸かすことにした。

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